Books-Psychology: 2007年7月アーカイブ
最もふさわしくない場面で、最もふさわしくない「おぞましい想念」を考えてしまう精神状態に関する、強迫性障害の世界的権威の書いた一般向けの心理学の本。
ここでいうおぞましい想念とは、たとえば、
・誰かがこの地球上から消えてなくなるよう切に願う想像
・幼い子供や老人を残虐な暴力の犠牲にしたくなる衝動
・パートナーを痛めつけるような性行為への衝動
・動物とセックスをする空想
・公共の場でみだらなことを口ばしる衝動
というような妄想である。これらは攻撃的なもの、性的なもの、宗教への冒涜的なものの3カテゴリに大別できるそうだ。
高層ビルを見てそこから飛び降りること想像したり、自分が子供を橋から投げ落としてしまうのではないかと考えたり、女性を見てレイプすることを想像してしまったりする人は意外に多い。これが日常的に起きる強迫性障害に該当する人は、少なく見積もって米国の人口の1%で200万人以上いると著者は推計している。軽微ないけない妄想くらいならば、さらに多くの人が考えている。
そして、おぞましい想念を思い浮かべる人たちは、ほぼ間違いなく、実際には、その行為には及ばないという。むしろ、場にふさわしくないことを考えてしまうことを悩んで一生を過ごす。この本には、そうした普通の人たちのおぞましい想念の実例が多数紹介されている。
進化論的見地からすると、これらの妄想は次のような意味を持っていたと著者は述べる。
・「セックスのことをしょっちゅう考えていた祖先の方があまり考えなかった祖先よりたくさん子孫を残した」
・「攻撃的な男性の先祖が、グループのリーダーになる傾向があった」
・「幼いわが子に恐ろしいことが起きるという、残虐な想像をすればするほど、母親はわが子の安全を確認するために頻繁に点検する」
同時にこれらの想念を抑制する機構も進化の過程で発達した。だから、人間だれしも不適切な考えを持つことはあるが、実行に移してしまう人はほとんどいないのである。本当にやってしまうかどうかは、その人の過去の行為が最高の予測因子となるそうで、過去にやっていないならば、これからもやらないと考えてよいから安心しなさい、と著者は断言している。
ただ思考は過度に抑制しようとすれば強化されてしまうというこころの仕組みが存在する。たとえば「1分間キリンのことはまったく考えないこと。キリンが頭に浮かぶたびに手を挙げること」という思考抑制の指示を与えると、人はキリンのことを普段よりも考えてしまうそうである。考えてはいけないことを消し去ろうとすることで、逆に強化してしまうのだ。こうしてイケナイことを考える自分に悩む人が増える。
この本の後半は「おぞましい想念を治す技法」がたっぷり解説されている。最良の方法はなんと、いやというほどその想念と向き合わせる暴露療法であった。その人が恐れる状況を逃げ場がないような状況で体験させたり、人を殺したりしてしまう妄想の最悪のシナリオをテープに吹き込ませて、毎日何度も聞かせたりする。おぞましい想念は飼いならして、想起してもスルーできるようにするのが最良の解決策だそうである。
頻度や深刻さの差はあるだろうが、イケナイ妄想ってほとんどの人が経験があるものだと思う。こういう妄想力は、創作には不可欠だろうし、ユーモアや笑いの背景にも「考えてはいけないこと」が前提されている場合が多い。そうした人間心理のメカニズムや制御方法がわかりやすく書かれていて大変興味深い内容だった。