Books-Science: 2012年11月アーカイブ
未来予想というのは、基本はあまり当たらないものであって、当たるかかどうかより、今の自分にとって啓発的かどうかで、その価値が決まるといってもよいと思う。科学関係のテレビ番組でおなじみの物理学者ミチオ・カクが今日の科学技術の延長線上として、SF小説の如く具体的な記述で、リアリティを感じさせる2100年イメージを語っている。これはすごい。
まず「コンピュータの未来」「人工知能の未来」が大きなイノベーションをもたらす。
「2100年までにコンピュータの性能が急激に向上すると、われわれはかつて崇めていた神話の神々のような力を手に入れ、周囲の世界を純然たる思考だけでコントロールできるようになる。神話の神々が手を振ったり頷いたりするだけで、物を動かしたり生き物を作りかえたりできたように、われわれも思考の力で周囲の世界を制御できるようになるのだ。環境にちりばめられたチップといつでも心でコンタクトをとって、密かに命令を実行できるのである。」
超伝導やブレインインタフェースの応用で強力な磁場により物体を思考で動かすことができるようになる。まるで魔法の世界だ。未来の私たちはコンタクトレンズや眼鏡で、現実の世界に仮想イメージを重ねてみながら暮らす。身体能力をインプラントチップにより強化し、犬や猫にしか聞こえない音を聞けたり、紫外線、赤外線、エックス線を見ることができる。外国人との会話では語学力は問題ではない。コンタクトレンズには外国語の字幕が出る。そして首と顔の筋肉の動きをセンサーが拾って母国語を声に出さずもごもごいうだけで外国語が発声される。心を読み夢を録画できるコンピュータ。だがハードウェアと違いソフトウェアの進化は緩やかと予想されている。
医療の進化によって人間の死が不可避でなくなる。若さを取り戻す。本人が望む年齢で老化をとめることさえできるようになる。テクノロジーと人間の生き方の関係にも言及が多い。ナノテクノロジーにより原子レベルで操作してなんでもつくることができるレプリケーターができる。欲しいものは望みさえすればなんでも手に入るようになり、持つものと持たざる者の差がなくなる。資本主義が機能しなくなり、地位や政治権力もなくなるかもしれない、という。
社会や人間の仕事も変わる。ロボットにできないこと。高度なパターン認識と常識を持つこと。創造的な資質を持つ職業、芸術、演技、ジョーク、ソフトウェア開発、リーダーシップ、分析、科学などの職業は生き残るが、単純事務の下級公務員、銀行の窓口係、経理担当などは仕事がなくなる。
こうした未来の予想にはひとつの法則があると著者はみている。
「問題は、現代のテクノロジーと原始的な祖先の欲求との軋轢があるところでは必ず、原始の欲求が勝利を収めていることだ。それが「穴居人の原理」である。たとえば、穴居人はつねに「獲物の証拠」を要求した。逃がした大物を自慢してもだめなのだ。逃がした獲物の話をするより、獲ったばかりの動物を手にしているほうがいいに決まっている。今のわれわれも、資料というと必ず、プリントアウトしたコピーを欲しがる。人はコンピュータの画面に浮かぶ電子的な文字を本能的に疑ってしまうため、不必要な時でも電子メールやレポートを印刷する。だからおオフィスのペーパーレス化は完全に実現してはいないのだ。」
ハイテク(先進技術)とハイタッチ(人間同士の触れ合い)。人は両方を欲しがるが、選択を迫られたら、祖先の穴居人と同じようにハイタッチを選ぶという生物学的選好は、リスクマネジメントでもあったのだろう。一足飛びに目新しいものに飛びつく人間ばかりでは、全滅してしまうかもしれない。アーリーアダプターもいればレイトマジョリティもいるのは種として正しいパターンなのだと思う。
「現代社会の最も憂うべき一面は、社会が知恵を蓄積するよりも速く、科学が知識を蓄積していることだ」アイザック・アシモフの引用があったが、著者はかなり楽観的に未来をとらえて予想をしており、長い本だがとても楽しい読書体験である。変に問題意識と悲観のビジョンで書かれていたらうんざりしていただろう。テクノロジーがひらくことができる可能性を知りたければ必読書。
「何世紀ものあいだ、薬の安全性の検証は事実上、一般大衆の体によっておこなわれていた。用量を超えて飲めばほとんどの薬が危険だが、安全な服用量は誰にも分からなかった。とりあえず飲んでみて、様子を見るしかなかった。患者は薬を飲み、医者は患者が死ぬかそれともよくなるかを見るのだった。」
古代から19世紀にいたるまで多くの人々が病気の原因は悪い血であると信じていたので、腕を切開して瀉血したり、ヒルに血液を吸わせたりして、だらだらと何リットルも患者から血を奪っていた。医学的には患者を弱らせるのみの行為だった。
本当に効く薬や治療法を見つけるには、誰かが最初に試してみなければならない。動物実験というのも現代では盛んだが、結局のところ、最後は人間が試さない限り、本当に効くのかどうかわかりはしない。
ここに書かれているのは医学の本当の歴史である。一部の勇気のある医者が自らの身体をモルモットにして人体実験を行う無謀な行為が進歩させてきたという歴史である。有名どころではキュリー夫人はノーベル賞を2回もらった代わりに大量に放射線被ばくをしている。最後はそれが原因で死亡している。
キュリー夫人は危険性を知らなかったわけだが、知っていても挑むラディカルな医者たちがたくさんいた。黄熱病患者の吐瀉物を自分に注射したり、コレラ菌の入った水を飲んだり、ニトログリセリンを飲んで昏倒したり、自分の心臓にカテーテルを刺したり、梅毒患者の膿を自分の性器に塗布してみたり、急激な加圧や減圧実験で鼓膜が破れたり失明しかかったり...。
やばい人体実験の数々こそ現代医学の礎になっているのだ。最初に勇気のある誰かが食べてみたからウニとか納豆とかあるわけだが、最初に体をはった誰かがいたから、病気の治療法や薬ができている。
人間がメールを送受信する、ウェブにアクセスする、プリンターに何かを出力する頻度には共通パターンがある。図書館で本を借りるパターン、電話をかけるパターン、写真を撮るパターン、病院にいくパターンも同じだ。
「どういう種類の人間行動を調べてみても、つねにバーストのパターンがあらわれた。長い休止期間のあとに、短い集中的な活動期間が続く」
著者が発見したのは人間の行動がベキ法則にもとづくという事実と、人間が行動に重要度による優先順位をつけて生活しているという事実だ。このふたつのパターンを解析すると、従来は予測不可能と思われていた人間行動を、高精度で予測できる可能性がでてくるというのがこの本のテーマだ。
たとえば実験によれば、大抵の人間は、朝の居場所がわかっていれば午後の居場所を90%の精度で予測ができるという。普通の人間は同じパターンを繰り返しているからだ。実験では予測精度が80%を下回った人間はほとんどいなかったらしい。
逆にこのパターンから著しく逸脱した移動経路の人間は一般人ではなく、テロリストの可能性がある。FBIはそうした経路の逸脱パターンで犯罪者を発見して尋問しているそうだ。
人間の行動はランダムだから予想はできないと諦めていた分野でも、バーストのパターンを織り込んだ予測モデルをたてれば、人間の複雑な行動ももっと予測可能になる、そんな可能性を感じさせる内容。
『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』のアルバート=ラズロ・バラバシの最新刊。