Books-Science: 2007年2月アーカイブ
著者は人類700万年を1年のカレンダーにたとえている。二足歩行する猿人の誕生が1月1日とすると、脳の大型化と石器の使用が始まる原人が8月下旬に誕生する。複雑な知性や言語を持つ現生人類が現れるのは12月21日である。これは人類全体の歴史の3%を占めるに過ぎない。
その長い歴史の前半は大雑把にしかわかっていないので様々な仮説がある。二足歩行の起源については、「森林を追い出された類人猿が広大な草原で立ち上がったとき、二本足で歩く人類が誕生した」という説明や、アフリカ大地溝帯の活動でアフリカ東部が乾燥し森が減少し人類は樹上の生活をやめて大地に降りたという「イーストサイド・ストーリー」などがよく知られている。しかし、最近の研究ではどちらも疑いが持たれている説なのだそうだ。
なぜ人類だけが二足歩行を始めたのか。なぜアジアではなくアフリカの人類にだけ二足歩行が始まったのか。多くの仮説が完璧にはこれらの疑問に答えきれない。二足歩行するには、前段階として、それがしやすい骨格が必要である。しかし、二足歩行するために骨格が変化するはずはないので、偶然と必然が重なり合ったというのが真相だと著者は考えている。
「人類への進化は「前適応した祖先が折良く環境変化にでくわした」という偶然の巡り合わせの結果なのだろう。そのときに、直立歩行を促す遺伝子の変異が起きるという偶然も重なったのだろうか」
食糧を両手で運びやすかったからとする食糧供給説、エネルギー効率が良かったからとするエネルギー効率説、日射病回避説、威嚇、視野拡大説、海辺で有利だったからとするアクア説など、二足歩行をめぐる仮説は多数あるが決め手には欠けている。科学記者である著者はそれらを偏り無く紹介している。
証拠が少ない化石と年代測定のアプローチと比べると近年の遺伝子から見た最新の研究は面白い。人類進化はゆっくり進むように思われるが、世界の民族の遺伝子の分布を調べると1000年前頃に特定の遺伝子がアジアの人類の8%に急速に拡大していることがわかった。この遺伝子が有利な適応に働いたという形跡はなかった。ある研究者たちはこの時期にモンゴル帝国が領土を拡大し、土着民族の虐殺と支配者との結婚を繰り返したことに原因があるのではないかと結論した。チンギスハーン仮説というそうだ。一人の英雄の行動が何千年、何万年の人類進化を左右してしまう可能性がでてきた。
この本はジャーナリストが人類学の最新事情を一般人向けにわかりやすくレビューしてくれる。学校の教科書で習ったことがその後だいぶ書き換えられていることがわかる。人類史のアップデートにいい本だ