Books-Science: 2006年3月アーカイブ
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http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004304.html
大変面白かった。
原題は
Information The New Language of Science
科学の新しい言語 情報とは何か?
古典理論から最新の量子力学まで情報論の歴史と最前線が語られる。
■物質世界と情報
「ブラックホール」の名付け親である偉大な理論物理学者、ジョン・アーチボルト・ウィーラーは、科学の根源的な疑問「ビッグクエスチョン」を5つ設定した。
・いかにして存在したか
・なぜ量子か
・参加型の宇宙か
・何が意味を与えたか
・ITはBITからなるか(ITはInfoTechではなくて”それ”、実在の意)
中でも最後のクエスチョンは「真のビッグクエスチョン」とされ、ウィーラーはその意味を「”IT”すなわち物質世界は、その全体あるいは一部分が、”BIT”、すなわち情報から作られている」と語っている。
20世紀までの物理学では長い間、物質の最小構成単位やエネルギーとは何かが主な問題であった。物質の正体を暴くべく、分子や原子、電子といった極小の構成単位が次々に発見されていった。その正体はエネルギーとして記述された。アインシュタインの方程式 E=MC^2も、Eはエネルギーである。物質の皮をどこまで剥いていっても、古典力学系では構成単位に「情報」は見当たらなかった。
ところが量子力学の登場により、ミクロの世界の振る舞いは情報論的に記述しないと理解できないことが共通認識となった。量子レベルの存在は、確率論的に振舞う。たとえば原子の核の周りを回る電子の位置は、確率的にしか特定できない。観測技術の問題ではなく、それは本質的に確率的な存在であるからである。こうして量子力学という場で、確率という情報(BIT)が、実在(IT)とはじめて接点を持ったのである。
■情報とは何か、定量化をめぐる議論
では、情報とは何か。
情報の定義として古典的なものに、シャノンが通信理論の中で定義した情報量の概念が挙げられる。通信経路を流れるビットの量が情報量であるとする定義である。この定義に従えば、短い文章より長い文章の方が情報量がある。テキストより映像の方が情報量があることになる。シャノンの情報量は通信経路上のビットを数えるため「ビットの数え上げ」とも呼ばれる。
このやり方では、情報の質が測れない。たとえば株式取引をする人間においては、次に確実に高くなる株式の銘柄コード4文字がわかれば、それ以外の情報はいっぱいあっても無駄である。通信経路を流れるビット量では測れない情報の質が問題になる。
シャノンの情報量に代わる新しい情報の定義として、ベイズ確率、信憑性、論理深度、<外>情報など多数の情報量が提案された。イアン・コーリはシャノンの論文「通信の数学理論」に対抗して「情報の数学理論」という論文を発表し、シャノンの方法論は情報定量化の無数の手法の中の一つに過ぎないこと、そしてあらゆる情報定量化の方法が従うべき基本原理を提唱した。
・コーリの情報逓減の法則
「情報を直接送受信するケースと比べた場合、中継者、すなわち二番目の通信経路は、情報をそのままの量で送り届けるか、あるいは情報量を減らしてしまう(逓減)かのどちらかである」
というもので、中継経路は情報を増やさないというものであった。中継経路でノイズが加わり、正確に伝達できなくなる、伝言ゲームと似ている。何らかの解釈や価値判断をする中継者がいた場合には、一見、情報量が増えたかのように思えるが、その種の情報は、受けての予備知識、主観に依存する情報であって、計量の対象としないのである。
こうした情報の定義、定量化の議論の歴史の解説がこの本の最も面白いメインパートとなっている。「量子が変える情報の宇宙」という邦題の通り、量子力学の成果が情報論の世界に大きな影響を与えている。長く君臨した情報の最小単位ビットさえも新たな概念に置き換えられるかもしれないのだ。
■電子ビットから量子ビット(キュビット)へ
ザイリンガーによる量子力学の基本原理 第1法則
「1つの基本系は1ビットの情報を伝える」
世界に関して受け渡しできる情報の最小量は1ビットである。私たちは1ビットに満たない情報を想像することはできない。だから私たちが理解可能な最も単純な物理的存在(基本系)は1ビットで記述できる、という論理にこの原理は基づいている。
この原理はウィーラーのビッグクエスチョンのひとつ「なぜ量子か」に次のような答えを与える。「我々は、世界が本当はどのように構成しているのかを知らないし、それを問うべきでもないが、世界に関する知識が情報であることは知っている。そして、情報が本来ビットへと量子化されているがために、世界もまた量子化されているように見えるのである」。
そして第2法則
一部の測定結果はランダムになる
量子レベルの振る舞いは確率的であり、量子世界特有の「絡み合い」も生じている。観測結果がランダムとなりことがあるし、ある系の状態を観測した途端、絡み合った別の、離れた系の状態が確定されるという不思議な現象が起きてしまう。
ビットの取りうる値は「0または1」「真または偽」「イエスまたはノー」というORのどちらかであった。量子レベルでは系が観測され状態が確定されるまでは「0でかつ1」「真でかつ偽」「イエスでかつノー」という重ね合わせ状態を取る。こうしたANDの値を表わすために量子ビット(キュビット)という概念が提唱されている。
後半では量子コンピュータの最新事情(2002年にXY=15を3*5と分解できるようになった程度)と可能性が語られる。まだ実用化までは20年以上かかりそうに思えたが、科学の進歩は予想以上に速いことがある。電子ビットが量子ビットで置き換えられる日は結構近いのかもしれない。
量子力学は正確さと明快さの相補性の理論だと言う冗談があるが、量子世界の振る舞いはマクロ世界とあまりに違うので、感覚的にとらえにくい。量子コンピュータの普及する頃には、私たちはキュビットという概念を直感的に受け入れられるようになっているのだろうか。
・ユーザーイリュージョン―意識という幻想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001933.html
高名な物理学の権威が書いた超ひも理論の入門書。
超ひも理論とは「ものの最小にして究極の構成単位はひも状の物質である」と考える最先端の物理理論。この超ひもは、かつては最小単位とされた原子やクォークよりも小さく、それ以上は何者にも分割できない最小の物質であるとされる。
超ひもには両端の開いた、うなぎのような形のひもと、閉じた輪ゴムのような形のひもの2種類があって、どちらも常に振動して動いており、静止することはない。これがクォークやレプトンという粒子の正体である。この超ひもにエネルギーを与えると振動モードが変化する。この振動の違いにより超ひもは異なる粒子のように見えるように振舞う。
超ひもは10次元に存在する。10次元のうち6次元は極小の大きさに”折りたたまれ”て、4次元が残る。この4次元こそ、3次元+時間の私たちの宇宙である。超ひもの大きさは、1メートルの1兆分の1の1兆分の1の10億分の1という気の遠くなる小ささである。超ひものある極小世界では、私たちの住む世界の物理法則は成立しない。時間の概念も異なり、虚数の時間があったりもする。
超ひもの研究は宇宙の成り立ちの根源についての研究である。この理論が完成すれば、世界を構成する4つの力(電磁力、重力、強い力、弱い力)の関係を統一的に説明する万物理論となる。宇宙のはじまり(ビッグバン)や終わり(ビッグクランチ)について明らかにする物理学の最終理論といえる。
著者はさらに巻末で最新の新サイクリック宇宙仮説を展開する。この仮説によると、宇宙は過去に約50回ほどビッグバンとビッグクランチを繰り返し、いま私たちがいる宇宙は50回目の宇宙だという理論である。現在の宇宙観測の成果によると、宇宙がビッグバンではじまり、現在に至るまでに発生するはずのエントロピー量をはるかに上回る量のエントロピーがあることがわかっている。もし過去にビッグバンとビッグクランチが30〜50回程度繰り返されたのであれば、そのたびに大量のエントロピーが蓄積されるので、つじつまが合うということらしい。
この仮説が本当であれば、私たちは50回目の宇宙に生きているのである。
以上、ざっと私の理解を要約してみた。
超ひも理論は、万物の根源は何か、という哲学的な問いに真正面から科学が答える究極の理論であり、魅力的だ。ぜひとも理解したいと思うが、数学や物理の知識が相当量必要なので、その詳細まで理解できる人は僅かだろう。一般向けの本だが難易度は高めで、概略説明はともかくとして数式部分は1割もわからなかった。しかし、究極の理論がどのようなイメージのもので、どれくらい複雑で、いまどのくらい究明されているのか、はわかった気がして楽しめた。サイエンスライターが一般向けに要約しているのではなくて、科学者ができるだけかみくだいて直接書いていますという雰囲気がいい。
・万物理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002774.html
・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html
・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html
・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html
・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html
物体を観察するには光や放射線を対象にあてて反射させたり透過させる必要がある。このとき、電子のような量子レベルのミクロ世界では、光の粒子がぶつかる作用で観測対象が動いてしまう。何かをぶつけることが観察なのだから、ぶつける前の観測対象の電子の位置と運動量を正確に知ることはできないことになる。これがよく知られるハイゼンベルクの不確定性原理の基本「量子力学的な物体の位置と速度を同時に知ることはできない」である。
不確定性原理にはもうひとつの説明がある。そのような観察行為による反作用がなくとも、量子レベルの観測対象の位置と運動量は本質的にゆらいでおり、その値を誤差なく知ることが原理的に不可能である、というもの。量子の世界でなくても、私たちは√2のような長さは、どんな精密な物差しでも、正確に測ることはできない。くわえて量子レベルでは粒子は確率論的に存在する。連続するなめらかな線を描いて移動していない。次の瞬間の粒子の位置は確率的にしか知ることができないのである。
量子力学は、その原理を前提として発展し、科学技術を発達させてきた。古典力学系におけるニュートンの万有引力やアインシュタインの相対性理論に匹敵する原理であった。だが、その基盤を日本人の研究者、小澤正直東北大学教授が今、疑っている。ハイゼンベルクは上の二つの説明を、同じものの異なる側面であるかのようにひとつの式で証明しているが、もし二つが違うことを言っているのだとしたら、どうか。ハイゼンベルクの大前提が壊れるかわりに、新しい「小澤の不等式」に拡張され、量子力学は新しい時代へ進む可能性がある。
これは20世紀の量子力学の歴史の要約と、その歴史に新たな1ページを加えるかもしれない「小澤の不等式」の学説を紹介する一般向けの本である。不確定性原理は量子力学だけでなく、20世紀の思想・哲学にも大きな影響を与えてきた。人間の知性と自然科学の限界を表わす象徴的な存在でもあった。もしその根本原理が塗り替えられることがあるならば、影響は科学だけにとどまらないかもしれない。そんな根源的な仮説を日本人が打ち出して注目されているとは知らなかった。
後半で解説される小澤の不等式の詳細を理解することは数学の素養がないと難しい。私は、そこに登場する数式レベルでは半分も理解できていない気がする。だが、概略レベルではなにが違うのか、直観できたと思う。小澤の理論は、ハイゼンベルクが使った「観測行為」や「正確さ(誤差)」ということの意味を精緻化し、再定義しているようだ。その結果、ハイゼンベルクの不等式は不完全であり、もっと複雑な式でなければ、量子の振る舞いを説明できないはずだと結論する。そして出てきたのが小澤の不等が式である。
本書の前半は、ハイゼンベルク、アインシュタイン、ボーア、シュレディンガーなど20世紀の量子力学の発展に貢献した知の巨人たちの論争の物語がゆっくり語られている。もしこの仮説が将来認められれば日本人がこの偉大な量子力学史に名前を残すことになる。先取りして読んでおけるの魅力の一冊。
・プリンストン高等研究所物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003621.html
・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html
・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html
・量子コンピュータとは何か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002710.html