Books-Religion: 2010年9月アーカイブ
ソ連崩壊以降のロシアでは呪術や超能力、オカルトへの興味が高まっているらしい。
その理由がなかなか込み入っているのだ。
「呪術「体験」の「リアリティ」が支持されるにあたっては、ポスト社会主義という時代性も深く関わっている。ロシアでは、教育、医療、農業などにおける近代化は、科学を標榜した無神論の名の下に推し進められた。それが崩壊したことにより、ソ連時代の近代化のあり方への疑問や科学概念へのゆらぎが生じ、結果としてふたたび呪術が入りこむ余地が生じているのである。」
ロシアではかつて社会主義が宗教と呪術を弾圧していた。その体制が崩壊して以降、呪術は蒙昧な迷信ではなく科学的根拠を持つ実践だったのに不当に禁じられていた、祖先の教えは正しかったのだ、という言説が、反動として現れたということらしい。呪術の見かけ上の科学的体裁も整えられた。現代医学のイディオムを取り込んだだけでなく、呪文はプログラムとして作動するインフォメーションコードだとするコンピュータ科学との融合もあった。呪術本のベストセラーや専門書店もあるのだから驚きである。
著者は現代における呪術を研究するに当たって、ナターシャという1956年生まれの女性のケースを詳細に分析する。ナターシャは呪術をかつては迷信だとして信じなかったのに、今は自分の人生の不幸はすべて、かけられた呪いのせいだと信じている。写真入りでナターシャや呪術師、超能力者が登場するが、見たところ穏健そうな普通の人たちである。妄想女といってしまえばそれまでだが、そのリアリティを共有している人が結構な数いるわけだから、彼女にとっては立派にリアルなのだ。
昔と異なるのは現代のロシアでは、呪術が流行しているとはいっても、ほとんどの地域住民は信じていないということ。村の中でも僅かな信者が、呪術の本や新聞などのメディアによってネットワーク化されて「リアリティ」を共有している。そして学術研究の呪術情報と、実践者の呪術情報と、マスメディアの呪術情報が循環してそのリアリティを強化して行っている図式があるという。
日本でも今、ホメオパシーの効力が問題にされているが、占いや迷信の類はほかにいくらでもメディアにあふれかえっている。スピリチュアルや風水で人生設計や住居設計をする人も多い。ロシアだけではあるまい。こうした呪術や迷信という病は、いくら科学の時代になっても、教育レベルがあがっても、心を持つ人間の社会であるかぎり根強く生き残り続けるものなのだろう。