Books-Trivia: 2010年2月アーカイブ
世界的に見ても「ん」ではじまる言葉はほとんどない。「ん」はちょっと特別な音。
「日本語には上代、「ん(ン)という文字はなかった。上代の日本人も、現代の日本人と同じように考え事をしながら「んー」と唸っていたのかもしれないが、それを書くことはできなかった。書けないから、無理をしてでも書かなければならないときには「イ」とか「ニ」という現代のカナカナを記号として使っていた。でも「イ」を使うと「i」、「ニ」と書けば「ni」と発音することになってしまう。「i」や「ni」と間違って読まれないための記号は何かないか......という試行錯誤の結果、「ん(ン)」という文字が生まれてきた。」
古事記をはじめ上代の文書には「ん」と読む仮名が一度も出てこないものらしい。
ありなむ→ありなん
知りなむ→知んなむ
のように、口語として使われたのが最初であるそうだ。次第に大衆に普及して「ん」は平安時代に表記の必要性が感じられるようになり、音をあらわすための文字として成立した。清少納言は枕草子で「いでんずる」などという言葉づかいは汚い表現だと批判したそうだが、んは日本語のシステムのはみだし者として始まった。
「ん」と仏教の関係ははじめて知った。阿吽の呼吸という言葉があるが、真言宗は「阿」からはじまる「阿字観」という瞑想に始まり、「吽」で終わる「吽字観」という瞑想で終わる。これは宇宙の始まりの胎蔵界と宇宙の収縮の金剛界を意味していて、ひとつの宇宙観なのだ。日本語の五十音が「ア」に始まり「ン」で終わるのは、この仏教の宇宙観を反映しているという。「ん」が最後の文字であることにここまで深い意味があったのか。
「ん」には情緒が籠っている。そしてリズムを生みだす。著者は日本語の情緒とシステムをつなぐものだとして、その「ん」を讃える。「ん」への愛情と蘊蓄でいっぱいの一冊。
・怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001944.html
・犬は「びよ」と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い
http://www.ringolab.com//note/daiya/archives/000935.html
・日本語の源流を求めて
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/11/post-660.html
・日本語に探る古代信仰―フェティシズムから神道まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-959.html