Books-Sociology: 2011年7月アーカイブ
歴史人口学者が書いた刺激的な本。長期的視野で人口オーナスの行方を鮮明にする。
"人口ゼロ成長"をめざせ
15年ぶり 白書で6項目の提言
子供は2人が限度
1974年(昭和49年)4月16日の毎日新聞記事の紙面複写が引用されている。戦後2度目の「人口白書」では、当時1億1千万人の人口増加傾向を、いかに早期に止めるかが国家の課題であった。「静止人口」を目指して政府主導の「少子化」がすすめられた。現在の「少子化対策」の逆で出生率を下げる施策がうたれた。そしてついに2005年には人口の減少が確認された。今日の日本の人口減少は37年前の"夢の実現"にあたる。
そもそも縄文以来の歴史を振り返ると日本列島の人口は4回減少したことがあったそうだ。過去の減少も、気候変動や戦争、災害ではなく、「文明の成熟化」が主な原因だったというのは興味深い。ただし今回はエネルギー資源や原材料があまり残っていないから、人口の再増加が期待できないかもしれないという予見も示される。
現在の変動傾向が続けば、100年後、日本人口は4000万人になる。この本には、人口4000万人時代の暮らしと経済、都市と地方、人間関係、そして外国人5000万人の未来、人口100億人の世界が論じられている。
マクロの変化も重要だが、一般読者として興味深いのは、人々の暮らしや人間関係、都市と地方の様子がどのような影響を受けて、どのように変貌を遂げるのかだ。
・人口の4割が高齢者で独り暮らしの老人が2030年には700万人
・人生90年時代の長すぎる老後・長い結婚生活。「永遠の愛」は誓わない時代に?
・四国、東北、北海道は2035年までに人口が20%減り、一部の大都市が増える
・人口の3分の1が外国人になる?
・豊かな田園国家という方向性もありえる
歴史や人口統計という現実的なデータにもとづきつつも、著者が語るのは、現状とは大きく違う刺激的なイメージだ。人口論がただの計算ではなくて、文学的構想力、社会的想像力をふくみうるおもしろい学問分野なんだなと見直した。
人口減少の問題は労働人口の比率が低下して、経済を支える層が少なくなってしまうこと。日本の場合は、高齢者の高い労働意欲や女性の低い社会進出度に大きな成長の可能性がある。そして、成長を続けるには大胆な産業構造の変革が必要だとのこと。私はIT畑だからどうしても○○×ITで掛け算したくなるわけだが、
女性 × IT =
高齢者 × IT =
もしくは
女性 × 高齢者 × IT =
で、ブレストしてみるか。
・人口負荷社会
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/07/post-1474.html
地震予知や景気予測と違って人口動態は、かなり高い精度で未来を予測できることがわかっており、将来展望の基盤である。
少子高齢化の何が問題なのか、"人口オーナス"をキーワードに日本の未来に与える影響を明確にする。人口オーナス(負荷)とは人口の中で働く人の割合が低下することが経済的にマイナスに作用することを指す。プラスの作用を及ぼす人口ボーナスの反対後である。
2005年と2050年では、日本の人口には、
人口総数の減少 1億2800万人 → 9500万人
高齢化の進展 老年人口(65歳以上)の比率が20.2% → 39.6%
少子化の進展 年少人口(0~14歳)の比率が13.8% → 8.6%
という大きな変化がほぼ確実視されている。これまでの人口増加時代に設計された日本の社会保障制度は人口オーナス時代に問題を引き起こす。たとえば年金の破綻はわかりやすい例だ。労働力人口が減って高齢者人口を支えられなくなる。長期的には深刻な労働力不足、資本不足の原因にもなるという。労働力としての女性の社会進出と高齢者の就業率の引き上げなどが必要になる。
特に有効そうに思えるのが女性の社会参加だ。日本女性の経済・社会への参入度合いは国際比較で異常に低いというのは知っていたが「女性の貢献がそのまま現在の経済活動に上積みされると仮定されると、日本の女性がノルウェーやスウェーデン並みに経済活動に参画していけば、日本のGDP、一人当たり所得のレベルは23%も高まる計算になる。女性の経済参画の力は相当大きいのである。」というほどの改善の余地があるとは驚いた。
それから少子高齢化が民主主義を脅かすという著者の指摘は極めて重要だと思った。高齢者が増加することは、選挙民に占める高齢者の比率が高まる「シルバー民主主義」の原因となる。
「日本の投票者の分布は現在すでに大きく高齢者に偏ったものとなっており、その度合いは今後急速に強まることになる。これは人口オーナス期の社会的意思決定を方向付けることになる。 こうした投票者構成の変化によって、政治的意思決定は、勤労世代よりも引退世代の意思が反映されやすくなったり、将来世代への負担の転嫁が行われやすくなったりするだろう。」
未来の世代の意思が無視される民主主義はまずい。少数派でも若者の意思が反映されるように、投票制度などを改めないといけないのだ。多数決の論理でシルバー政策ばかり考えていたら、日本の未来はその先がなくなってしまう。
少子高齢化は日本を追う形でアジア諸国でも急速に進むことが予測される。日本は課題解決の先進国としてモデルを示すことで、再びアジアの経済リーダーのポジションを得ることができるという。いままさに考えるべき重要課題だと改めて強く認識させられる。
非常に面白い。知的好奇心をかきたてられる。
ヒトの生物的進化は緩慢になったのではなく、むしろ加速している?。
今日のヒトという種は、誕生以後600万年間の平均の100倍のスピードで進化しているという仮説。数万年から数十万年の長さが必要だと考えられてきた、ヒトの大きな進化も、数千年あるいはもっと短い時間で実現されていると著者はいう。進化の加速の前提はヒトが増えて混ざったことだ。
「そのような大きな集団で望ましい変異が広がるには、旧石器時代のような小さな集団で広まるよりもずっと長い時間がかかると思うかもしれない。しかし、有利な対立遺伝子の頻度は、よく混ざり合った集団ではインフルエンザのように時間とともに指数関数的に増大するので、1億人の集団に広まるのには、1万人の集団に広まる時間の2倍しかかからない。」
進化加速の大きな原因は約一万年前に始まった農業であると指摘されている。農業によって人口は爆発的に増加し、食事、病気、社会、長期計画など大きな変化と利益を得た。農耕社会では、求められる性質が狩猟社会とは異なるものになった。いま好ましいとされる心や知能も農業社会がつくりだしたものである。そして利己的で勤勉で禁欲的な人々の割合が、狩猟採集民を急速に駆逐していった。船乗りと酒場で働く女性たち、行商人と農家の娘たちが、最近の人類の進化に重大な役割を演じたという話もある。
著者が提唱する、生物学的な変化が歴史を動かす大きな要素であるという仮説もとても魅力的だ。土地面積に対して高生産性の酪農が広まるには、乳製品を摂取するヒトに乳糖耐性の遺伝子が広まっているという前提が必要だとか、アメリカ大陸をヨーロッパ人が簡単に征服できたのは、先住民が、武力にではなく感染症に対する抵抗力を持っていなかったからだ、など、人類の社会的歴史を生物学的歴史に読み変える。
本当に数百年や数千年でヒトは進化するものなのか?。人類は家畜や作物を大きくつくりかえてきた。たとえばイヌの品種のほとんどはここ数百年で人類がつくりだしたものだ。そもそも野生のイヌなどいなかった。
「イヌは品種によって、学習の速度と能力に著しい差がある。新しい命令を学ぶのに必要な反復の回数は、品種によって10倍以上の開きがある。平均的なボーダーコリーは、5回目の反復で新しい命令を学び、95%の確率で正しく反応できるのに対し、バセットハウンドは、80から100回繰り返し学習させても、正しい反応が得られるのは25%程度である。」
著者は最終章では人類にもアシュケナージ系ユダヤ人(アインシュタイン、ジョン・フォン・ノイマン、リチャード・ファインマンなど科学関連のノーベル賞の4分の1を獲得)の研究を紹介する。ヒトにおいても比較的短い時間で、顕著に能力を獲得することがありえるというのだ。優生学と差別の復活につながりそうな危険性をはらんでいるが、とても説得力がある内容で、ジャレド・ダイアモンドのベストセラー『銃・病原菌・鉄』の如く魅力的な物語が含まれている。