Books-Fiction: 2012年8月アーカイブ
テレビドラマにもなった道尾秀介の原作小説の漫画版。Koboで電子書籍版で読んだ。
福島県白峠村の河原で子供が次々に行方不明になる事件が起きる。自殺事件も相次いでいた。この地に関わる自殺者を撮影した写真の背中には、何か子供の眼のようなものが映りこんでいる。最初に起きた子供の行方不明事件では、切断された頭部だけが見つかった。写真の映り込みはその子の眼にそっくりだという人もいた。ホラー作家の道尾秀介と心霊現象探求所の所長の真備庄介は、この不可解な事件を調べることになる。
道尾秀介という作家としては、はじめて読んだ短編集『光媒の花』(2010)で注目していたら『月と蟹』(2011)で直木賞を受賞して納得、その後すっかり有名作家になった印象。『背の眼』は2005年の第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞した初期作品にあたる。実は最初、この作品は小説で読んだのだが、後年の作品と違い、キャラクター小説っぽさが前面にでていて、深みが感じられず、挫折した。今回読んだ漫画の方がキャラクターが活きていてよかった。
背の眼 テレビドラマ
http://www.bs4.jp/drama/senome/
・光媒の花
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/07/post-1255.html
・月と蟹
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/02/post-1388.html
・水の柩
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/02/post-1594.html
『スキエンティア』がよかった戸田誠二の近未来SF短編集。
画期的な新技術で人々の生活や考え方が大きく変わった近未来社会を描く。
仮想キャラクターの自殺志願OLや売春しようとする中学生を説得して、それをやめさせることができたら勝ちという説得ゲーム。現代でも、異性を口説く恋愛シミュレーションゲームは人気だが、まだ人工知能部分は稚拙である。大人はそれほどのめりこめないが新作がでるたび、技術が進化している様子はわかる。いずれプレイヤーが仮想キャラと心中するような事件でも起きたら本物ということかもしれない。
おそらく本物と見分けがつかない仮想キャラは、本物の人間からデータをとってつくるものになる。現実の人間の動作をセンサーでデータ化して、CG映像に活かすモーションキャプチャーのように、実在の人間のコミュニケーションログや脳の動きを分析してつくるということになるだろう。
感情移入を伴うコミュニケーションをした後、相手が本物ではなかった、人工知能の仮想キャラだったと明かされると我々は憤りを感じるが、逆に仮想キャラだと思っていたキャラクターが実は本物だったとなるとどう感じるものなのだろう。『説得ゲーム』そんなテーマの話。
ほかに脳研究者が自殺した女性の脳を培養する話『キオリ』、全身麻痺した患者の脳を、脳死した別の患者の身体に移植する『NOBODY』、もしも男がこどもを産めるようになったらという設定の『クバード・シンドローム』など5作品を収録。
・スキエンティア
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/02/post-1166.html
久々に読んだ手塚治虫。全集の中から、大人向けの作品ばかりの作品集。
『ジャングル大帝』『鉄腕アトム』にはない複雑な深層心理や猟奇、男と女の欲望がたっぷり描かれる。そういえば収録作品5編に性行為や裸体が描かれていない作品がひとつもない(笑)。
1 ペーター・キュルテンの記録
19世紀ドイツに実在した連続殺人鬼の記録。愛する妻と普通の社会生活を営むが、ゆがんだ衝動に突き動かされて、ひそかに犯行を重ね、滅びていく男の物語。
2 物憂げな夜
中国に渡り、金で女を買う日本人と、年を取らない不思議な中国人女性のエロティック・ホラー。
3 最上殿始末
戦国武将 最上義光に妻子を殺され、その影武者となった農民の悲しい復讐劇。
4 ラインの館にて
ライン川のほとりの館に住む謎の女性と若い日本人夫婦の妖しい三角関係。
5 火の山
北海道で噴火。昭和新山の観測に命を懸けた立場が異なる2人の男の物語。
1と5が特に印象的。手塚で有名作品ではない作品で魅力的な作品を読みたいという人に結構おすすめ。
『三丁目の夕日』みたいな古き良き昭和を舞台に、まじめに生きているのに不幸のどん底へ落ちていく青年の姿を描いたブラックな漫画作品。山野 一作。プロレタリアートの悲哀を極端なかたちで描いている。
零細の印刷工場。中卒の父親は経営者として必死に働いて、子供たちを大学に進ませることを楽しみにしている。主人公の長男も頑張って学校では優等生になった。ところが、この一家につぎつぎに不幸が訪れる。母親のガス爆発事故で入院し、その治療費のために借金まみれとなった父も事故で無くなってしまう。みるみるうちに借金取りに追われ、親類からも見放され、不良たちにも絡まれて傷だらけになる主人公。
絶望のどん底から這い上がろうとする主人公の努力はことごとく裏切られ、不幸のアリ地獄へと引きずり込まれていき悲惨なカタストロフへまっさかさまに落ちていく。路頭に迷うどころじゃない。その一方でかつての高校同級生で財閥の御曹司の友人は、たいした努力もしないのに、悠々とした人生を送っていく様子が描かれる。このコントラストが悲惨さをさらに演出する。
かなりマニアック、サブカル的、シュールでブラックな衝撃的ラスト、河内十人斬りみたいな、ルサンンチマンの大暴発もあり。相当読む人を選ぶが、よく描けていると思う。
・三丁目の猟奇
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/01/post-1376.html
映画『三丁目の夕日』の舞台、昭和30年代の高度経済成長に入った日本。貧しいけれども希望に満ちた時代であったというイメージがあるが、実は経済成長の陰では、猟奇的な事件もいっぱいあったのだという事実を教えてくれる漫画。
色恋小説を通して説教臭くなく仏教を説くのが得意な男性版 瀬戸内寂聴とでもいうべき、作家で僧侶の玄侑 宗久氏の第125回芥川賞受賞作。といっても受賞は2001年のことであり、なんでこのタイミングで読んだかと言えば、Koboのブックストアの芥川賞直木賞受賞作カテゴリーにあったから。
タイトルの意味は「中陰(ちゅういん)、中有(ちゅうう)とは、仏教で人が死んでからの49日間を指す。死者があの世へ旅立つ期間。四十九日。死者が生と死・陰と陽の狭間に居るため中陰という。」(出典:wikipedia)ということ。
禅僧の夫(著者がモデル)と妻が、知人で予知能力を持つらしい老女うめさんの臨終にたちあう。俗人である妻の「人は死んだらどうなんの」という問いかけに対して、夫は考え込む。そして、仏教本来の教えでは死後の世界は本当はないのだが信じている人には便宜上あると答えているのだよとか、「ある」と「ない」の間に「あると同時にない」ようなものを仮定する量子力学の考え方を持ち出し、さながら禅問答のやり方で答える。
妻は流産した子供を思いながら折った何千本もの紙縒りで、中陰の花ともいうべき巨大なオブジェをお堂につくる。夫はそれを背景にして無心にお経を読む。その共同プロセスを通して二人は深い悲しみを乗り越える。現代における宗教の役割について、現代的な物語を使って読者に感心させる。うまい。
・現代語訳 般若心経
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/11/post-481.html
・祝福
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/02/post-703.html
向田邦子。実はこの本はKoboの電子書籍ストアで発見して読んだ。ストアのラインナップが貧弱だと逆にこれまで敢えて読もうと思わなかった意外な作品を発掘するきっかけになってすごくいい。いいぞ楽天ありがとう(ポジティブシンキング)。
著者の絶筆となった『春が来た』も収録されている。
学生時代に『思い出トランプ』を読んで衝撃を受け、私の脳内で凄い作家殿堂入りしている向田邦子であるが、そんなに数を読んでいるわけではない。人気ドラマの脚本家として『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』などを手掛けたが、小説家としては直木賞受賞の翌年に飛行機事故で逝去しているのでそれほど多くない人なのだな。今知った。
この短編集でも不倫する主婦や嫁に行き遅れた女など複雑な女性の深層心理と衝動を強いリアリティを持って描く。男性にとってはある意味怖い作品が多い。安アパートの一室でミシンの内職に励む主婦が、隣の部屋の女の情事を盗み聞きするうちに、自分も恋がしたくなり、ひょうんなことから知り合った隣の女の男を追いかけて、アメリカまで行ってしまう表題作。
男と女の関係、渡航の冒険性、ミシンの内職という設定など、今読み返すとかなり昭和のにおいがするのだが、三丁目の夕日みたいな古き良きお気楽さだけじゃなく、猥雑で本物の昭和の人生模様が描かれている。いい。平成のリアリティってあとで振り返ってなんなんだろう。