Books-Science: 2008年8月アーカイブ
太陽系についての一般向け科学読み物。太陽、水星、金星、地球と月、小惑星、木星、土星、天王星と海王星、冥王星とカイパーベルトについて一章ずつをあてて研究史と最新の知識がまとめられている。子供の頃、学研「宇宙のひみつ」に夢中になったが、これは大人向けの宇宙の秘密本。
・宇宙のひみつ(旧版)
http://arch-type.net/Himitsu/review/rev001od.html
私が読んだ旧版についての紹介ページ。現在は中身はまるごと改訂されている。
ここ30年の衛星による探査の成功によって、私の子供時代とは比べものにならないほど、太陽系の惑星や衛星については解明が進んでいた。そして宇宙を研究する新しい意義がみつかった。
たとえば太陽の黒点について興味深いデータが紹介されている。
「1861年から1989年までの気象観測所におけるデータから、黒点数と地球の北半球の年間平均気温との間に極めて高い関連性があることが分かっている。奇妙なことに、黒点サイクルの長さ(現在の測定値は平均10.8年だが、9.5年と11年のあいだで突発的に変動する)と年間平均気温のあいだにはさらに密接な関連性がある。サイクルが短いときは気温が低く、長いときには気温が高いのである。」
そして過去1万年間を通じて、70年前から今日までの期間が黒点活動が異常に強い時期であることも発見されている。つまり、地球温暖化は人類の活動によるCO2増加が原因などではなくて、ただ地球の気候変動がたまたまそういう時期だったからに過ぎない可能性がある。
もうひとつ重大な問題だと思ったのは地球に接近する小惑星の研究である。大きな小惑星が衝突すれば人類絶滅の危機になる。これ以上の大問題はないというくらい大きな問題だが、観察ネットワークの整備や研究は始まったばかり。衝突が不可避となったときの危機回避の手段が挙げられている。
・核爆弾で爆破する
・電磁誘導装置で軌道から押し出す
・アルミ箔でくるみ太陽風で軌道を変える
・小惑星の片側を黒く塗って熱エネルギーの効果で軌道を変える
どれもまるでSFのように思えるが、もしも高速に接近する小惑星が発見されたら、人類はこんな離れ業も実現しなくてはいけないわけである。できなければ滅びてしまう。
宇宙研究の予算は縮小傾向にあるが、こんなふうに宇宙を研究することで、地球温暖化の真の原因がわかったり、小惑星の衝突を回避することができるとしたら、いくらお金をつぎ込んだってよいではないか、と思った。
探査船や望遠鏡の技術の進歩によって天体の姿が明らかになってきている。本書の冒頭にもたくさんのカラー写真があったが、ここ数年で素晴らしい宇宙関連のビジュアル書籍も生まれている。以下の3つは秀逸だった。
非線形科学の国内第一人者による分野総括。プリゴジンの散逸構造に始まり、カオス、集団同期、引き込み現象、パターン形成、ゆらぎ、スケールフリーなどこの分野のキーワードを網羅している。一般向けに書かれているが難易度は高め。著者は分野を概観しただけでなく、非線形科学を「生きた自然に格別の関心を寄せる数理的な科学」としてとらえる新しい科学的世界観を提示する。
私が学生だった90年代中頃に、非線形科学が自然と密接な関わりがあることを直感した瞬間があった。景観自動生成ソフトBryceの初期バージョンをいじったときだった。このソフトウェアは自然の壮大な景観をカオス・フラクタル理論を応用して緻密に描画する。高精細でレンダリングすると実写と見紛うほどのリアリティがある。それまでCGは自然描写が苦手と思っていたのに、人間の絵描き以上に本物っぽい景観や樹木が描けてしまうのだ。
・Bryce
http://www.daz3d.com/i.x/software/bryce/
神は細部に宿るというが、この種のCGにおいてはカオス、フラクタル理論こそ神の正体なのであった。こんな風に自然の見かけが二次元で再現できるなら、三次元の構造や仕組みだって近似に再現できるのではないかと直感したのを覚えている。同時になぜ陸地、海、雲、樹木など自然景観のいたるところにフラクタル構造があるのであろうか?と疑問に思った。
著者は非線形科学を、根本原理の根から経験世界の枝葉が伸びていく樹木状の体系としてとらえてはならないという。そうした通常科学の演繹的アプローチでは細部に宿る神を見失ってしまうからである。一見、無関係な事象の背景に、共通の非線形方程式が隠れているからだ。
「本書をここまでお読みになった方々はすでにおわかりかと思いますが、要素的実体にさかのぼることをしないで複雑な現象世界の中に踏みとどまり、まさにそのレベルで不変な構造の数々を見出すことは優に可能です。」
非線形科学では自然の多様な現象を述語としてとらえよという。
「「愛犬が走る」「マラソンランナーが走る」「新幹線が走る」というように「走る」ものの実体はさまざまです。「走る」という述語面にさまざまな主語が包まれるといってもよいでしょう。さまざまな実体が一つの述語的不変性によって互いにつながること、これはまさに非線形科学がカオスやフラクタルという概念を通じて、モノ的にはまったく異質なものを急接近させるという構造に酷似しています。たとえば、同期という現象は数理的に表現可能ですが、それは振り子時計にも、サーカディアン・リズムにも、ホタルの集団にも、心拍にも実現される不変の数理構造です。物質的な成り立ちを不問に付したまま、そこに進化発展の契機をもつ科学の一領域が成立するのです。」
実測の計算が不可能な非線形領域では、物質的な成り立ちを検証していては埒があかない。同じ述語を持つ主語を発見していくアプローチが必要になる。必然的に非線形の研究者は専門のたこつぼを出て、領域横断の視野を持たなければならなくなった。第一人者である著者の領域横断の視野の広さにこの本では圧倒された。
潜在的には線形科学よりも非線形の方が扱える対象は広いと考えられる。実験環境だけではなくて日常の現象をカバーできる。著者のいう述語的なアプローチは、将来的には科学の主流になることだってありえるかもしれない。「生きた自然に格別の関心を寄せる数理的な科学」の総括と展望を新書一冊で得ることができる。
・蔵本由紀教授 最終講義録
「非線形科学の形成 - その一断面」
http://www.ton.scphys.kyoto-u.ac.jp/nonlinear/kuramoto-finallecture.pdf
・創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/04/post-70.html
・「複雑系」とは何か
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/05/post-92.html
・SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003279.html