Books-Misc: 2007年1月アーカイブ

・心にナイフをしのばせて
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「1969年春、横浜の高校で悲惨な事件が起きた。入学して間もない男子生徒が、同級生に首を切り落とされ、殺害されたのだ。「28年前の酒鬼薔薇事件」である。10年に及ぶ取材の結果、著者は驚くべき事実を発掘する。殺された少年の母は、事件から1年半をほとんど布団の中で過ごし、事件を含めたすべての記憶を失っていた。そして犯人はその後、大きな事務所を経営する弁護士になっていたのである。これまでの少年犯罪ルポに一線を画する、新大宅賞作家の衝撃ノンフィクション。」

ジャーナリストの著者は遺族たちに直接取材し、丁寧にその後の28年間の軌跡を追った。遺族たちにとって家族を惨殺された事件の衝撃はあまりにも大きく、一時は家族崩壊寸前まで追い込まれていた。悲しみから立ち直り新しい生活を築いていこうとしても、被害者が生きていたらこんなではなかったという思いが残り続ける。遺族は、慰謝料の支払いはおろか謝罪のことばさえない加害者のことを憎むことさえ避けようとしている。事件を思い出すことが辛すぎるのである。

更正の名の下に加害者の人生を保護し、傷ついた被害者の救済をおざなりにする現在の法制度の矛盾が明らかになる。少年事件では、ほんの数年で加害者は少年院を出所してしまうが、遺族の悲しみは一生続く。「あんなことがあった家」という世間の目が何の落ち度もない遺族に突き刺さるのが痛々しい。

少年の凶悪犯罪という特殊性はあるが、大きな不幸を乗り越えていく家族のドキュメンタリとしてもよく書かれていて内容に厚みがある。遺族の理解の元で調査しており、事件報道の手本となる見事な作品である。

最近も猟奇的な殺人事件がたびたび報道される。特徴的なのは、加害者、被害者がブログを書いていたり、ミクシイを使っていたなど、ネット上に痕跡が発見されること。そのような痕跡を見ると、事件は身近なところで起きているとわかって恐ろしくなる。今後はそうした痕跡を収録した事件取材本がでてくるのだろうな。

感染症―広がり方と防ぎ方

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・感染症―広がり方と防ぎ方
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先週後半の会議中、熱がある、Wiiの遊びすぎだろうかと真剣に言っていた同僚が、月曜朝に社内MLにこんなメールを送ってきた。

「医者に行ったらインフルエンザと診断されました。タミフルを飲んでいますが高熱で今日はまだ出社できそうにありません。例の会議は明日に延期させてください。」

とりあえず「完全に直るまで家で休んでください。下手をすると会社が全滅しますから」と返信しておいた。私が感染症の本を読んだばかりだったから、というのもあるが、我ながら正しい対応だったと思う。

これは感染症と予防医療の専門家が一般向けに書いた本。インフルエンザやノロウィルスのような身近な感染症から、鳥インフルエンザやSARS、エイズなどの深刻な感染症までを、特に伝播経路に焦点をあてて、わかりやすく説明してくれる。

伝播経路は、

1 病原体が人体のどの場所から出て、他の人のどの場所へ侵入するのか
2 どんな媒体によって運ばれるのか
3 どのくらいの期間生きているのか

の3つで整理できる。これらのポイントを知っておけば、感染症への各自の対策ができるし、過度の心配がいらなくなる。

箸を使い風呂に入りコンドームをよく使う日本人は本来、実に衛生的な国民だそうである。感染症の広がりは、病原体の性質だけでなく人々の生活環境や生活習慣と密接な関係があり、伝播経路の変数に影響している。日本において、世界であれだけ騒がれたSARSやエイズが蔓延しなかったのも、日本人が比較的清潔な生活をしているからでもあるらしい。

実に面白いのが、日本語の発音の特徴が飛沫感染の起こりにくさに関係しているのではないかという著者の発表した仮説である。英語・中国語にはptk(中国語ではさらにqhc)の破裂音のあとに母音がくると息がはげしく出される有気音がある。この発音のときにウィルスの飛沫が飛びやすいのだという。日本語ではそれが無気音になるので、飛沫感染が起きにくいと著者は考えている。

日本語のプレゼンの方が英語のプレゼンより安全ということか。風邪の時には外来語を使うべきではないのか?なんて考えて可笑しくなったが、真面目な医学誌に掲載された話であるそうだ。日本語は清潔な言語と言えるのかも知れない。ちょっと嬉しい。

感染症対策として、清潔であれば大丈夫というわけにはいかないのが難しいところである。清潔な環境では免疫力が育たない。アレルギー症も増えるし、抗菌は薬の利かない菌を作り出す原因にもなる。適度に汚いくらいの環境でこどもの頃にウィルスや最近の感染を受けたほうが丈夫な子供が育つとも考えられるそうである。

生カキには気をつけたほうがいいらしい。カキの養殖場は植物プランクトンが多い下水処理場の近くであることが多いため、下水の中で生き続けるノロウィルスを濃縮してしまうことがあるそうだ。海のきれいな産地を選び、ガツガツ大量に食べないようにするといいらしい。途上国では絶対に食べるなと書いてある。生カキは結構好きなので参考になった。

そして、インフルエンザにはマスク、エイズにはコンドームが効果的な予防策になるという著者の主張は、論旨明快で実践しやすいものであった。著者は、人間が喋るときと咳をするときに口から出る風速を測り、飛沫感染に対するマスクの有効性を検証した。結論としては、非感染者がではなくて、感染者がマスクをするのが最も効果があることがわかったそうだ。

一般には風邪が流行ってくると、予防のためにマスクを非感染者がつけることが多いと思うが、飛沫は乾燥して飛沫核になった状態では普通の薄いマスクは通過してしまう。これを防ぐには分厚いN95という特殊なマスクが必要になる。これに対して、感染者がつけた場合は薄いマスクであっても飛沫が外へ出るのを防ぐことができる。会社でゴホゴホ言っている人が身近にいたらマスクを配るといいわけだ。

エイズが日本で今まで広まらなかったのはコンドームがよく使われる珍しい国だからだそうだ。日本以外ではピルの方が一般的で、コンドームの人気がないらしい。コンドームは避妊以外にも感染症予防効果が高いので、この素晴らしいコンドーム文化を守るべきだと主張している。マスク同様、出口に袋をかぶせるのが有効なのだな。

感染症は目に見えないから心理的に不安である。知識が無ければ過剰に心配したり、効果も無い対策をやってしまいがちだ。この本は、病原体の種類と性質、伝播経路と対応策が明確に書いてあって、情報によって感染症と戦うことができるようになる、いい本だと思う。

・感染症は世界史を動かす
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004403.html

・インフルエンザ危機(クライシス)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004247.html

・世界の終焉へのいくつものシナリオ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004729.html