Software: 2013年8月アーカイブ
学生時代に読んで強烈な印象を持っていたこの作品。オーディオブックで20年ぶりに味わって、ラストのあたりで震えがきた。やっぱりこれは声に出して読むべき作品だった。幻想文学の極みだと思う。朗読だと1時間17分ほど物語に没頭できる。
本筋は人間の自我や欲望の正体を描いた作品だと思うが、物語の最初と最後の桜の森の満開のイメージの記述がやはり印象的だ。
「 桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。なぜ嘘かと申しますと、桜の花の下へ人がより集って酔っ払ってゲロを吐いて喧嘩して、これは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。近頃は桜の花の下といえば人間がより集って酒をのんで喧嘩していますから陽気でにぎやかだと思いこんでいますが、桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足)という話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。」
という冒頭が凄い。
この「大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした」は民俗学的には本当なのだろうか?。それが本当であるとしても嘘であるにしても、出だしの一説で、満開の桜のイメージを華やかさから恐ろしさへと変転させて、物語への導入にしてしまうのが見事。
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