Books-Psychology: 2012年2月アーカイブ

・喜びはどれほど深い?: 心の根源にあるもの
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人間の奥深い欲望は適応の結果ではない?
イェール大学心理学部教授ポール・ブルーム著。

食、愛、芸術、スポーツ、想像、苦痛、科学、宗教。さまざまな喜びの根源には、超越的な存在を求める「本質主義」があるという。本質主義とは「事物には、直にとらえることのできない根源的な実体ないしは本来の性質があり、本当に重要なのはその隠れた性質だとする考え方」のこと。

著者らが行った実験では、有名人の着ていたセーターと殺人犯の着ていたセーターを被験者にみせる。もちろん有名人の着ていたセーターの方に高い価値を見出される。しかし、これを殺菌消毒してしまうと価値が下がってしまう。セーターから、なにか大事なものが失われてしまったと被験者は感じたのだ。

それはもちろん汚れや匂いという具体的な何かだけではあるまい。モノの背後に宿った何か、すなわち著者が言う「本質」が人々を惹きつけているのだ。それは中国と日本の「気」、フランスの「エラン・ヴィタール」、マオリの「マナ」、英語の「ライフ・フォース」とも呼ばれる。

科学者の実験では、有名な画家の作品だとわかっている絵画、有名な奏者によるものとわかっている演奏に人々は、純粋に作品自体が持つ影響を超えて、強く惹きつけられた。高価なワインの味に喜びを感じるのは、その味わいと香りのせいではなく、そのワインへの思い入れにもよる部分が大きい。音楽ならCDの完璧な演奏よりも、生の演奏に人は深く感動する。カニバリズムに吐き気をもよおすの理由。人間の心の持つ本質主義こそ、人間の欲望を果てしないものにしているというのだ。

超越的なもの、奥深い実在とのつながりを持つために人間は想像力を使う。想像力は宗教と科学を生みだした。数千人の子供を動員した実験では、子供たちの集団に自然にスーパーパワーを引き出す「儀式」が考案される様子が観察されたという。人間は生来的に超越存在を信じる性質がある。フィクションもまた本質を説明するための道具だ。そして隠れた存在を明らかにするためのもうひとつのアプローチとして思考と実験がある。人間のやることなすことのベースが本質主義なのだ。著者は適応主義で説明できない進化の秘密を明らかにするキーワードだと結論する。

認知心理学や脳科学の最先端をのぞきながら「本質」にたどりつく旅が楽しめる本。

・スーパーセンスーーヒトは生まれつき超科学的な心を持っている
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/02/post-1396.html

・快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか
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脳神経科学者が書いた快感回路=脳の報酬系の科学。

セックス、薬物、アルコール、高カロリー食、ギャンブル、ゲーム、学習、エクササイズ、ランナーズハイ、慈善行為、瞑想といった快感回路を作動させる行為が人間にもたらす影響を論じる。

実験用ラットの脳の快楽中枢に電極をつなぎ、ラット自身がレバーを押すと電気刺激が流れるようにした。レバーを押すと快感が走ることを学習したラットは1時間に7000回もレバーを押し続けた。1時間は3600秒であるから約0.5秒に一回、狂ったように押していたわけだ。レバーにたどりつくまでに足に電気ショックを受ける場所を設けても、ラットはそれを踏み越えてレバーの前へ行った。メスのラットは産んだばかりの赤ん坊を放置してレバーへ走った。中には1時間2000回のペースで24時間もレバーを押し続けたラットもいたという。

食べ物やセックスによって快感が引き出されるように進化した我々の身体。脳への直接の電気刺激や薬物作用を使えば快感回路は容易に乗っ取られてしまう。これが悪徳の抗いがたさの原因だ。報酬系の暴走は依存症や異常行動の問題を引き起こす。

だが、もちろん快感回路にはよい側面もあるという。

「現在では脳スキャンにより、生きている脳の中で快感回路が活性化している様子を観察することができるようになった。当然のことながら、この回路は<悪徳>的な刺激で活性化する。オーガズム、甘くて脂肪たっぷりの食べ物、金銭的報酬、ある種の向精神薬などだ。しかし驚くべきことに、<美徳>とされる行動の中にも、同じ効果をもたらすものが多い。趣味のエクササイズ、ある種の瞑想や祈り、社会的な評価を受けること、慈善的な寄付行為さえも、快感回路を活性化しうるのだ。」

進化の最先端にいる人類は、抽象的な心的構成概念によって快感回路を働かせる「スーパーパワー」を手にしたと著者は結論している。つまり、想像力によって生存とは無関係のあらゆることを快感にしてしまうことができるようになったのだ。

人間が、社会的な善に強い快感を感じるように導けば、70億人が総マザーテレサ化することも、ありえるのかもしれない。快感を自在に得るテクノロジーの研究や、快感と依存症を切り離す方法も着々と研究されている。個人が欲望を高等な社会的行動へと昇華する日未来にはくるのかもしれない。著者は最後で快感の未来について依然「政治と商売に左右される悲惨な状況」が続くだろうと悲観的にみている。歴史的に見ても、快楽に関係する儲かるネタは、過剰に税金がかけられたり、恣意的に規制されたり、常に権力に翻弄されてしまうのだ。

これまで宗教や道徳が快感回路の安定化に一役買ってきたわけだが、肥大化した経済原理によって、回路のたがははずれてきている。快感テクノロジーの発展によって人間がラットみたいにならない方法が必要とされている。多様な快感の在り方を知って、それは毒を毒で制するが如く、快感を別のレベルの快感で制御するようなやり方なのではないか、と思った。

・つきはぎだらけの脳と心―脳の進化は、いかに愛、記憶、夢、神をもたらしたのか?
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/09/post-1072.html

同じ著者の本。

・幸福の計算式 結婚初年度の「幸福」の値段は2500万円!?
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お金で幸福は買えるのか?
幸福の度合いを金額に換算できるのか?
例:結婚は2500万円の価値がある?

人々に定期的に幸福度を自己申告してもらう。結婚や離婚、昇進や昇給、転職や失業、こどもの誕生や大事な人との死別、宝くじにあたるなどの大きな出来事があった人たちの、前後の幸福度の変化を調べれば、各外的要因の影響力の大きさがわかってくる。たとえば1万円の昇給は1ポイントの幸福度の上昇につながるといったように、金額に出すことも不可能ではない。妻と死別するとか子供が誕生するというのがいくらなのかも同様に計算できてしまう。

こうした"幸福計算"は200年前にイギリスの経済学者ジェレミー・ベンサムが提案して以来、研究が続けられ、ずっと注目と批判にさらされてきた。まずデータの取り方が難しい。単なるアンケートで本当の幸福度が取れているかわからない。そして、その人の性格特性や置かれている環境が幸福度に大きな影響を与えることがわかっている。外的要因と内的要因の両方の影響度を分離することが極めて難しかったのだ。

外向性、協調性、誠実さ、経験への開放性という性質をもつ人は、人生に対する満足度や幸福度がとても高い傾向があり、神経症的な性格の人はなかなか幸福を感じない。年齢によっても幸福を感じやすい時期とそうでない時期がある。

お金で買えないものの金額を算定することにも意味はある。死亡や障害の賠償金を計算する際にこうした計算式は必要であるし、社会福祉などの政策を考えていく際にも統計的なデータは参考になる。

そして個人の幸福を考える際には適切ではないにしても、幸福度の統計データは実に面白い。こんなことがあると(あなたの場合はどうかわからないが)一般的には何ポイントくらい幸福度が上がります、または下がりますという目安がわかるからだ。同時に幸福と不幸の持続時間もはわかる。

たとえば子供が生まれる体験は大きなようでいて実は35万円くらいの幸福でしかない。宝くじが当たった人は直後はあまり幸福ではなく2年後くらいに幸福を感じる。離婚や親族との死別からも大抵は数年で立ち直れる。希望の会社に転職できても通勤時間が長くなるとあまりハッピーにならない。意外な数字がいろいろと紹介されている。

幸福を感じやすい人は収入が多いという研究もあった(これは変数の取り方に因るので結論ではないが)。お金があるから幸福というより、幸福な人は結果的に高収入になるという見方もできるようである。収入を増やすことよりも性格特性を変えることのほうが手っ取り早い幸福への近道なのかもしれない。

まあ性格を変えるというのも大変ですがね。

・性欲の科学 なぜ男は「素人」に興奮し、女は「男同士」に萌えるのか
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タイトルがストレートすぎるが、内容はいたって真面目な科学読み物である。進化生物学と脳の認知系の研究者が書いている。この分野では研究者たちは、性器にセンサーをつけての実験、きわどい単語が並ぶアンケートなど、データをとるのがとても困難な研究テーマに挑んでいるわけだが、近年、実に貴重な研究用データの鉱脈を掘り当てたそうだ。それはインターネットである。

この本の前半の圧巻はネットの利用調査の紹介だ。検索エンジンに入力された4億のキーワード、65万人の検索履歴、4万のアダルトサイト、数千の官能小説サイトなどをデータマイニングすることで、ネット上の性的欲望の実態を明らかにした。これが興味本位的にも、科学的にも極めて面白いのだ。

4億のキーワードのうち、13%にあたる5500万の語句がエロチックコンテンツを探すためのキーワードだった。5500万のキーワードの80%は20の興味対象に分類できてしまうという。ほとんどの人は大勢の人と性的欲望を共有していることになる。そしてあなたが自分は相当特殊だと思っていたとしても、同じ嗜好を共有する人はかなり多いということでもある。

ネット上では男性は映像とあからさまな性描写を好み、女性はストーリーと人間関係やロマンスを好む。有料アダルトサイトの訪問者の75%が男性だが、25%は女性なのだ。女性向けロマンス小説は電子書籍でも人気商品である。だが女性はなかなか有料コンテンツを買わない。なぜか?。

脳科学では限られた数の「セクシュアル・キュー」が性的欲望のソフトウェアを起動させるということがわかってきた。たとえば女性のウエスト対ヒップの比率が7:10のとき、それを目にした多くの男性の大脳の前帯状回という報酬処理に関係する部位が活性化する。(ちなみにどの文化でも乳房がおおきいほうが好まれ、足は小さい方が魅力的に感じられる。そしてすべての男性は生まれながらにしてお尻を好むが、どんな乳房や足、お尻が好きかは文化に依存するという)。

男は、女性の大きな胸などひとつのキューだけでも性的興奮を覚えるが、女はいくつかのキューが集まらないと性的興奮が高まらない。特に女性に特徴的なのは「男を惹きつけている」「愛されている」というキューだそうだ。女性は男性との関係において安全性や環境面も重視する。だから男性の容姿も匂いも、経済力や社会的地位、優しさや誠実さなど、多くの要素が女性にとってのキューになる。本当に女心は複雑なのだ。

そして女性は肉食系男子というか支配的な男性=アルファ・メールに弱いという傾向がある。英雄色を好む、強い男がもてるというのは普遍的な原理であり科学的にも立証されているわけだ。

「人間の場合は、支配的な地位と性的能力との関係はハダカデバネズミほど顕著ではないが、支配的な立場にいる人間と、すべてのほ乳類の群れの支配的なメンバーとの共通点がひとつある。それは性欲が強いことだ。男は支配力が増すほど、テストステロンの分泌量が増加し、性欲が高まる。テストステロン値が高い男は、もっとも早く童貞を失い、もっともセクシーなパートナーを手に入れ、もっとも早く女性を口説き落とす。アルファ・メールたちは、群れのなかでもっとも性欲が旺盛なのだ。」

日本では昨今、男性の草食化がいわれているが、テストステロン値が減っているのだろうか。それともポルノが氾濫したせいでキューだらけになって不感症気味になっているのだろうか。

そのほか女性の性的欲望、ゲイの欲望についても詳しい解説がある。

セックスメディア30年史欲望の革命児たち
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/06/30-3.html

脳科学は「愛と性の正体」をここまで解いた---人を愛するとき、脳内では何が起きているのか?
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/10/post-1532.html

こんなに違う!世界の性教育
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/06/post-1456.html

癒しとイヤラシ エロスの文化人類学
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/01/post-1366.html

・裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/08/post-1281.html

・裸体とはじらいの文化史―文明化の過程の神話
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/09/post-1064.html

・セクシィ・ギャルの大研究―女の読み方・読まれ方・読ませ方
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/02/post-1151.html

・セックスと科学のイケない関係
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/05/post-987.html

・性欲の文化史
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1020.html

・日本の女が好きである。
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/06/post-1010.html

・ナンパを科学する ヒトのふたつの性戦略
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/04/post-972.html

・ウーマンウォッチング
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-958.html

・愛の空間
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/oso.html

・性の用語集
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004793.html

・みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005182.html

・ヒトはなぜするのか WHY WE DO IT : Rethinking Sex and the Selfish Gene
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003360.html

・夜這いの民俗学・性愛編
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002358.html

・性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004747.html

・武士道とエロス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004599.html

・男女交際進化論「情交」か「肉交」か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004393.html