Books-Internet: 2009年7月アーカイブ

・パターン、Wiki、XP 時を超えた創造の原則
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一緒に集合知プロジェクトの仕事をした江渡さんの新刊『パターン、Wiki、XP 時を超えた創造の原則』を読んだ。名著『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の如く、シンプルな着眼点で異な物を結びつけ、普遍の道理に導く手際に感動した。

建築家のクリストファー・アレグザンダーが1960年代に考え出した思想が、形を変えて現代のソフトウェア開発手法や、Wikipediaで花開いたWiki型の共創コミュニティに受け継がれてきていることを解明した本である。

アレグザンダーは都市計画によって作られた「人工都市」と、長い時間をかけて生成された「自然都市」を区別した。人工都市はどこかよそよそしく、自然都市は落ち着いた感じがある。ひと言で言い表すことができないけれど、自然都市にはある種の美しさ、「無名の質」とでも呼べるような価値が備わっていることに注目したのだ。

そしてアレグザンダーは、住みやすい自然都市に無名の質を生み出しているのは、繰り返し現れる構造=パターンであることを指摘する。たとえば建物の入り口に何らかの場面転換部を置く「入り口での転換」、建物外縁部のひさし付きの道「アーケード」、大きな共用部屋の周囲にぽこっと奥まった小さな落ち着く部屋「アルコーブ」など。うまくいくパターンを集めると、住みやすい建築や町ができあがることに気がついた。最終的にアレグザンダーは232個のパターンを集めて解説書「パタン・ランゲージ」を発表している。

パターンは、一つまたはいくつかの機能要求に対応した部品とは異なる。機能部品を積み上げて作るのはゼネコン流の計画都市のやり方だ。要求に単純に対応する部品には、同時にいくつもの住民の要求を満たすパターンの柔軟さがない。だから「都市はツリーではない」のです。木構造に還元できないのだ。

「アレクサンダーは、人工都市がツリー構造になってしまう原因は、人間の認識能力の限界にあるとしました。人工都市は少数の建築家が全体を設計するため、複雑に絡み合った条件を必然的に少数の要素に還元して考えます。つまり要素間の関係性は半ば必然的にツリー構造に還元されてしまいます。それに対して長い年月を経てできあがる自然都市は、そのようなツリー構造を持ちません。1つの場所が複数の役割を同時に担うセミラティス構造を持っています。」

そしてアレグザンダーは、利用者と建築家の共通言語として「パタン・ランゲージ」を作った。少数の建築家による壮大な設計図から作るのではなく、住民とのインタラクションによって常にパターンを組み替えていく、生きた建築の原理を提唱した。

アレグザンダーの「時を超えた創造の原則」の原型は次の6つの原理である。


1 有機的秩序の原理
計画や施工は全体を個別的な行為から徐々に生み出していくようなプロセスによって導かれること

2 参加の原理
建設内容や建設方法に関するすべての決定は利用者の手に委ねること

3 漸進的成長の原理
各予算年度に企画される建設は、小規模なプロジェクトに特に重点を置くこと。

4 パターンの原理
すべての設計と建設は、正式に採択されたパターンと呼ばれる計画原理の集合によって指導されること。

5 診断の原理
コミュニティ全体の健康状態は、コミュニティの変遷のどの時点でも、どのスペースが生かされ、どのスペースが生かされていないか、を詳しく説明する定期的な診断に基づいて保護されること。

6 調整の原理
最後に、全体における有機的秩序の緩やかな生成は、利用者の推進する個々のプロジェクトの流れに制御を施す財政的処置によって確実なものとされること。

第二部では現代のソフトウェアの開発プロセスXP(エクストリームプログラミング)とパタン・ランゲージの共通点が指摘されている。ハードの建築でもソフトの開発でも普遍的な秘訣がみつかる。

XPとは、瞬時のフィードバック、シンプルの採用、インクリメンタルな変更、変化を取り入れる、質の高い作業を重視する行動指針だ。うまくいくパターン集なわけである。
XPと似た手法のアジャイルマニフェストは(説明としてわかりやすいので例として)

・プロセスやツールよりも、人と人との交流を
・包括的なドキュメントよりも、動作するソフトウェアを
・契約上の交渉よりも、顧客との協議を
・計画に従うことよりも、変化に適応することを

というような原理を重視して進めるソフトウェアの先端的な開発技法である。アレグザンダーとどこか似ている。そしてXPもまた新たな社会構造を作るという野心を秘めている。

第三部ではWikipediaのベースになった知のコラボレーションシステムWikiの誕生から現在に至るまでの歴史解説。ウォード・カニンガムによるWikiの設計思想もアレグザンダーの思想の直系子孫なのだ。インターネットの世界に開かれた創造の原理が拓く未来を江渡さんは展望していく。

「Wikiは、誰もが自由に、ほかの人の記述も含めてどこでも書き換えられます。それが非常にラジカルで、すごいことなのですが、その代わりにそのような環境を維持するためには非常に大きな努力が求められます。議論を通じて合意や共通理解に到達することに価値を認め、おのおのが実践していくという文化を作り上げることが、Wikiにとっては非常に重要なのです。」

実際の建築家としてのアレグザンダーは、その優れた創造原理を十分に実践することはできなかった。現実の建築の仕事には多くの制約があったからだ。しかし、インターネット上の人々の住処=仮想コミュニティのソフト設計は、まさに創造原理が究極の形で発現しうる場なのだろうと思う。そこでは、利用者と建築家が常時パタンランゲージのやりとりを行いながら次代の形態を模索していくことが可能だからである。

そうした未来の生成プロセスへの予感で本書は閉じられる。これまでもやもやとしていたネット集合知の原理解明に、視点、突破口ができたぞ、という読後感。