Books-Misc: 2011年9月アーカイブ
映画『コクリコ坂から 』の原作となった少女漫画。映画との違いをみるのが面白い。設定も物語も、かなり違う。映画のカルチェラタン保存運動は、漫画では制服自由化運動であるし、性別や性格が異なるキャラクターもいる。
宮崎吾朗監督はあとがきで、コクリコ坂からの企画が示されたときに、映画化に対して後ろ向きだったと心情をこう告白している。
「1963年といえば、日本は高度経済成長の只中にあって、その当時高校生だった人たちはいわゆる団塊の世代だ、現代社会が行き詰っているとするなら、その原点である時代を描いても、昔は良かった式の映画にしかならないのではないかという疑念がついて回った。」
何を悩んでいるのだろう。私は映画版の『コクリコ坂から』がかなり好きなのだけれども、それはまさに、文科省推薦のとれそうな「昔は良かった式」だからいいねと思った。
あんなに純真無垢な少年少女は現実にはいないし、舞台となった横浜や新橋の街並みももちろん今はもうない。古き良き時代を懐古調で描き、ある世代に対してストレートに心温まるファンタジーをつくった。ジブリの得意技である、それでいいじゃないか。へんに未来へのメッセージなんて折り込まなくてよいのではないか。
ファンにはたいへんおすすめのビジュアルガイド。カルチェラタン新聞の中身が読めたり(実際に細部までつくっていた)、作品の舞台となる横浜ロケ地ガイドは横浜が近い人にはうれしい。物語を最初から最後まで追った解説が充実しているのだが、ネタバレしてしまうので、この本は映画を観た人向け。
道士の五行先生とその弟子の阿鬼(成人して燕見鬼)が活躍する中国伝奇漫画。
諸星大二郎版「聊斎志異」といわれる『諸怪志異』。ずっと未完のままであったが、ついに完結した。『西遊妖猿伝』が好きな人はこれも必読。
堂々の完結と売り文句にあるが、実際には、未完だったところへ、描下ろし50頁「再び万年楼へ」を加えていっきに終わらせた唐突な感じではある。特に終盤は諸星大二郎の持ち味とは言えない大味なアクションが延々と続いていて、終わり方としてはいまいちだったかもしれない。このシリーズは続き物の長編の話よりも、一話完結的な話のほうに傑作が多いのだ。
あとがきを読んだらご本人が
「初めは燕見鬼を主人公にした伝奇的読み切りのつもりだったのだが、途中から活劇の要素が強くなり、方蝋の乱に焦点を合わせた中国武侠もののような様相を呈していった。」「考えてみると、伝奇ものの短編読み切りとして始まったはずのシリーズ物がいつの間にか連載活劇になってしまった訳で、その時のノリとは言え、勝手なことをしたものである。」
と自覚していたことが判明。
と、最終話のことはぶつぶつ書いてみたが、この作品はやはり傑作である。カラー含むイラストやあとがきのおまけも含めて、こうして大型の愛蔵版で改めてじっくり読めるのが本当にうれしい。
・愛蔵版 機動戦士ガンダム THE ORIGIN VII ルウム編
ガンダムオリジン愛蔵版7巻はルウム編。5,6,7と過去編三部作。
オリジンは連載誌ガンダムエース上では完結しているわけだが、私は愛蔵版で読んでいるために、まだ物語は中盤である。これまで愛蔵版は毎年一冊のペースで六月ごろに刊行されてきたが、今年はこのルウム編が2月に、オデッサ編が8月に、年二冊出ている。
ルウム戦役はアニメでは描かれなかった過去の部分。アムロはほとんどでてこない。シャアとセイラやジオン側のサブキャラ達の視点で、アニメでは深い説明がなかったコロニー落としだとか、そもそもシャアがマスクをかぶっている理由が明らかになっていく。こうした細部は後付けで加えているはずなのに整合性が完璧に思える上に、ドラマとしても成立していて、見事だなあと感動してばかり、安彦良和は絵がうまいだけでなく構想力の見事さに感動させられる。
オリジンは、毎巻思うのだが、安彦良和が思い入れがあったのはやはり主人公のアムロじゃないんだなあ、と。アムロは若くて単純で、陰影をつけにくいから、魅力的に描きにくいのだと思う。アニメにはちょっとしかでなかったザビ家の将軍達とか士官たちの、抱えている複雑な感情の方がずっと魅力的だ。アムロはもはやどうでもいいというくらいになってきた。つまり、サイドストーリーを描きましたというよりも、ガンダム自体を脇役達の群像劇として再構成したのがオリジンなのだろう。
次の巻は年末に読む予定。
・「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/09/post-1503.html
・機動戦士ガンダム 光芒のア・バオア・クー 機動戦士ガンダム デイアフタートゥモロー ―カイ・シデンのメモリーより― 俺は生ガンダム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/03/post-1400.html
・愛蔵版 機動戦士ガンダム THE ORIGIN VI 開戦編 と MG 1/100 MS-09R リック・ドム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/01/vi-mg-1100-ms09r.html
機動戦士ガンダム アッガイ北米横断2250マイル
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/04/-2250.html
・愛蔵版 機動戦士ガンダム THE ORIGIN V シャア・セイラ編
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/01/-the-origin-v.html
・MG 1/100 ゴッグ MSM-03
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/01/mg-1100-msm03.html
・ラーメンズ・片桐仁のガンプラ戦士ジンダム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/06/post-1007.html
・ザク大事典 All about ZAKU
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/-all-about-zaku.html
・MG 1/100 ズゴック MSM-07と愛蔵版 機動戦士ガンダム THE ORIGIN IV ジャブロー編
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/01/mg-1100-msm07-the-origin-iv.html
・HGUC 1/144 MSM-10 ゾックと機動戦士ガンダムTHE ORIGIN
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/02/hguc-1144-msm10-the-origin.html
・機動戦士ガンダム THE ORIGIN、MGアッガイ、ターゲット イン サイト
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/01/the-originmg.html
・ガンプラ・パッケージアートコレクション
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/08/post-820.html
・俺たちのガンダム・ビジネス
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/11/post-662.html
・ガンダム・モデル進化論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003091.html
面白い。全4巻の漫画だがいっきに買っちゃっていいと思う。
東北らしい田舎の村に、都会で夢破れてお金アレルギー(お金に触れただけで失神する)になった青年タケが移住してくる。タケの信念は、何も買わない、何も売らないで、ただ生きていくこと。現金を一銭も使わずに理想の自給自足ができると思って村にやってきたのだ。だが農村の生活にだって現金はいるし、農業のやったことがないタケには、ひとりでいきていくことができない。そんなタケの哀れな姿を見かねた村長や優しい村人たちの好意にすがることで、村での生活が始まる。
この村には神様と呼ばれる老人(目が光る)だとか、村長と謎の関係のゲイでもぐりの食堂経営者だとか、動くカミサマの石像だとか、奇妙な存在がいっぱい登場する。ドタバタギャグであり、ミステリーであり、ファンタジーである。(ちなみに全4巻でおよそ伏線や謎の設定は説明される。)。
主要な村の登場人物たちは、それぞれがかなり複雑な過去を持っており、その過去から現在までの線は複雑に折り重なっている。村の実像をひもといていくパズルみたいな漫画である。ぐうたらなタケが引き起こす村でのトラブルを描いていて、これといって大事件は起こらないが、登場人物が魅力的なので4巻がとても短く感じられた。
先日から、いがらしみきお作品を読んでいるが、かむろば村 → アイ → Sinkの順で読むのがおすすめ。同一人物の作品とは思えないほど作風のバリエーションが広い。
・Sink
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/sink.html
・【アイ】 第1集
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/i-1-1.html
「『たとえ間違えているとしても、今、描こう』と思いました」しりあがり寿。
震災から一か月頃に発表された朝日新聞夕刊連載の4コマ『地球防衛家のヒトビト』と月刊コミックビーム発表作の読み切り中編からなる漫画作品集。すべて地震、津波、原発という難しいテーマを扱う。
ナンセンス四コマ漫画は、震災と原発にあたふたとする人々の姿を軽く笑い飛ばす。
主人公が「地球防衛家」なのに被災地復興へいかないのもおかしいだろうと、著者自身がボランティアへ行ってきて、そこで体験したことを漫画で報告するシリーズがある。
主人公は被災地から帰宅すると「3日か4日いただけだし、被災地は広いし、簡単にどうだったなんてとても言える事じゃないけど...」と前置きしながらも「いやまあ、ホントに大変でこんなこと実際にみるまでは...」としゃべりまくる、しゃべりたくなる。人間ってそんなもんだという可笑しみを4コマで表現する。
原発放射能をナンセンスに笑い飛ばした川下りシリーズも「セシウムちゃん」とか「危険な女」としてのゲンパツとか、きわどい擬人化で、フクシマ時代のシュールな笑いをとる。そして笑いの底の意味を読者に考えさせる、問題提起する。
なんといっても圧巻は中編の読切り漫画である。震災から50年後の日本の姿をSF的、寓話的に描いた『海辺の村』、震災後を懸命に生きる女性を描く『震える街』、死と再生をひとこともせりふを交えずに美しい映像にした『そらとみず』。この3作品は目頭が熱くなった。すばらしい傑作である。