Books-Science: 2008年6月アーカイブ
ノーベル賞物理学者レオン・レーダーマンが「対称性」を切り口に、ビッグバン理論や相対性理論から量子力学や最新宇宙論までを語る科学読み物。
宇宙は対称性で満ちている。
「物理系とは原子のような単一の粒子、あるいは分子、岩石、人体、惑星、全宇宙のような粒子の複雑な集まりであって、物理学のいろいろな法則にしたがって運動したり行動したりするものである。物理学というプリズムを通して見れば、本質的にすべてのものは物理系となる。もしある物理系にある変化を起こさせ、変化の後でもその物理系が変化の前とまったく同じであれば、その物理系は対称性をもつという。われわれが物理系に起こさせるそのような変化を対称操作または対称変換という。ある変換を加えても物理系が同じであれば、系はその変換に対して不変であるという。」
たとえば完全な球体があるとする。球体はその中心を通るどんな軸に沿って回転させても外観は変わらない。このとき球体は回転という変換に対して対称性を持っているという。そして、ちょっと動かしてもたくさん動かしても対称性は変わらないので連続対称性を持つともいう。(これに対して三角形や四角形は正確に120度や90度回転させたときだけ対称性を持つので離散的対称性をもつ。)。
本書はほとんどネーターの定理の本である。ネーターの定理とは「物理法則の何か一つの連続的対称性があれば、それにともなって一つの保存則が存在するはずである。何か一つの保存則があれば、それにともなって一つの連続的対称性が存在するはずである。」というものだ。対称性があるところには必ず保存則があり、保存則があるということは対称性があることを意味する。
たとえば、さきほどの球体の回転対称性には角運動量保存の法則が働いている。フィギュアスケートの選手が回転するとき、手を大きく伸ばしていれば回転はゆっくりだが、縮めると速くなる。角運動量が一定に保存されているからだ。
対称性は回転という変換に限らない。ビリヤードの二つの玉が衝突するとき、二つの玉は相互作用して別々に転がる。別の空間でまったく同じ状態を再現して衝突させれば、同じように転がる。そして全運動量は2回ともまったく同じである。空間の並進に対して運動量は対称である。空間に対する対称性には運動量保存の法則が対応しているのだ。
そして物理法則は時間における並進に対して不変である。厳密な環境で行うならば今日の実験結果が明日には変わるということはない。物理法則は時間という変換に対して対称性を持っているということだ。時間が進もうが戻ろうが宇宙という系全体ではエネルギーは増えもしないし減りもしないということを意味する。ネーターの定理の示すとおり、物理法則にはエネルギー保存の法則という対応を見出すことができる。
レーダーマンはさらに電荷の保存法則、バリオン総数の保存法則、クォークのカラー保存法則など、ミクロの世界、量子力学の世界における対称性と保存則について言及していく。ゲージ変換、ゲージ対称性、対称性の破れや超対称性など、変換や対称性の抽象度、複雑度が後半になるにしたがって次第に上がっていく。一般向けの本だが、後半の難易度は高めで要予備知識だ。
相対性原理、不確定性原理、量子力学、統一場理論など古典物理学と現代物理学の主要理論における対称性の役割が論じられている。こうして科学史を振り返ると、対称性を発見してそれに対応する保存則を見出すということが、科学の革新のパターンになってきたように見える。だから現代のノーベル物理学者である著者は、歴史に埋もれがちな女性科学者エミー・ネーターがいかに偉大であったか、を大いに讃えている。先にも書いたが本書はほとんどネーターの定理の本なのである。
幸運な宇宙 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/06/post-761.html
・多世界宇宙の探検 ほかの宇宙を探し求めて
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/11/post-670.html
・ビッグバンの父の真実
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004784.html
・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html
・はじめての"超ひも理論"―宇宙・力・時間の謎を解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004230.html
・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html
・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html
・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html
Amazon.comベストブック2007の第1位、Times誌が選ぶ2007年ノンフィクション第1位に選ばれ200万部を突破した米国の大ベストセラー。
人類がある日突然地球上からいなくなったとしたら、世界はどう変わっていくかをシミュレーションされている。数日後にはメンテナンスを失った排水機能が麻痺して、ニューヨークの地下鉄は水没する。2,3年後には下水道やガス管が破裂する。5から20年後にはボルトが劣化して木造住宅やオフィスビルが崩れ始める。200年や300年もすればブルックリン橋のような建築も崩落する。世界は野生動植物のものに戻るが1万5千年後には氷河期ですべては凍りつく。そこには人類が不在の未来史10万年、100万年、数億年先になにが起こるかが描写されている。
この本はサイエンスフィクションではなくて、ドキュメンタリであり、人類が地球環境に与えている負荷の大きさを知ることが本筋にある。今人類が消えたとしても、排出済みのCO2や破壊したオゾン層、ダイオキシンなどの化学物質の影響は数万年から数百万年は持続する。地下に埋めた放射性廃棄物に至っては数億年先の生物をも脅かすかもしれない。人類はすでに容易に取り返しのつかない爪痕を幾つも残している。
たとえ人類が滅亡しなくても、廃棄物の垂れ流しや地下に埋めて隠す方式では、同じ環境を使う予定の我々の子孫に影響を及ぼすことになる。コロラド州の防衛施設ロッキーフラッツの放射性廃棄物の処理については、遠い未来にどう危険を伝えるか、という問題が具体的に議論されている。
「アメリカのエネルギー省は、向こう1万年にわたり、ロッキーフラッツの廃棄物の大半が送り込まれたWIPPに人が近づくのを防ぐ法的義務を負っている。人間の言語の変化は速く、500年から600年後にはほとんど理解不能になるという問題が議論されたあげく、ともかく7カ国語で警告を掲示したうえに図を加えることになった。警告と図を刻んだ高さ7.5メートル、重さ20トンの花崗岩の碑がいくつも建てられ、同じ内容の直径23センチの焼いた粘土板と酸化アルミニウムの銘板が敷地全体に無作為に埋め込まれることになっている。まったく同じ三つの部屋の壁に地下に潜む危険性についてより詳しい情報を刻み、そのうちの二室も埋める予定だ。施設全体を、高さ10メートル、四方800メートルの土手で囲み、そこに磁石トレーダー反射器を埋め込む。あらゆる可能な手段を用いて、なにかが下に潜んでいるという合図を未来に伝えるためだ。」
ピラミッドやスフィンクスのような遺跡も、数千年が経過すると何のための建造物なのかさえ、私たちは読み取ることができなくなっている。放射能やバイオハザードの危険性を確実に未来に伝える方法は宇宙人のコミュニケーション並に難しい問題だ。
それから、人類が消えるシミュレーションからは必然的に、人類が消えた後の世界に人類は責任感を持つべきか、という哲学的な問題を考えさせられる。これから人類が繁栄したとしても種としてはせいぜい数十万年程度だろう。遅かれ早かれ私たちは地球を次の生物に明け渡す。
最終章にロマンチックな記述があった。この本で一番好きな一節だ。脳の活動は微弱な電波を生じる。この電波が私たちの情報を宇宙に発信していることになる。だから「電波と同じく、私たちの脳が発した信号は進みつづけるはずだ。だが、どこへ向かって?宇宙の構造は膨張する泡のようなものだといまは言われているが、それはまだ一つの理論にすぎない。ひどく謎めいた宇宙のひずみのことを思えば、私たちの思考の波がやがて元の場所に戻ってくる道を見つけると考えても、あながち不合理ではないかも知れない。」
人類の、いや生命の本質は情報なのである。そして情報は永遠に不滅かもしれないのである。
・+6℃ 地球温暖化最悪のシナリオ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/02/6-4.html
・成長の限界 人類の選択
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003701.html
・地球のなおし方
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003752.html
・世界の終焉へのいくつものシナリオ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004729.html
・文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004210.html
・文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004218.html
・感染症は世界史を動かす
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004403.html
・インフルエンザ危機(クライシス)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004247.html
本書のテーマのロバストネスを「システムが、いろいろな擾乱に対してその機能を維持する能力」と著者は定義している。ロバストネスを持つシステムの代表例が生物だ。生物は温度や湿度が多少変動してお体内の状態を一定に保つように調節が働く。病気になっても自然治癒する。怪我をして身体機能の一部を失っても、残りの機能を総動員して、生きていくことができる。
インターネットのシステムや優れた会社組織もまたロバストネスを持っていると考えられる。外部環境の変化や局所的な問題に対して、柔軟に対応する仕組みは、変化の時代のキーワードだ。生物学とシステム論を総合しながら、北野宏明と竹内薫という著名な二人の研究者が、その「しなやかな強さ」の秘密を探る。
「複雑なシステムのロバストネスを向上させる方法には、大きく四つの方法があります。それはシステム制御、耐故障性、モジュール化、デカップリング(バッファリングとも呼ぶ)です。」
システム制御とは、フィードバック機構によってシステムの現状と望ましい状態とのずれを修正していく仕組みのこと。耐故障性とは冗長性と多様性で故障に対応する機構。モジュール化は、システムが細かく区分けされていて、内部要素は強く結びつき、他のユニットとはゆるく結ぶ機構。部分故障の全体への波及を防ぐ。デカップリングは重要な機能を、ノイズや変動にさらされるレベルから切り離すということ。
システムを安定状態に保つという点ではロバストネスはホメオスタシスと似た概念だ。ホメオスタシスは、ある状態を維持することが本質だが、ロバストネスは機能を維持することに重点がある。ロバストネスは、必要に応じてあらたな安定状態へ移行する可能性を含む。ロバストネスのほうが、したたかに強靱な生命らしさがある。
しかし、完璧なロバストネスは存在しない。
「それは、すべての擾乱にロバストなシステムは存在しないということです。結局、ロバストネスとフラジリティの関係というのは表裏一体で、どこかをロバストにすれば、必ずどこかにフラジリティが出てくるものなのです。」
F1レースカーや戦車のような特定環境に最適化した車は、ある環境では無敵でも、一般道を走る乗用車としては弱点だらけだ。ロバストネスとフラジリティはトレードオフになる宿命にある。システムレベルでのこの性質が、どんな環境でも最強の生物がいない理由なのだろう。
本書のロバストネスのカバーする範囲は幅広い。大腸菌、癌細胞、ジャンボジェット機、ルイ・ヴィトン、吉野屋、糖尿病など、自然界と人間界のさまざまな現象の基本原理として、ロバストネスがあることを紹介している。生命のしなやかな強靱さを、システム科学の言葉でとらえようとする興味深い思考。
ビッグバンによって生じた膨大なエネルギーから、物質が生成され、銀河や惑星ができて、太陽のほどよく近くに地球できた。最初のエネルギーの大きさや分布、物質の割合、太陽と地球の距離などが、ほんの少しでも違っていたら、地球や人間の存在の可能性はなかった。確率論的に考えると、人間の誕生は奇跡に等しい出来事である。この宇宙の奇跡的な幸運をどう考えるべきか、現代の最先端の宇宙論の視点からじっくり考察する内容。500ページの大作。
前半はビッグバン理論の解説から始まって、万物理論構築の経緯と最新状況、インフレーション理論、超弦理論、M理論、マルチバース論、ダークマター、ダークエネルギーなどキーワードを整理し、これまでにわかっている宇宙の姿が要約されている。宇宙は何でできているのか?、どうやって始まったのか?、果てはあるのか?などの疑問に明快に答える。科学読み物として楽しい。
そして後半では、なぜ奇跡的な確率で今の宇宙と私たちが存在しているのか?という根源的なテーマに挑む。そのありえない確率は、神が創造に介在したからだと宗教者やインテリジェントデザイン論者は、目的や意味を見いだす。
著者は「福引の当選者の多くが思い違いをするように、わたしたちも、自分が当選したことに、間違って何か深い意味(幸運の女神に微笑まれて、などの)を認めてしまうかもしれない。ほんとうは、偶然の結果で幸運だったに過ぎないにもかかわらず。」とし、目的や意味を見出すことはナンセンスであると斬る。
そして科学的態度としての数種類の既存の人間原理説を分類し、それぞれの説の長短を明確にする。宇宙や人間がなぜ存在するのかを突き詰めて考えていくならば、本当の問題は「何が存在するかを決めるのは何か?」ということだと著者は問題を絞り込む。そして、著者独自の人間原理説を展開する。
著者の結論は、人間と宇宙と心を総合する理論。量子力学における観察者の必要性と同じように、宇宙論に心を必要物として持ち込む。要約抜粋すると「宇宙は自らを意識しているという状態を、量子論的後戻り因果関係もしくは、未発見の何らかの別の物理的メカニズムによって自ら作り上げたのだ」「自らを理解することができる自己一貫性を持ったループだけが、自らを作り出すことができるので、生命と心(少なくとも、その可能性)を持った宇宙だけが実際に存在するのではないか」というもの。
人間原理説の拡張である。何かが存在することを認識するものがいるから存在ということがありえる。宇宙に生命や心が現れるのは、幸運であると同時に必然でもあるということになる。宇宙論は存在の哲学そのものになる。
宇宙論のアップデートと存在の哲学のふたつが一冊で味わえる実にお得な内容。読み応えたっぷり。
・多世界宇宙の探検 ほかの宇宙を探し求めて
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/11/post-670.html
・ビッグバンの父の真実
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004784.html
・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html
・はじめての"超ひも理論"―宇宙・力・時間の謎を解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004230.html
・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html
・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html
・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html