Books-Fiction: 2012年11月アーカイブ
メディアで絶賛レビューが相次ぎ発売3日で増刷、その後入手困難となり、私の場合、予約から配達まで一ヶ月もかかったコミック(今は品薄も落ち着いた)。泣ける読み切り6篇。やっと読んだ。
これ、イイ!絵柄は少女漫画系だが、わずか20ページでこんなに余韻の残る切ないドラマを描くなんて、この新人やるなあ。短いけれど必ず読み返したくなる。技巧派だけどちゃんと人生が描けている。特に1作目『式の前日』と2作目『あずさ2号で再会』が傑作だ。
大切な人との別れがすべての作品に共通するテーマ。別れといっても悲しいだけではなくて、読後感はむしろ明るい。さだまさしの歌みたいな情感たっぷりの人間ドラマ。ああ、いいもの読んだ、で安心して終われる。
オーディションで2010年に突然出てきた作家らしいが、月刊フラワーズではじめての長編を連載中とのこと。この作品集を読む限りでは、短い作品ほど良いものを書く人かもしれないので、長編はどうなっているんだろうか、とても気になるなあ。少女漫画雑誌は買いにくいが...。
もしこの短編レベルが毎回描けるのだとするとすごいのだが。
ケッチャム『オフシーズン』の続編。
「オフシーズン」の惨劇から11年後の、あの海岸沿いのリゾート地で再び食人族の悪夢がよみがえる。原題は"Offspring"(子孫の意)、"Off Season"の生き残りが家族や仲間を増やして帰ってくる。登場人物には前作の悲劇の保安官ピーターズの姿もある。
ゲームデザイナーの夫婦と9歳の息子がすむ家に、夫の暴力を逃れて幼い子供を連れて泊まっている妻の友人。そこへ性格破綻した暴力夫が接触禁止の法を破ってやってくるのだが、同時に食人族たちもやってくる。6人の人間のいる家へ、外から食人族が押し掛けるという設定は前作と同じなのだが、ケッチャムの腕が上がったのか、本作の方がより恐怖度、猟奇度が倍増したように感じる。私は結果として3作目→1作目→2作目の順で読んだが、実はこれが最適なんじゃないかと思ったりする。
このシリーズ、ケッチャムの筆がいいのは当然として、ケッチャム作品を多数てがける金子浩の翻訳のうまさも大きい。分単位で進むテンポの良い構成だが、そのスピード感、緊迫感が日本語の文章にうまく表現されている。どんどん読めてしまう。
この2作目も過去に映画化されているが評判はあまりよくないみたい。予告編を見る限りではチープなB級映画だ。
オフシーズン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/11/post-1740.html
1作目
ザ・ウーマン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/11/post-1739.html
3作目
『ザ・ウーマン』は第三作で、その前に第二作『襲撃者の夜』、第一作『オフシーズン』がある。『オフシーズン』(1981年初版)はケッチャムのデビュー作だったが、あまりの残酷な描写に版元が著者にマイルドに改変させたうえ、ついには長期間絶版にしてしまった。この文庫版は最初の極めて残酷なバージョンを完全復元したもの。容赦ない。
舞台はカナダ国境に近いメイン州の海辺の避暑地。ニューヨークから6人の男女が休暇を別荘で過ごすためにやってくる。この家を、シーズンオフの静かな晩に謎の集団が襲撃する。汚い服を着た無表情な子供たちと、野人のような男と女が現れて、旅行者6人を次々に嬲り殺しにしていく。殺すだけではなく、生きたまま内臓を引き出し、手足を切断する。彼らの食糧とするために。
彼らに命乞いや取引のコミュニケーションは通じないが、彼らは知性を持っている。ゾンビではない(物語が進行すると正体はある程度明かされる)。6人の犠牲者たちとの生死を賭けた駆け引きに緊張感がある。
殺るか殺られるかの瀬戸際で、6人の男女は人間関係を破綻させ修羅場はより一層救いようのないものになっていく。これでもかといわんばかりに人間のダークサイドを見せつける部分はゴールデイングの『蝿の王』みたいでもあり、これは後の『隣の家の少女』で極まるわけだが。
巻末の著者インタビューにあるように『悪魔のいけにえ』『サランドラ』『食人族』など初期のスプラッタームービーの影響を強く受けており映画的だ。だいたい展開は読めるのだが、それやりすぎというくらい強烈な描写を極める。映像よりトラウマ度が高いかも。物凄い猟奇ホラーを読みたいという人にはとてもおすすめ。
ザ・ウーマン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/11/post-1739.html
ケッチャムと言えば代表作『隣の家の少女』が有名だが、実は私、読んでいながら、内容があまりに陰惨残酷猟奇的過ぎる上に救いがない話なので、このブログで紹介するのを控えたという経験があった。だからこの作品もどうしようかなあと思ったが読んだらはまってしまった。やっぱり陰惨残酷猟奇的なのだけれどそれだけではなく、ミステリ要素や意表を突く展開もあり、ミステリ系ホラー小説として傑作だと思う。
狩猟を趣味とする弁護士の男が、ある日半裸で森をうろつく野生児っぽい女を捕獲して、自宅地下室に監禁して飼うという話だ。家族にもこの女の面倒を見ろと命令する。監禁された女は日々、男に虐待されるが、その凶暴さは並大抵なものではない。いつ捕縛を脱して家族を皆殺しにするのだろうか?という緊張感漲っている。
ところで渋谷でカルトホラー系に強かったミニシアターのシアターNがもうすぐ閉館する。ホラーだけでなく『ホテルルワンダ』の舞台挨拶をみたのもシアターNだった。先日、見納めとして本作の映画版『ザ・ウーマン』が上映されていたので見に行ってきた。小説版は、ケッチャム単著ではなくこの映画監督のラッキー・マッキーが共著者として名を連ねているということもあって原作に忠実に映像化をしている。どんな内容かは予告編がよい感じにできているので見てほしい。
・ザ・ウーマン
http://www.the-woman-movie.com/
映画は低予算のはずだが決してB級映画にならず、キャラクターも描けており、猟奇ホラーとして上質で完成度が高い。米国の農場が舞台でそれにマッチするカントリーロック音楽も素晴らしかった。あんなに牧歌的な農場で、あんなに普通に見える家族が、あんなとんでもないことしちゃってというギャップが、映像でも見事に表現されていた。小説を先でも、映画が先でも、この作品のホラーの魅力をたっぷり味わえると思う。
今年ベストに選んじゃうかもしれない長編歴史小説。深く感動した。
お隣中国の歴史書『三国志』の中の「魏志倭人伝」に出てくるだけの邪馬台国と卑弥呼、志賀島で発見された「漢委奴国王印」と刻された由来不明の金印。2,3世紀の日本は史料が少なくて謎に包まれている。邪馬台国の場所だって九州か近畿かわからない。そのわずかにわかっている数か所の点から、こんなに厚みのある大河ドラマ、人間ドラマが立ち上がるなんて、帚木 蓬生、天才だ。
国王に仕え中国や韓国との外交を助ける使譯(通訳)一族の百年を超える物語。使譯は漢の言葉を厳しい勉学で身につけ諸外国の使節訪問を待つ。いざ国王に朝貢を命じられれば命を懸けて大陸に渡るのが使命。だが国内情勢(倭国大乱)や中国の王朝交代もあって、なかなか朝貢チャンスは訪れない。朝貢がかなえば一生の誇りとするが、中国の文書に那国のことを奴国と悪字で書かれたことを恥として一生気に病んだ者もいる。高い志を持っている。
使譯は外交官や政治家ではないから、志は高くてもままならない。政治や人間のしがらみのなかで生きている。自分なりの理想を曲げねばならないことも多々ある。使譯たちの生き様は狭い世間と組織の中で生きる日本人の姿を象徴している。
国のためを思い懸命に働く誇り高い一族には代々伝わる掟がある。「人を裏切らない」、「人を恨まず戦いを挑まない」、「良い習慣は才能を超える」、「骨休めは仕事と仕事の転換にある。」。代々の使譯たちは人生の岐路においてこれを指針として使う。やがてその職業人としての清々しく、凛々しい生き方が、君主たちにも影響を与え、国の未来を変えていく。
日本人はどう生きるべきか、古の日本人の生き方を通して、著者は現代の日本人に伝えたいらしい。中国と日本の海を越えて波乱万丈の物語もドラマチック。史実や伏線をたくさん織り込んだ緻密なプロットにも感嘆。長編歴史小説というと最近は「天地明察」「光圀伝」の冲方丁ばかり話題だが、帚木 蓬生ももっと売れていいはず。
藤子不二雄Aが1971年に発表した作品。
「ぼくが描いたのはその前期である。この間は毛沢東にとって、波乱と苦難に満ちた時期ではあったが、"中華人民共和国の建国"という大きな夢とロマンがあった。そして、その頃の毛沢東は革命の戦士であると同時に、志の高いロマンチスト、ヒューマニストでもあったと思う。しかし、建国後の毛沢東は、7億の人民を統治する大指導者として、ロマンを捨てた国家内闘争の道へと進まなければならなかった。」(あとがきより)
文化大革命以降の毛沢東にはダークなイメージもあるが、1949年10月の中華人民共和国成立までの英雄としての毛沢東を描く。登場人物や勢力が多くてわかりにくい中国現代史を、毛沢東という強烈なひとりの英雄の視点で描くことで随分とらえやすくなった。
影絵なみのベタ塗の絵が強烈だ。粒子の粗い報道写真みたいなコマも多い。激動の時代にぴったりの描写であり、歴史解説中心のコマまでもがドラマチックにみえる。
1971年に漫画サンデーで連載された「革命家シリーズ」の第一弾だそうだが、同シリーズはその後『劇画ヒットラー』(水木しげる)、『劇画マルクス』(滝沢解作、芳谷児画)、『劇画マホメット』(つのだじろう)と続いたらしい。ヒットラーは読んだ。ざっぱんになっているつのだじろうをなんとしても読みたい。