Books-Science: 2005年12月アーカイブ
「ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで」の続編。
最初に古代から近代までの宇宙観の変遷が説明される。世界は亀の上にのっかっているという伝説や、地球を中心に天空が回転しているとした天動説など、科学者が各時代の考え方をいかに乗り越えて、現在に続く宇宙モデルを作り上げてきたかの歴史。ホーキングの語り口は平易で、わかりやすい。
そして、最新のモデルの理解に必要になる一般相対性理論と量子論について、比喩をたくさん用いた解説がある。どちらか一方では宇宙のモデルを完全に記述できない。
「
私たちの最も大きな望みは、宇宙の最初から最後までの完全な理解を得ることです。この望みは、量子論と一般相対性理論という、一方だけでは世界を記述するには不完全である二つの理論を、一つの量子重力論に統一することで可能になるでしょう。この理論では、時間の始まりを含む宇宙のどの時刻でも、特異点なしで一般的な科学の法則が成立するのです。
」
超ひも理論、pブレーン理論、超重力理論など最新の理論も紹介される。科学者が目指しているのは、万物の4つの根源的な力(重力、電磁力、強い力、弱い力)を、一つの統一理論で説明すること。つまりは万物理論のこと。
ホーキングの万物理論についての予想が興味深い。
「
研究者はこの根元的理論を探し求めましたが、今までのところまったく成功していません。ゲーデルが示したように、算術を一つの公理系だけで定式化することができないのと同じく、根元的理論も一つに定式化することはできないという可能性があります。その代わり、それは地図のようなものかもしれません。
」
それは人間の知識の深まりと共に漸進的に精度を高めていくような理論なのではないかと言う予想に対しては、
「
(前略)より高いエネルギーを研究対象にするようになると、だんだんと精度が高くなる理論の連続には、何らかの限界があるべきだと考えられます。こう考えると、宇宙には何らかの究極の理論があるはずです。
」
と反論している。
「
宇宙の初期状態と数学的無矛盾性の要件を研究していけば、私たちがまだ生きているうちに完全な統一理論が得られるチャンスは十分にあるように思われます。
」
万物理論の解明に、この車椅子の大天才、まだまだやる気まんまんなのである。
文中によく「神」という記述がでてくるのが印象的であった。ホーキングは明らかにすべてに超越的な神の存在を、肯定しているようだ。科学の最先端の象徴の人物が直接、一般読者に語りかけるこの本、とても楽しめた。また次が出てほしい。
・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html
・広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003540.html
・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html
・人類はなぜUFOと遭遇するのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002440.html
・宇宙人としての生き方―アストロバイオロジーへの招待
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001273.html
凄い本だ。感動した。今年も年末年始に書評した本の中から、本年度ベスト本を選ぶ予定だが、これはベスト3に入りそうだ。
二人の尊敬する友人AとBが絶賛していたので、暗号技術に興味があるわけではなかったが、読むことにした。ところが興味のないテーマなのに、冒頭からいきなり強くひきつけられた。暗号学の歴史は各時代の最高の知性たちの頭脳戦の歴史であった。その成果が世界の歴史を大きく左右してきたことがわかる。
この数千年間の暗号学の歴史が、アルゴリズムの変遷や、歴史上果たしてきた大きな役割、作成と解読に関わった天才たちの逸話とともに、年代を追って語られる。暗号学という難解なテーマにもかかわらず、やさしい記述を積み上げて高度な暗号技術を要約しており、極めてわかりやすい。
「
暗号学はきわめて異色の科学である。プロの科学者の大半は、誰よりも先に仕事を発表しようとする。なぜなら彼らの仕事は、広められてはじめて真価を発揮するからである。それに対して暗号の研究は、情報が漏れる可能性を最小限にとどめてこそ、最大限にその価値を発揮する。そのためプロの暗号研究者は、仕事の成果が外部に漏れないように秘密を守り、閉ざされた世界の中で仕事をしつつ、仕事の質を高めるための交流を行うことになる。暗号に関する秘密を公開することが許されるのは、秘密にしてもこれ以上利益はないことが明らかになった後、ただ歴史的正確さを期すためでしかないのである。
」
ここでいうプロの暗号解読者の多くは、国家機密の壁の向こうにある、政府機関に所属し、生涯その仕事内容を外部に話さない誓約をして、仕事をしてきた。大学や企業の研究者が、学会で華々しく発表した暗号技術と同じものを、その何年も前に発明していた政府系研究者もいる。30年以上経過してやっと自分の仕事の一部を話すことが許された。
特に暗号学が重要となる戦時下では、暗号が解けても公に発表することはできない。暗号を解けることが敵国に知られると、暗号の形式を変更されてしまうからだ。第二次世界大戦中に、英国政府の暗号解読チームは、ドイツのエニグマ暗号を解読することに成功していたが、その事実は戦後もしばらく隠されていた。解ける暗号を敵が使い続けてくれるのが都合がいいからだ。
だから、暗号学の天才たちは、どんな偉業を達成しても、名前が知られて、広く賞賛されることはない。自分の成し遂げた仕事が、どう役立ったかさえ、知らされなかった研究者も多い。この本は丹念にその歴史の闇から、天才たちの偉業を浮かび上がらせ、列聖していく。
暗号学の歴史は、暗号の発明と解読のイタチゴッコであった。古来、解読者の方が、作成者よりも強い立場にあった。解読不能といわれる暗号が登場しても、そのうち天才が現れて解読に成功してきた。しかし、コンピュータの登場以降、立場が逆転しつつあるようだ。インターネットでもよく使われるRSA暗号鍵の、十分に強度の高いバージョンは、コンピュータを何万年も稼動させないと破ることができないと言われる。この本の最後に登場する量子暗号は、歴史上初めて、破ることが原理的に不可能な技術に進化した。量子暗号を破るには、物理学そのものを根底から壊さねばならないことになる。
まだ量子暗号の実用化には壁がある。その原理を実現する技術が完成していないため、短い距離でしか暗号のやりとりができないでいる。量子暗号の長距離での利用が可能になる近未来に、暗号の進化は止まると著者は予言している。
そういえば、最近、実家で私が小学生のときに描いた水彩画が見つかった。名前の下に、子供の私は鉛筆で、
26 12 35 20 16" 2 36
とサインしていたのをみつけて、笑ってしまった。子供の頃の私は暗号にちょっとは興味があったらしい。これはこの本でも最初に紹介される換字式アルゴリズムそのものだった。これでは簡単に見破れてしまうが、いくつかの改良をすることで、数百年間も中世の国家の保安を守ってきた暗号技術になることが示されている。
科学の読み物として一級品。