Books-Sociology: 2011年6月アーカイブ
・ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来
いま進行中のウィキリークスとフェイスブックによる革命とその潮流が実現しようとしている「完全透明化社会と「ゲリラ的な市民運動」を、ジョン・キム教授が論じる。ウィキリークスの成り立ちと主な告発事件の顛末、ジャスミン革命、エジプト革命を実現させたフェイスブックの状況など、グローバル視点でいま起きていることを整理する。ガバメント2.0、オープンガバメントというキーワードに興味のある人は必読の本だ。
パノプティコンは囚人を効率よく監視する建築物。円形の監獄の中央に監視塔をおき円周部分を牢屋にする。監視塔の窓にはブラインドをかけ、牢屋側は中が丸見えにする。こうすると、仮に監視塔に看守がいなかったとしても、囚人としては24時間完全に監視されている心理になる。現実にはつくられたことがないコンセプトモデルだが、自分自身を監視させる究極の監獄建築といわれる。18世紀に思想家ジェレミー・ベンサムが発案した。
内部告発サイトのウィキリークスと、巨大SNSのフェイスブックによって、市民に強力なネットワークが張り巡らされた現代では、政府が市民を監視するのではなく、政府が市民を監視する「逆パノプティコン社会」が実現されようとしていると著者は論じる。
近年の日本でもネット上で政治への関心は高まってきていたと思う。震災と原発の影響でその流れは加速しているように感じる。政府の役割を見直す「ガバメント2.0」というキーワードもよく議論されるようになってきた。
キム教授は、これからは、政府がサービスを準備して市民はその中から欲しいサービスを選ぶ「自動販売機モデル」から、政府が提供するプラットフォーム上で市民が自らアプリを公開し、別の市民がそれを使う「iPhoneモデル」へと政府の在り方が変わっていくという見方を示す。
確かに市民が役人や政治家を一方的に批判するのは建設的ではない。新聞の投書欄など読んでいると、政府や自治体に文句を言う投稿が目立つが、批判としては筋が通っていても、未来への展望はみえない。自分たちがやるという前提があってこそ、建設的な意見が出てくるはずだ。
ウィキリークスは過激であり一過性の動きになるのではないかという見方もあるが、著者は「現在のウィキリークスの混合ジャーナリズム(hybrid journalism)のもつ長期的なインパクトは、もしかしたら、音楽産業に対するナップスターのようなものとなるかもしれない。 ナップスターは法的措置で閉鎖に追い込まれ、最終的には表舞台から姿を消したが、P2Pというユーザー同士のファイル交換自体はなくならなかった。より技術的に洗練されたかたち、法律的に迂回しやすい、捕まりにくいかたちの進化バージョン・サービスが次々と出てきていて、ファイル交換は、ナップスターのときよりもさらに繁栄している。」と述べている。ネットが普及した以上、完全透明化の流れはもはや止められない、と。
行き詰り停滞した経済ではなく、政治・社会の視点でインターネットの今を見つめなおすことで、現状の突破口がみえてきそうな内容だった。