Books-Management: 2009年9月アーカイブ
元ハーバード・ビジネス・スクール教授でコンサルティング会社経営のデービッド・メイスターの新刊。
でぶスモーカー症候群(短期的誘惑や満足感に負けてためになるとわかっていることをしない)を克服し、成功するための方法論。意欲や決意をどう引き出すかの組織論でもある。著者はプロフェッショナル・サービス・ファーム(PSF)研究の世界的な権威。PSFとは、コンサルティング、会計・法律事務所、建築、エンジニアリング、ITサービスなどの専門分野で、物理的な製品を作るのではなく、人々の才能を使ってアイデアと価値を生み出していく、ナレッジーワーカーの組織のことだ。
プロフェッショナルとはいえ一人一人は弱い人間である。目標達成の報酬は将来にあるが、我慢や不快や規律は目の前にある。だから、わかっちゃいるけどやめられない、とか、明日やることにしよう、ということになる。そうした「でぶスモーカー症候群」を克服することが、ナレッジワーカー組織の生産性を飛躍的に高めることに繋がるのだ。プロ意識を持つ人間とその集団の心理に対して深い洞察にもとづく鋭いアドバイスが続く。
「私たちは自分に甘い。やましさを抱いて生きることはたやすい。かなり強い罪悪感でさえ、人を変えるとはかぎらない。ところが恥ずかしさとなると、たとえそれがわずかでも効果は絶大である。」
「人に弱みを認めさせ、改善させるのに最悪の方法は、その人を批判することである。」
「人はあなたとつき合いたいと思うのは、あなたに好印象を抱いているからではない。あなたといるとき、自分に好印象を抱くからこそいっしょにいたいと思うのだ。」
チームワークの本質を突いた視点に頷かされる。PSFの人材にとって、問題の解決法を見出すことはやさしい。大抵は自分がどうすべきか理性的にわかっているが、それを実行しようとするときの実践の知恵が不足している。ダイエットが続かない、タバコをやめられないという状況にそっくりなのだ。
PSFのケースから抽出された方法論がたくさん紹介されている。
「むしろ、誰かを改善の道へと誘いこみたいなら、将来に控えた仕事の全体像にはまったく触れないで、目前の小さな改善のみに焦点を当てるべきだ。すぐれたコーチはどんな分野の人でもそうしている。」
年寄りは自分ができることを若手ができないのを見ると、ついつい全体像をしゃべって説教みたいになりがちだ。だが、それでは教える方の自己満足である。自主性で楽しみながら発見する道へと、自然に導く方がずっと立派なボスなのだ。メイスター自身が受けて感動したメンターの教え方("このリストに電話してみると良いよ")も具体的に示されていて、わかりやすい。
なお巻末には知識経営の専門家で、多摩大学大学院教授の紺野登氏が「知識時代におけるリーダーの実践経営学」として、本書を含むデービット・メイスターの過去の仕事を振り返っている。時代は製造業からサービス業へ、知識労働を通じて経済的価値を生み出す企業の時代へと向かっている。そんな中でメイスターが探究してきたPSF型組織は一部の業種のものではなく、未来の創造的な企業の姿としてとらえなおす価値のあるモデルなのである。
・脱「でぶスモーカー」の仕事術 公式サポートサイト
http://www.knowledgeinnovation.org/publi/Maister_book.html
何故、今PSFなのか?などデービット・メイスターと紺野教授の対談。
カメラ好きでベンチャー精神の人は絶対に読もう。面白すぎる。
著者は1997年に、たったひとりで世界最小のカメラメーカー「安原製作所」を設立し、「安原一式」「秋月」という名前のフィルムカメラ2機種を世に送り出した伝説の人。元京セラ出身のエンジニアなので技術は分かったが、経営は素人、カネはないし、会社を離れたら信用もない。ないないずくしの状態から、過去に例がない零細カメラメーカーを興していく起業物語。
「今は良いメーカーの良い製品だけが存在している時代だ。人の生き死にに関わる製品ならそうあるべきだが、それ以外ならあやしいメーカーのあやしい製品があったほうが面白いと考えるのは私だけだろうか。安物の服を買って洗濯したらばらばらになった。これを友達に話すネタができたと考えるのは心が豊かなことではないだろうか。」
ユニークな会社であるが故にマスコミには200回以上取り上げられ「一式」は最初の1ヶ月でネット予約3000台が入った。定価は一台5万5000円。予約金5000円をとってひやかしを防いだ。開発と中国の契約工場での量産は難航し3て、すべて納品するのに2年もかかったという。その苦労から学んで2台目の「秋月」をリリースするが、結局、マニアックなフィルムのレンジファインダーカメラでは、採算は合わなかったらしくカメラ生産の事業は2004年に撤退する。この本はその全プロセスの回顧録なのだ。
カメラ職人ならではのカメラ評論が楽しい。
「昔のレンズは味のある写りをする。物は言いようで、「味」というものの多くは工業的に言えば欠点のことである。コンピュータが無い時代に高度な光学設計ができるはずがなく、レンズの製造技術も今から考えるとひどいものだ。たとえ元は良いレンズであっても製造されてから何十年も経っているものが性能を維持しているとは考えられない。ただレンズの良し悪しを評価するのは最終的に人間の感性なので、その人が良いと思えばそれで良い。」
と味のあるクラシックレンズの幻想を打ち砕き、
「第一そのドイツのカメラ業界は日本に全く歯が立たないから衰退したわけで、滅ぼした側の日本人がいまだにドイツの光学製品を信仰しているのはある意味笑い話だ。」
と、ドイツ信仰を笑い飛ばす。
「私は職業柄友人にプロのカメラマンが沢山いるが、彼らは必要な物しか買わないし、あまり買い換えず長く使う。商売の相手としてはどんどん買ってくれるカメラマニアの方が有り難かったことも本音である。」
マニア向けの製品を幻想と喝破しつつも、開発者として誠実にその幻想につきあう物作りをしていたのが、一時的にせよ、ブームを作ることができた理由なのだろう。
ところで著者は小さなメーカーが存在することがフィルムカメラでさえ難しかったが「デジカメでは全く無理」と書いているのだが、2009年現在、少人数の家電ベンチャーが、新製品をリリースしようとしている。安原製作所が果たせなかった夢を、Cerevoはかなえることができるだろうか。
・Cerevo
http://cerevo.com/
カメラファンとして発売がとても楽しみだ。両社の対談も実現されたらいいなあ。