Books-Misc: 2003年10月アーカイブ

・MITコンピュータサイエンス・ラボ所長ダートウゾス教授のIT学講義
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ダートウゾス教授は人間中心型コンピューティングを提唱している。人間がPCに隷属化されたり、過剰なストレスを受けたりすることなく、人間の能力を自然な形で発揮できるPC環境や、社会・経済システムのことだ。

その推進力を教授は5つ挙げた。

■人間中心型コンピューティング 5つの推進力

1 音声認識
2 自動化
3 個人化された情報アクセス
4 コラボレーション
5 カスタマイゼーション

各要素を、未来の生活シーンの中で描写しながら、コンピュータはかくあるべきと語る本だ。2001年の刊行の本と言うことで既に実現が進んでいる予見も混じるが、大半の記述は、まだまだ、新しい。むしろ、現実が追いついた分だけ、分かりやすく感じられるとも言える。

「セマンティックWebの陰謀」という興味深い章もある。通常のハイパーリンクを青いリンク、ユーザが作り出す意味のリンクを赤いリンクと呼び、ふたつのリンクがRDFメタデータの技術でセマンティックWebを織り成していくだろうという、今まさにネットで起きていることがずばり書かれていたりもする。

そして、教授らが推進している人間中心型コンピューティングの実現プロジェクト「オキシジェン」の解説で最後を締めくくる。オキシジェンとは、1999年に開始され、250人の世界の精鋭研究者と5千万ドルの研究予算を投じた、人間中心型コンピュータ環境のプロトタイプ制作プロジェクトだ。ネットワークプロトコル、ハードウェア、携帯デバイス、ソフトウェアなど研究は多岐にわたる。

オキシジェンは以下のURLで概要がある。

・MITオキシジェンプロジェクト
http://www.oxygen.lcs.mit.edu/

以下のムービーとスクリーンキャプチャは最新のオキシジェンとその周辺の研究状況を伝えるサマリーとしてちょうど良いもの。順番にクリックすればオキシジェン概要のイメージがつかめるかなというものを集めてみた。

・携帯デバイスH21のデモムービー
http://www.oxygen.lcs.mit.edu/videos/guide.mpeg

・Cricket 位置認識による最適ネットワーク構築
http://oxygen.lcs.mit.edu/videos/cricket.mpeg

・Software Proxy いつでもどこでも自分の作業環境を実現
http://www.oxygen.lcs.mit.edu/videos/proxy.mpeg

・Metaglue インテリジェント空間におけるソフトエージェントによるユーザ支援
http://www.oxygen.lcs.mit.edu/videos/metaglue.mpeg

・HayStack RDFメタデータを活用した未来派PIM
http://haystack.lcs.mit.edu/

・Grid アドホックなユビキタスネットワークプロトコル
http://www.pdos.lcs.mit.edu/grid/

・Annotea Webに対するコメントを共有する仕組み
http://www.w3.org/2001/Annotea/

・START 自然言語での質問応答システム(試すことができる)
http://www.ai.mit.edu/projects/infolab/ailab

オキシジェンプロジェクトに関連する研究はこのほかにも多数あり、全貌を把握するのは難しいが、「セマンティックWeb」「ユビキタス」「エージェント」「分散コンピューティング」などの先端キーワードの複合体みたいなものだ。目指すところや展望はこの本の最後に教授が語っている。

この本は名著と思うし博士の知見に共感する部分が多いが、ひとつ意見を言わせてもらうとしたら、人間中心型を唱える博士はおじいちゃん発想だなと感じた。若い世代はPCに隷属しているとそもそも感じていないのではないか、と思うのだ。物心ついた頃からコンピューティングに親しんだ層というのは、使いにくいインタフェースには見向きもしないか、あるいは、機械に対する適応力という柔軟性も数倍持っていて難なく使いこなしてしまう。最初から人間中心というか「ワタシ中心」コンピューティングができているのだ。

このワタシ中心コンピューティングの担い手たちがコンピュータを設計するようになったとき、コンピュータのアーキテクチャやインタフェースはどう変わるだろうか。今の私たちが20年後にタイムトリップしたとして、その時代のPC環境は、私たちにとって、使いやすく理解しやすいものとは限らないような気がする。PC進化の向かっているのは、コンピュータと人間の共生環境であって、客体としてコンピュータを捉える古い思想とは根本的に異なるものなのじゃないか、私たちは進化しているのではなくて環境に最適化しているだけのはずだ、そんな風に思う。

と、批評チックに書いたけど、この本の私の評価は高い。

評価:★★★☆☆