Books-Religion: 2007年4月アーカイブ
古代の異端思想グノーシスに関する本格的な研究書。
「さて、神なるヌースは男女であり、命にして光であるが、ロゴスによって造物主なるもう一人のヌースを生み出した。彼は火と霊気の神であって、ある七人の支配者(ディオイケーテース)を造りだした。この者たちは感覚で把握される世界を円周によって包んでいて、その支配は運命と呼ばれている。」(古代ヘルメス文書ポイマンドレースより)
グノーシスの宇宙観では、神は二人いる。至高神と造物主である。至高神は宇宙を開闢したあと造物主を生み、目に見える物質界の創造はそれにまかせた。造物主はこの世界や生物をつくり、惑星を司る7人の支配者にその世界を委ねた。これにより神の叡知界→星辰界→地上世界という創造と被造、支配と被支配のヒエラルキーが確立される。
世界の創造は至高神の働きではなく、造物主の手によるものであった。これに対し人間は至高神から直接生まれた神の子であるとされる。もともとは最高レベルの神の叡智界に属していた。しかし、造物主の創造した世界を観察したいという好奇心が原因で、地上へ転落し、物質的身体に閉じ込められ、本来は下位の存在であるはずの造物主や星辰界の支配下におかれてしまった。
だから人間は「不死であり、万物の権威を有しながら、運命に服して死ぬべきものを負っている。こうして組織の上に立つ者でありながらその中の奴隷と化している」という実に不本意な状態にある。人間は再び昇天し至高神と一体になるべきだと考え、造物主や星辰界を敵対視する。この世界も神も偽物であるという世界拒否の姿勢が特徴的だ。
過去にグノーシスに興味を持ち、一般向けの本を何冊も読んだが、そもそも、なぜこのような二重の支配構造、世界拒否が組み込まれているのかが分からなかった。この本では、グノーシス思想の成立したヘレニズム世界の古文書「ポイマンドレース」に現れる宇宙論に注目し、他の古文書との比較研究によってグノーシス思想の本質に迫っていく。
ヘレニズムの文化の中心都市エジプトのアレクサンドリアはグノーシス思想の生まれたころ、ローマ帝国の属州として駐留ローマ軍総督の支配を受けていた。総督のギリシア語官名がディオイケーテースであり、この言葉は星辰の7人の支配者を指す言葉でもあることを著者は指摘する。
グノーシスの宇宙構造を造物主=ローマ皇帝、星辰界の支配者=総督と読み替えれば、不思議な二重構造の意味がはっきりする。当時のヘレニズム都市の政治の構造がそのままグノーシス思想に反映されていることになる。
著者は、多数の古文書を時代背景とともに分析して、グノーシスの本来の姿を丁寧に描き出す。グノーシス思想は、フィクションやオカルトの素材としてよく取りあげられているが、詳細な内容と歴史上の位置づけがこの本を読んでとても明確になった。
・グノーシス―古代キリスト教の“異端思想”
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004060.html