Books-Media: 2013年4月アーカイブ
大学生に短い映画を見せる印象的な実験の話から始まる。映画の内容は二つの三角形と一つの丸が平面上を移動するというものだった。静止した四角形も登場した。上映後に何を見たかの説明を求めると大学生たちのほぼ全員が、二つの三角形が喧嘩している男で、丸はそれから逃げようとする女であると答えた。ただの図形にも、人は意味や物語を見出してしま習性があるのだと学者は結論した。
物語るという行為がテクノロジーの変化に伴い変質していく。かつては活字の小説で語られていた物語が、映画になり、テレビの連続ドラマになり、ウェブ上のインタラクティブな物語に変化してきた。より連続的で参加型のストーリーに人々はのめり込むようになっている。いまや広告、ゲーム、ウェブ、テレビドラマ、映画、何を作るにせよ参加型でのめりこませる仕掛けが成功の鍵となる。
「ゲームと物語に共通しているのは、どちらも"人生の練習体験"だということだ。物語というものは「願望や恐怖を反映した物語という小宇宙、あるいは本物そっくりな現実を構築してその中にドップリ入り込む」ということだった。ここの部分は変わっていない。しかし"物を語りたい"という渇望はメディアの進歩とともに肥大し、同時に私たちが"注ぎ込む"ものも大きくなっていく。」
想像の小宇宙を提示したスターウォーズの映画の興行収入は「シスの復讐」一本で40億ドルだが、フィギュアやゲームなどの関連商品の売り上げは150億ドルもある。ストーリーにのめり込むファンたちのオタク消費がコンテンツビジネスの肝となっているのだ。
ダークナイト、アバター、ヘイロー、ロスト、ディズニー、グーグル、フィクションの、のめりこませる技術を最大に活かしたコンテンツやマーケティングの事例が米国中心に語られる。日本人はあまり知らないCMやドラマもあるが、これから日本でも起こりうる現象、仕掛けられるプロジェクトとしてみると興味深いものばかりだ。
「遊ぶために想像力は不可欠だ。物語についても同様だ。語り手だけではなく、聞き手にも想像力がなくては、物語は成立しない。消費者が広告主との共犯関係で広告を完成させる、というのも同様だ。テレビを漫然と眺めているかに見える視聴者も、実は受け身の存在ではない。"物語"の語り手は、登場人物を創作し話を紡ぐ。聞き手は隙間を埋めて話を完成させる。物語は語り手と聞き手がいて始めて完成するのだ。」
完全に閉じた世界観ではなく、読者の想像力と参加によって広がっていく物語の環境を用意しなければならないわけだ。本書が論じているのめりこませる技術は、現代においてヒットするコンテンツやマーケティングを考えるのに避けては通れないノウハウだと思う。