Books-Fiction: 2012年7月アーカイブ
第135回直木賞受賞作。
三十代半ばで便利屋を営む多田のもとに、十数年ぶりに再会した高校時代の友人の行天が一文無しで転がり込んでくる。同居しつつも一定の距離を保ち、仲が良いのか悪いのか微妙な関係の二人が、便利屋に持ち込まれる、さまざまな依頼をこなしていく。やっかいごとの背景にある複雑な人間模様がみえてくる。物語よりもキャラの味わいが売りのキャラクター小説だ。漫画化、映画化もされている。
この作品は楽天Koboでも読んだ。電子ブックストアには芥川賞・直木賞受賞作品という特集コーナーがあるが、クリックするとまだ6冊しかない。いくらなんでも品ぞろえが悪いのだが、いつもだったら選ばない本を読む機会になる、とポジティブに考えて選んだのがこの有名な作品だった。電子書籍として、軽めの短編連作集はとても読みやすいし。
8本の連作。犯罪はあるが猟奇的な殺人とかひどい暴力は出てこない。二人の男の奇妙な友情、その愉快な仲間たちの関係が主題であり、ミステリタッチでありながら、どちらかというと心温まるオチを指向している。男と女がいっぱい出てくるが、みんな総じて中性的。どろどろしない。便利屋という職業がなんだか昭和的でもある。女性作家が書いた男の奇妙な友情はあまり真実味がないが、ファンタジーとしては楽しい。世界観にはまると次の話が読みたくなる。
続編も出ているが、こういう作品こそ電子書籍的には1話100円でバラ売りにしたらよいと思う。バラ売りにすると一話ごとで売上げ、人気もわかるから、読者に何が受けているのか作家にも明確になる。そうするとフィードバックを受けながら、ストーリーを変えていく作家も出てくるだろう。テレビの視聴率をみながらつくるドラマみたいなもの。それが文学にとってよいか悪いかわからないが、映画化や漫画化を指向しているこういう作品は向いているように思った。
宇宙への夢をひたむきにおいかけていた兄弟が大人になった2025年、JAXAの宇宙飛行士試験を通過した弟は世界の注目を浴びながら、いままさに宇宙へ飛び立とうとしている。一方で兄はつとめていた会社で上司に頭突きしてクビになり、悶々とした日々を送っている。そんな兄だが、ひょんなことからJAXAの1次選考試験を通過してしまったことをきっかけに、弟と同じ道を目指しはじめる。
この漫画はKoboで(も)読んだ。電子書籍版のマンガを体験するために、有名で未読だったこの作品をあまり期待しないで読み始めたのだが、諦めないことの大切さを教える内容に、かなり、ひきこまれて続巻をどんどん読むことになった。
宇宙飛行士というと頭脳も体力にも恵まれた特別なエリートが自力で競争に勝ってその資格を勝ち取っていくものというイメージがあったが、宇宙へいく人間も、それを選考する人間も、みな普通の人間である、みんなの情熱が宇宙へ人を運ぶのだという世界観が素晴らしい。この作品に影響されて宇宙飛行士になる子供がでてくるかもしれない。夢をはぐくむ内容。
Koboでの漫画もなかなかよい。ちょっと文字が小さいと感じるページはあるものの、電車内で漫画を読んでいると悟られずに楽しめるし、長編の漫画は置き場所に困るので、電子版はありがたい。
ところでKoboの現状のインタフェースではストア上で漫画が何巻なのか、巻数を確認できないという致命的な欠陥がある。早急に修正してほしい。
辻村 深月の直木賞受賞作。
『仁志野町の泥棒』
『石蕗南地区の放火』
『美弥谷団地の逃亡者』
『芹葉大学の夢と殺人』
『君本家の誘拐』
泥棒、放火、逃亡、殺人、誘拐。収録5作品はすべて犯罪と関係がある。
小学校の友達のお母さんが泥棒だったら。ショッピングセンターでふと目を離したすきにベビーカーがなくなっていたら。出身研究室の教授が殺されて犯人に心当たりがあるとしたら。平凡な日常の中にあらわれる暗い闇の淵へと落ちていく5人の女性が主人公。
生まれつきの犯罪者ではなく、自身の性格の弱さや偶然から、普通の人間が犯罪者に変貌していく"魔がさす"瞬間の描写が見事。映像的な場面展開もうまい。現実に起きた事件の再現ドキュメンタリみたいに思える生々しさを感じる。
そういえばこの小説は、だらしない、頼りない、デリカシーのない男性ばかりが登場する。その描写にとてもリアリティがあるのだ。キレるにしてもブチ切れて大乱闘するのではなく、鬱屈した男が陰湿にキレるみたいな。
ところでこれはKobo電子書籍版ではじめて読破した小説だった。短編集は電子版と相性がよい。
ちなみにAmazonではこのブログ執筆時点では売り切れで入荷待ちとなっている。直木賞受賞発表の直後だからだ。電子版は人気作品でも売り切れないのがポイントだと思う。短編が対象の芥川賞は受賞時に単行本未出版ということも結構多いが、電子版で発表と同時にでればもっと読者が増えるかもしれない。
両賞に限らず、受賞したのに読めない文学賞をなくす電子出版効果に期待。
この作家は、連載打ち切りになってしまった前作『必要とされなかった話』がつぼみだったとすれば、本作でついに花開いたと思う。世界観はよかったのに尻切れトンボに終わった前回と比べて、本作はテーマを語りきっており、文句なく面白い。
「世の中には、居場所を増やし続ける旅人と居場所を失い続ける旅人の二種類の旅人がいます。」。異界から現れる「にげまどうし」が案内するのは、居場所をみつける旅ではなく、永遠に居場所をうしない続ける旅だ。
なにをしてもうまくいかない日常から逃げたい青年、暴力的な家庭から逃げたい少女、職場で事故を起こしてそのまま逃げだした男、母親の過剰な期待におしつぶされそうな子供。現代社会で逃げ場がなくなるほど追いつめられた人たちが主人公の4作。
逃げ出したいと思っている人のところに「にげまどうし」は現れて、別の世界に連れていく。すると連れて行かれた人のことを人々は忘れてしまう。そんな人は最初からいなかったことになってしまう。逃げ出した人が後悔してもとの世界に戻りたいと思っても、その条件はとても厳しい。
にげまどうしは、逃げることを肯定する漫画だ。逃げ方を問題にしている。八方ふさがりになった現代において、孤独に逃げれば行き場がなくなる。誰かが一緒に逃げてくれるような発展的な逃げ方をしなさいというメッセージだと受け取った。
・必要とされなかった話
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/06/post-1246.html
2013年NHK大河ドラマのヒロイン新島八重の前半生を描いた小説。ドラマの原作ではない。
新島八重は同志社創立者の新島襄の妻となり、社会福祉活動に貢献して日本のナイチンゲールと呼ばれた人物。まだ女性の活躍に批判的な明治時代にあって、その勝気な性格と旺盛な行動力により、悪妻、烈婦と評されながらも、女性の社会進出への道筋を拓いた。民間人の女性としてはじめて政府から叙勲されている。
この小説作品は、八重が新島襄と出会う前の、少女時代から最初の結婚、そして八重自身が武器を取って参戦した戊辰戦争と籠城戦までを描いている。会津藩の砲術師範の家に生まれた八重は、男勝りの性格と腕力を持つおてんば娘で、女だてらに最新の砲術を学んで育つ。
幕末、朝廷と幕府の間で板挟みにされ、やがて薩長に追い詰められていく会津藩。遂に戊辰戦争がはじまり、八重の住む城下にも戦火が及ぶと、自ら銃を持ち、大砲部隊を指揮して、苦しい籠城戦を戦った。「幕末のジャンヌ・ダルク」とも呼ばれる。結局敗戦してすべてを失うが、決してあきらめず、明治維新後の激動の日本を力強く生きた。
女性らしいことが嫌いで「私は、どうして女に生まれてきたのでしょう」と嘆く少女八重だが。兄の友人に憧れたり、思わぬ人から告白されたりと、恋愛面も盛んで、ストーリーに華やぎを加えている。
八重とは直接絡むことはほとんどないが、会津藩をめぐる政治の動きの中で、佐久間象山、勝海舟、高杉晋作、西郷隆盛、坂本竜馬など幕末の偉人たちが多く登場する。ひとりの会津の女性から見た戊辰戦争、会津戦争という視点で歴史物としても魅力的な作品だ。
大河ドラマの序盤部の予習としてとてもよかった。
近年まれにみる傑作。アラビアンナイトの如く妖艶で純粋で煌びやか、そして力強い生命賛歌もありで、これまで味わったことがない漫画表現にクラクラきた。読後にスタンディングオベーションを送りたい気分になった。
大型本700ページ(2巻組)の米国発グラフィックノベル大作。ニューズウィーク誌「2011年度 絶対読むべき本10冊」、米国Amazonでランキング1位など、世界で絶賛されている作品が遂に日本語化された。
Habibiとはアラビア語で「私の最愛の人」という意味。
物語の舞台はいつの時代かわからないイスラムの王国。親に売り飛ばされた挙句、奴隷商人に捕まった9歳の美少女ドドラは、市場で出会った3歳の幼い黒人奴隷ザムをつれて、砂漠へ逃げる。
砂漠に埋もれた難破船で二人は母親と息子として暮らす。ドドラはときどき通りかかる旅の隊商を相手にひそかに売春をして生計を立てる。二人だけの静かな生活が何年も続くが、やがて思春期を迎えたザムはドドラに対して欲望を抱き始める。そしてザムは、母親のドドラがどうやって自分たちの生活に必要な食べ物を得ていたかの秘密を知ってしまう。
そして事件が起きて二人の蜜月は突然に終わりを迎える。ドドラは王宮のハーレムへ、ザムは厳しい流浪の旅へと向かい、二人の道は遠く離れていく。第一巻はドドラの物語、第二巻はザムの物語が主体。別れた二人の人生がやがて最愛の人を求める強い思いによって、またひとつになるまでの長い長い波乱万丈のドラマ。
エキゾチックさが最大の魅力だ。
イスラム教のコーランやユダヤ教の旧約聖書の説話×アラビア語の文字のカリグラフィー芸術×手塚治虫のマンガ的に苦悩する主人公×アメコミの表現手法など異種の文化が見事に融合している。みたこともない世界観をつくりだした。
コーランも、アメコミも、手塚漫画も、それぞれが豊かな世界観をもったホンモノなわけで、リミックスっていうことでもあるけれども、異文化の深いレベルでそういうことをやると、エキゾなすごいのがでてくる。異文化の底知れぬ深さをどう創造に利用するかが現代クリエイティブのテーマだなと感じた。
●アメリカでAmazonのベストブック第一位(2011年10月)
●「漫画界のアカデミー賞」アイズナー賞2012年ノミネート
●ニューズウィーク誌「2011年度 絶対読むべき本10冊」
など国際的に評価されている。
和製『ダ・ヴィンチ・コード』と呼んでよさそうな美術作品の謎をめぐる上質なミステリー。
大原美術館で監視員を務める早川織絵は、毎日、静かな館内に立ち、観客が作品に触れないように何時間も展示作品を見張っている。ある日、一介の監視員であるはずの織絵は、あったこともなかった館長に突然呼び出される。ニューヨーク近代美術館の有名キュレーター ティムブラウンが、日本で開催するルソー展の絵画貸出にあたって、織絵を担当にするように指名してきたという。織江にはかつてソルボンヌ大学で最年少で美術の博士号をとり、斬新な研究論文で学会を賑わせた天才研究者という隠した過去があったのだった。
20年前、織江とティムは、伝説の美術コレクターから、秘蔵作品の真贋鑑定を依頼された。7日間、スイスの富豪の館に泊まり込み、互いのキャリアをかけて直接対決をする。ルソーに関する未発表の重要資料を、毎日1章ずつ読み、アンリ・ルソーの『夢』そっくりの『夢を見た』の真贋を最終日に結論するというのが対決のルール。20世紀の美術史に秘められた謎を二人はその豊富な美術知識を使って解いていく。
『ダ・ヴィンチ・コード』と比べると、主題となる絵画も、館に閉じこもった展開も地味なのだけれど、ドタバタがない分、落ち着いて美術作品をめぐる知的な謎解きを楽しめてよかった。
山本周五郎賞受賞作。