Books-Science: 2008年12月アーカイブ
本来はフィールドワーク研究手法の本だがビジネスマンが読んでも学べる部分が多い。分析の方法がわからない現象をどうひも解いていくかの考え方が見えてくる。
質的研究とは現象に関しての先行研究の蓄積が少なく変数が把握されていないときに用いられる研究手法のこと。対象へのインタビューや参加観察、手記や自伝、手紙、カルテなどの資料の読み込みを通じて、背後にある概念を抽出し、概念同士の関係を解明して理論にする。内容分析、KJ法、現象学、マイクロ・エスノグラフィー、ナラティブ・アプローチなど質的研究手法と並んで有力な手法が本書のテーマ「グラウンデッド・セオリー」である。
「グラウンデッド・セオリー・アプローチは、データに基づいて(grounded)分析を進め、データから概念を抽出し、概念同士の関係づけによって研究領域に密着した理論を生成しようとする研究方法です。」
グラウンデッド・セオリー・アプローチには、データの読み込み → コーディング → 理論的飽和という3段階のプロセスがある。
1 データの読み込み
データをひとつずつじっくりと読む。文脈を重視する読みをまず試みる。そして切り分ける。文脈と切り離した切片化を行い客観的に眺めることも大切。
2 コーディング
まずオープン・コーディングで切り分けられたデータにその内容を表現する簡潔な名前(ラベル)をつける。このときラベルにはプロパティとディメンションという属性とその値の情報も付記する。たとえば「置物」というラベルに「重さ」というプロパティに23グラムというディメンション。「色」というプロパティに「赤」というディメンションがあるという具合。そして似たラベル同士をまとめてカテゴリーをつくる。ディメンション → プロパティ → ラベル → カテゴリーの順で抽象度が高くなっていく。
次のアクシャル・コーディングでは、カテゴリとサブカテゴリー(いつ、どこで、どんなふうに、なぜ、など)を関係づけて現象をあらわす。そしてセレクティブ・コーディングでは現象を幾つも集めてより大きい現象を説明する理論をつくる。パラダイムの構造抽出やカテゴリー関連図という技法が紹介されている。
3 理論的飽和
そしてすべての現象に説明がつくようになった状態が理論的飽和であり、研究の完成段階を意味する。
という流れで研究を進めていく。
この本はこうしたプロセスについての詳しい説明書である。各段階での考え方や工夫が照会されている。たとえば理論的サンプリングという方法がある。
「たとえば、経験の長いC医師の分析の後に、経験の浅い医師からデータを収集して両者を比較したり、C医師とアメリカの医師のデータを比較したり、成人のがん専門医からデータを収集して小児科医であるC医師のデータと比較するとおもしろそうだなどと考えて、データ収集をおこなうわけです。」
量的な研究ではタブーとも考えられる方法だが、事例が少なく分析の枠組みが定まっていないような分野ではこれが有効なわけだ。まずは仮説をうみだすことが理論化に向けて重要な一歩になる。
データを集めたけど次にこれどう分析しよう?というときに読む本である。ビジネスやマーケティングの分野でも有効な気がする。
「現代は誰もが個人情報に過敏になっている。ハッカーやクッキーに神経をとがらせ、データを保護する対策を講じる。そのくせ、個人情報が声から漏れだしていることには驚くほど無頓着だ。口を開いてしゃべりはじめた瞬間から、声は怖いほどに私たちの情報を漏らしている。何を話すかは関係ない。下水処理に関する法律の条文を読みあげているだけでも、体や心がどういう状態にあるか、さらに社会的地位までが暴かれる。服のサイズ、身長、体重、体格、性別、年齢、職業。こうした情報はすべて声から読み取とることが可能だ。性的嗜好が見抜ける場合も少なくない。」
イギリス人ジャーナリストが、人間の声を生物学、心理学、社会学、文化人類学、ジェンダー学などの多彩な切り口から分析していく。声には全人類が共有する普遍的な部分もあれば、所属する社会や個性で大きく違う部分がある。
世界的な比較を行うと日本人女性ほど高い声で話す女性はまずいないそうだ。日本人女性が丁寧にしゃべる時の声は450ヘルツで、イギリス人女性の最高値320ヘルツと比べて異常なまでに高い。国際的には 日本人女性 > アメリカ人女性 > スウェーデン女性 > オランダ人女性という順だそうだ。理想の男性像と理想の女性像の差がないオランダ社会の女性たちは高い声を使わない。
日本女性は身体が小さいということもあるが、それ以上に最近まで女性には女性らしさが求められてきたからではないかと分析されている。男女の身体構造の違いに起因する高低差以上に、実際に男女が使っている声の差は大きい。男も女も文化的な理由で高い声や低い声を出しているのだ。
確かに私たち日本人は、若い女性が電話に出る時、はじめて同士で自己紹介するときなどは高い声を期待してしまう。女性が低い声だと不機嫌なのかなあと勘ぐってしまうくらいだ。男性の気をひく女性の声も、やはり高い声である必要がある、だろう。
楽器と同じように大きい構造からは低い音がでる。だから、攻撃的な男性は自分の体が大きいことを相手に知らせるために低い声を選ぶ。逆に服従する人間は高い声を出して自分を小さく見せる。「高い声イコール服従、低い声イコール攻撃」の生物進化論的な図式が文化にも反映されたのではないかと考えられている。
一方、幼児の話すリズムは「人間メトロノーム」があるのかと思えるくらい共通部分が多い。赤ん坊がバブバブ言う時は一つの音の長さが約0.35秒でどんな文化でも変わらない。子守唄のリズムやメロディは世界中で似ている。赤ん坊と母親が互いに注意を向けあうサイクル(赤ん坊が乳首を吸う長さなど)は世界中どこでも3秒から6秒である。
「母と子が言葉によらない声のやりとりをするとき、そのタイミングは大人同士の会話のタイミングと非常によく似ている。こういうやりとりが「原会話」と呼ばれるのも無理はない。赤ん坊は、言葉で話すようになるはるか前からリズムで話すのを覚える。」
そして、子どもが大きくなるにつれて次第に文化の影響を受けて声のコミュニケーション様式は各文化仕様に変化していく。声から個人情報が怖いほど読み取れるというのは、先天的な部分の共通度が高く、こうした後天的な部分で差が大きいからなのだろう。
この本ではこうした生物的な声、社会的な声の基本を論じた後、大統領、首相、独裁者の声の分析や、音声合成テクノロジーの進歩で声が盗まれる話とか、映画やテレビやパワーポイントが変えた声など、声に対していろいろな角度から迫っている。
・奇跡のハイトーンボイストレーニング―プログラムCD付き 高い声を手に入れる
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/11/post-861.html
・日本人の声
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-839.html
・声のふしぎ百科 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/12/post-322.html
・7秒のイメージ・マジックであなたの声はもっとよくなる―相手を説得する、声の印象が変わる、気持ちが伝わる
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003015.html