Books-Sociology: 2005年5月アーカイブ
「
「社会技術」とは、社会問題を解決し、社会を円滑に運営するための技術である。ここで技術とは広い意味での技術であり、科学技術システムだけでなく、法制度や経済制度、社会規範など全ての社会制度システムを包含している。
」
社会技術の例として「船が沈むとき、船長は船とともに沈む」があるという。天文学や羅針盤などの工学技術でいかに安全な船を建造しても十分ではない。荒れ狂う海で、船長の支持に命をかけて従う船員たちが拠り所にしているのは、法制度でも経済制度でもなく、船長への信頼である。その信頼の源は「船が沈むとき、船長は船とともに沈む」という規範だった。船の工学技術とこの規範を組み合わせたものが、長年、船の安全性を確保してきた社会技術であると説明がある。
現代の社会問題は解決が困難な課題が多い。その原因として著者は次の3つを挙げている。
1 問題の複雑化
2 問題の高度化
3 価値観の多様化
現代において大きな社会問題が発生すると、政治、経済、技術、医療、法律など特定分野の専門家が登場する。だが、専門家の狭く深い知識だけでは、2の問題の高度化を少し紐解ける程度で、問題全体の解決にならないことが多い。環境問題は科学者の意見だけでは解決できないし、経済不況を経済学者の意見だけで脱出できるわけでもない。いくら技術の専門家が理論的に正しくても、多様な価値観を持つ国民が納得しなければ、社会の問題としては最終解決できないものだ。
そこで、こうした社会問題を解決する社会技術の特長が二つ挙げられている。
1 活用できる知を総動員すること
2 問題を俯瞰すること
1については、個別領域で蓄積された問題解決のノウハウを統合して、問題解決の一般的方法を探るアプローチを取る。たとえば医療のインフォームドコンセントと原子力におけるリスクコミュニケーションを並べて比較してみる。何が同じで何が異なるのか。その比較から、理論的なアルゴリズムだけでなく、現実に有用なヒューリスティックを取り出せないかを検討する。セレンディピティや創発のための異分野コミュニケーションプロセス。
著者は文科省主導で科学技術振興機構において行われている「社会技術研究ミッション」のリーダーの一人。このプロジェクトでは、安全性に関わる社会問題の解決をテーマに以下のような異分野統合が試されている。
・社会技術研究ミッション・プログラム�T
http://www.ohriki.t.u-tokyo.ac.jp/S-Tech/M1/
2は、特にコンピュータやデータベースを活用して、複雑な問題を俯瞰することに重点がおかれる。このプロジェクトの中で、コンピュータを使った情報可視化の具体例が見える。現実の問題が立体なら平面に単純化せずに、ありのままに構造を理解しようという試み。
こうした社会技術研究の背景には、人間は生まれながらにして問題解決の能力が備わっているという人間観がある。そして問題解決の設計方法には普遍性があり、それは橋の設計や機械の設計、ソフトウェアの設計を行う、設計学の体系と似ているのではないかと指摘がある。だから、問題解決のための普遍的な方法論は、ひとつの学問領域として存在しえるのではないか、というのが、この本の仮説である。
この社会技術研究、とても興味がある。本当に問題解決の方法論に普遍性があり、それを支援するツールが作れるのならば、個人の人生から、人類全体の課題まで幅広く及ぶ、役立つ知識が得られる。
それは、この本で紹介されていたハンガリーの数学者ポリアが「いかにして問題をとくか」で論じた数学問題のヒューリスティックみたいなものだろうか。
・何が未知であり、どんなデータが与えられ、どんな制約条件があるのかを明らかにせよ
・よく似た問題を思い出し、現在の問題と関連づけよ
・問題が解けなければ、別の関連した問題、より一般的な問題、より特殊な問題、類似の問題を先に解け
これらはかなり有効な方法論だろうけれど、何か根拠があるわけではない。数学問題を解こうとする人たちが集約した知恵である。社会問題分野でもこうした十分なヒューリスティックが見出せれば未来への手がかりになる。
しかし、こうしたプロジェクトが10年、20年後に出す答えとしての方法論は、何百年、何千年前から伝えられてきた格言や言い伝えに近似したものになる予感もする。「急がば回れ」だとか「百聞は一見にしかず」、あるいは「案ずるより産むが易し」とか...。