Books-Misc: 2010年3月アーカイブ
大人も子供も楽しめるアートな絵本。
アンデルセンの隠れた名作『火打ち箱』を絵本にした。絵本といっても本当は絵ではない。ペーパークラフトで物語を再現してデジカメで撮影した写真集である。紙にペン画を描いた後、切り抜いたり折ったりして一部を立体化する。
2次元と3次元の中間の不思議な次元感覚が、荒唐無稽なストーリーとあいまって、独特の世界観を醸し出している。「目玉が茶碗くらいある犬、水車くらいある犬、塔ぐらいある犬」なんて普通の表現では難しいはずだが、超次元的な表現技法によって、いかにもそれっぽくビジュアライズされている。
もともと原作がかなり変な話だ。家に帰る途中の兵隊が、魔法使いのおばあさんと出会って、願いがかなう魔法の火打石を手に入れ、無軌道にやりたい放題やって、当然まずくなるだろと思ったら、案外なんとかなってしまう、という話。
童話にもかかわらず「正直に生きなきゃね」とか「人には優しく」とか「命は大切に」とか教訓が存在しない。カオスでアナーキーな展開に子供は笑い、大人はちょっと呆然とする。有名な童話作家のアンデルセンって実はかなり曲者だったことに気づかされる。
強烈な印象を残す作品だ。一度読んだら忘れがたい一冊になるだろう。この半立体紙芝居は動く映像化されたら楽しいかも。
文学的で、静かに感動を呼ぶ、上質な漫画。よいです。
静かな日常の下に隠れた暗くて激しい底流というものがテーマ。
銭湯を経営する関口かなえは、何の兆しもなく失踪した夫のことを、できるだけ考えないようにしながら、日々の仕事に追われていた。人手不足の銭湯に組合の紹介でやってきた寡黙な男 掘さんが、店に住み込みで働き始める。おかげで一息つけるようになったかなえは、抑えていた自分の感情と正面から向き合うようになる。
なぜ夫は出て行ったのか?。他に好きな人がいたのか、何かやりたいことがあったのか、自分を嫌いになったのか、銭湯の仕事が嫌いだったのか。考えてもよくわからない。彼のことをまったくわかっていなかったのではないかと思うのがつらい。そんな葛藤のかなえのもとに探偵を使って調べてみないかという誘いがやってくる。そして失踪の真相が少しずつ明らかになっていくのだが。
淡々とした日常が物語の3分の2を占めるので、一話一話を取り上げると地味な印象を受けるが、通しで全部を読むとしっかりと残るものがあって、よくできた映画や小説のような厚みがある。個性的な脇役も活きている。コマ割は映画のようだ。これは映画化される、に一票。
2005年3月、ドイツのハンブルク応用科学大学デザイン=メディア=情報学部の卒業審査で、学生アイナール トゥルコウスキィが提出した作品の出来栄えの見事さに教授たちは目をみはった。たった一本のシャープペンシルで400本の芯を使って3年かかって描き上げたという細密画と、独特のシュールさ漂うストーリー。世に出た作品はたちまちドイツの有名な絵本賞を連続受賞した。
絵本とはいっても対象は大人向け。ある日、町のそとの砂丘の廃屋に、奇妙な男が住みつく。男はわけのわからぬ仕掛けで漁のようなことをしている。没交渉のまま裏で監視を続ける町の住人たちは、わけのわからぬものへの恐れや嫉妬から、よそものの男を排斥するムードに傾き始める...。
ムラ社会の創造性のなさを悲しい目で見ているのは、おそらく作者アイナール トゥルコウスキィ自身の実体験からくる感慨なのだろう。卒業制作といっても当時すでに33歳。誰にも理解されないまま、黙々と細密画を描き続けてきた画家は、雲をつかむような仕事をひとりで続ける主人公の姿そのものだったのじゃないだろうか。
この話からは無理解のムラに対する怒りや批判はあまり感じられない。あるのは外に対しては諦めと悲しさ、内には孤高の創造行為に没頭する充実感。表現に激しさはないが、姿勢はある種のアウトサイダーアートといってもよいのかもしれない。ここ数年で作者は社会的評価を受けて、広く人気も出て、ポピュラーになりつつあるようだが、次はどんな作品を描くのかを見てみたい。
・「百頭女」「慈善週間または七大元素」
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/06/post-771.html
・アウトサイダー・アート
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-739.html
以下は大人の絵本系
・『終わらない夜』と『真昼の夢』
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/08/post-1049.html
・なおみ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/12/post-895.html
・大人な絵本 「天才の家系図」「裁判所にて」
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-812.html
・「平家物語 あらすじで楽しむ源平の戦い」と「繪本 平家物語」
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-823.html
・ちいさなちいさな王様
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/01/eel.html