Books-Sociology: 2006年5月アーカイブ

・地域情報化 認識と設計
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地域情報化は西欧をモデルにした国家の「計画」の時代から、地域独自のモデルをそれぞれが「設計」する時代になったという基本認識のもとに、学者とアクティビィストが結集してまとめた先端成果。

地域振興を考えているリーダーにも、「次は地域情報がビジネスになる」とたくらんでいるビジネスマンにも、参考になる本である。ハコモノでもなくキワモノでもない、ホンモノの地域情報化の知恵が詰まっている。

■「イ・ト・コ」と「仕掛け」

前半で地域情報化のキーワードが以下のように分析されている。


このように「地域」を強調するのは、地域コミュニティの共通の価値観や利益に基盤をおく信頼関係が、ネット社会の弱みというべき無秩序さや「ただ乗り傾向」を引き起こしやすいマイナスを補って、情報開示、参加、互助などの力をフルに発揮する土壌を提供してくれるのである。

これを理解するのに役立つのが「イ・ト・コ」と「仕掛け」というフレームワークである。周囲が沈滞する中で突出して活性化している地域を見ると、「インセンティブ=協働参加の誘因」と「トラスト=信頼関係」を、「コネクタ=関係性をつなぐ人」が構築して、ネットワークによって可能となる情報共有の「仕掛け」に命を吹き込んでいる、という共通の成功要因が見てとれる

インセンティブ、トラスト、コネクタ、仕掛け。地域情報化のキーワードは、意外にもWeb2.0のキーワードともそっくりだ。散在する力を結集し創発現象を引き起こすための仕組みをつくることが、ここでもホットな話題なのだ。同じ地域で生活している住民同士の信頼の束(ソーシャルキャピタル)は、安定した協働プロセスの基盤になる。

■地域情報化のインセンティブ

一番、興味深かったのが第9章「地域情報化のインセンティブ」であった。私と5年間一緒に会社を経営した小橋昭彦氏が書いている。彼は都会からのUターン組で、兵庫県の農村からインターネットの情報発信に取り組んでいる。地域づくりで総務大臣表彰を受けた。地域情報化のシンクタンクを立ち上げた。ときどき上京しては大学などで講義をしているようなのだが、具体的に何を考えているのかは実はこの本で初めて知った。

・小橋昭彦■今日の雑学
http://www.kobashi.ne.jp/

・こころのふるさと 田舎.tv
http://www.inaka.tv/

・情報社会生活研究所★生活者視点で日本をシフトアップ!
http://shiftup.jp/

彼が住むのは私も何度か訪れたことがあるが、何の変哲もない、良い田舎である。強い特徴があるとは思えなかったのだけれど、彼が主宰するイベント周辺には遠方からも大勢が参加しており、東京並の活気がある。まさに前述の「周囲が沈滞する中で突出して活性化している地域」である。もちろん最初から活気があったわけではなかったようだ。彼が「コネクタ」として創発のうねりを作り出したのは間違いない。

彼が都会と業界、そしてネットで実績をつくり自分の作法を確立するまではそばで見ていたのでよく知っている。彼は書き物(雑学本のベストセラー作家)やクリエイティブ(業界賞を何度も受賞したコピーライターでもある)など、自分一人でできる仕事では絶対的な自信を持つ人だが、変革のリーダーとしては随分穏やかで控えめな印象があった。だから、その後、なにが起きていたのか、物語として気になっていた。

■緑の培地理論

その成功プロセスを「緑の培地」理論として分析する。

彼は都会でIT分野で活動実績をつくり地元へUターンした。この半分部外者というスタート地点では、既存の地域プラットフォームに対して遠慮がはたらく。「出すぎた真似」はしたくない。そこで新しい地域情報化のプラットフォームを飲み会などでソフトに提案し、自分の作法で活動できる小さな場所を最初につくった。

そして、彼は都会や業界の人脈を、地域の既存プラットフォームに紹介して、情報化活動につなげていく。複数のプラットフォーム上の人脈をメタプラットフォームで外部と接続し、世界を狭くする。停滞していた地域に新しい情報やヒトが流れ込む。地域が外部から注目を受ける。これが、ありがたがられて、彼の作法も地域内で一定の居場所を認めてらえるようになった。

自分の作法を認めてもらうことの嬉しさは地域コミュニティに限らず、あらゆるコミュニティで新参者にとってのインセンティブになると思う。地域の信頼関係(ソーシャルキャピタル)がある場所ではなおさら強いものなのだろう。認めてもらったお礼に、彼は地域の人間を他のプラットフォームへ紹介してあげたくなる。地元と彼の間にインセンティブの正のフィードバックループが確立される。

彼は「地域を変えたいから」「郷土愛」といった大義名分よりも、自分の作法を地域に認めてもらえる個人的楽しさが、活動へのインセンティブとして働いたと書いている。「主役になれる」ことがやりがいにつながる。こうして、彼は「コネクター」という新しいタイプの「地元の名士」になった。

この本には、「人を元気にする」、「誰もが主役になれる」をキーワードに、ハコモノやキワモノではない地域情報化論が展開されている。彼のような実践家と丸田一氏、国領次郎氏、公文俊平氏などの学者が協働して、リアルとバーチャルのソーシャルネットワークを、どう結びつけるか、のヒントを集積している。地域情報化に関心のある人には強くおすすめの一冊である。

・「みんなの意見」は案外正しい
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とても面白い本だ。

この本のテーマ「集団の知恵(原題:Wisdom Of Crowds)」はいまインターネットでホットな話題でもある。集団の知恵(リンク)で検索精度を向上させたGoogleや、有志の知恵によるオープンソースプロジェクト開発の話題も取り上げられている。

「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがある一方で「烏合の衆」ということばもある。この本は前者の文殊の知恵に光を当てる。多数の成功事例をとりあげ、それが成立する条件を「認知」「調整」「協調」という3つの視点から分析していく。

集団の知恵がはたらく賢い集団の4要件として、以下の要素がまとめられている。

1 意見の多様性(各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている)
2 独立性(他者の考えに左右されない)
3 分散性(身近な情報に特化し、それを利用できる)
4 集約性(個々人の意見を集約して集団の一つの判断にするメカニズムの存在)


この4つの要件を満たした集団は、正確な判断が下しやすい。なぜか。多様で、自立した個人から構成される、ある程度の規模の集団に予測や推測をしてもらう。その集団の回答を均すと一人ひとりの個人が回答を出す過程で犯した間違いが相殺される。言ってみれば、個人の回答には情報と間違いという二つの要素がある。算数のようなもので、間違いを引き算したら情報が残るというわけだ。

多様性のある、自立した個人の意見を集約できる場所に、集団の知恵がうまれる。ネットビジネスのキーワードとして話題のロングテール現象が起きる市場は、そうした条件が揃いやすそうに思った。

もちろん、集団の議論や投票はうまくいくことばかりではない。障害となる要素が多数ある。情報不足な集団が誤った判断を積み重ねてしまう「情報カスケード」現象や、暗黙の調整現象である「シェリングポイント」現象、公共性の失敗としての「フリーライダー」現象など、社会学や心理学、意思決定の科学から、多数の興味深い関連理論が紹介される。

集団の知恵に対して専門家の知恵の価値については著者は次のように語っている。


情報通で、手法も洗練されたアナリストが正しい意思決定に役に立たないと言っているのではない。(それに素人が寄ってたかって手術したり、飛行機を操縦したりするような事態は到底歓迎できない)。ここで言おうとしているのは、専門家がどんなに情報を豊富に持っていて手法が洗練されていても、それ以外の人の多様な意見も合わせて考えないと、専門家のアドバイスや予想は活かしきれないということだ。これは組織の問題を一人で解決してくれる専門家を追い求めるのは時間の無駄だということでもある。

ネット時代は知識の流通スピードも速いから専門知の陳腐化も速くなる。集合知と専門知の両方を活かせる人が、次世代の専門家の姿なのかもしれない。成功例として、みんなの意見をうまく活かして経営している「はてな」のような会社が思い浮かぶ。

しかしながら、現実の世界では集合知が機能するシーンのほうが少ないように思われる。大抵の組織では、よりよい結論を求めて、ではなくて、合意を形成するために、会議や委員会を行うことが多いと思うし、議論となれば、専門家や声の大きい人の意見に流されてしまうのである。賢い集団の4要件を揃えるには、難関がいくつもある。

また、理想的な結論が出ても「それ誰がやるの?」ということもあるし、逆に次善(以下)の策であっても「それ私が責任を持ってやります」という人がいる案を選ぶこともある。意思決定と行動が分離できない組織では、正しい意思決定は難しい。そもそも民主主義や市場の解が必ず正しいとも限らない。

ただ、私がこの本を読んで思ったのは「集団の知恵」方式は、参加型であり、より多くの人が決定プロセスに関与することができて「楽しい」ということ。その楽しさに決定と行動を結びつけるヒントが隠されているのではないかと思った。

・第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004336.html

・会議が絶対うまくいく法
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000203.html

・なぜ自然はシンクロしたがるのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003279.html

・創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001285.html