Books-Fiction: 2012年2月アーカイブ

水の柩

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・水の柩
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最近の流行作家の中では道尾 秀介が好きだ。ミステリや猟奇も描くが、根底に温かいものがあって、裏切られない気がするから。これも見事な人間ドラマ作品だった。読後に残る余韻がある。秘めた嘘をめぐる成長と再生の物語。

「これは、私が転校してきてから、毎日毎日ずっと私にひどいことをしてきた人たちへの仕返しの手紙です。誰に、何をされたかを、私はここにみんな書きます。そのとき自分がどんなふうに感じていたかも、みんなここに書きます。まず、私をいじめた人たちの全員の名前です。」

旅館経営の家に育った中学2年生の逸男は平凡な自分の人生から抜け出したいと思っている。同級生の敦子は深刻ないじめにあっているが誰にもそれを告げられないでいる。ある日、逸男は敦子から一緒に小学校の校庭に埋めたタイムカプセルを掘り出してほしいと頼まれる。20年後の自分あてに書いた手紙を入れ替えたいのだという。敦子は復讐のためそこに自分をいじめていた級友の名前を書いていたのだった。

旅館の女将を引退した祖母のいくは、50年前にダムに沈んだ故郷の村に、秘めた思い出を残してきている。このダムへみんなで向かうシーンが途中に何度か挟まれる。逸男と敦子のエピソードとダムへ向かう一行の話とのつながりが最初はわからないのだが、章が進むごとに点と点が結ばれて線でつながっていき、最後は面として立ちあがってくる。少年少女の繊細な心理とサスペンスは直木賞受賞作の「月と蟹」に通じるところがある。

印象的なタイトルと表紙イメージも活きている。かなりおすすめ。

・光媒の花
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/07/post-1255.html
・月と蟹
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/02/post-1388.html

部屋

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・部屋
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世にも奇妙な幼児言葉の猟奇犯罪小説。ミステリ好きにおすすめ。

「ぼくはママと住んでいる。知っているのはこの部屋とテレビの世界だけ。なぜならぼくはこの部屋で生まれて一度も外に出たことがないから。」

"ぼく"は生まれてから5年間、誘拐されてきた母親とふたりっきりの部屋を出たことがない。幼児の言葉で綴られる一見穏やかな日常生活。天窓以外の窓がない狭い部屋だが、"ぼく"にとって優しいお母さんと水入らずで過ごせる安心の空間。それ以外の世界なんてしらない。不満や不安なんてあるはずもなかった。

「いい?≪テレビ≫に映ってるのは......本当のものの絵なの」
びっくり......び~~くり!そんなびっくりな話、はじめて聞いた。」

しかし、ある日、母親からテレビの中の世界が本当に部屋の外にあること、そして"日よう日のさし入れ"を持ってくる男の正体を知らされて当惑する。自分たちは悪い男に監禁されていたのだ。母親は決死の脱出計画もちかけるが、"ぼく"のほうはといえば慣れた部屋での生活が終わることのほうが気になる。

客観的には異常者による長期監禁事件と脱出計画。緊迫した状況であるが、その異常性を理解していない幼児の好奇心と想像力に満ちたおしゃべりで語られるので、読者はやきもきさせられる。ああ、"ぼく"それって相当ヤバいよと教えてやりたくなる。子供の世界認識がリアル。作者は子供の発達心理学を参考にしているらしい。文体も工夫している。(訳者もそれを巧妙に日本語に翻訳した)。

読む手に本当に汗をかくくらい緊迫する中盤までに続いて、後半では少しずつ外の世界の全体像を認識していく"ぼく"の成長も読みどころ。普通の子供は毎日少しずつ学んでいく過程をわずかな期間で与えられて、世界認識を急速に適応させていく。

こうした長期監禁事件は世界中で起きている。著者がこの事件の発想を得たのはオーストラリアのフリッツル事件(父が娘を24年間監禁し子供を生ませた)だそうだが、日本の事件も参考にしたという。

母親を主人公にしなかったアイデアがまずすばらしい。ストックホルム症候群みたいな大人の異常心理ではなくて、子供の心理や発達過程をテーマに描いたことで、極めてユニークな作品に仕上がっている。この先どうなっちゃうかわからない不安感の倍増と、悲惨な状況が続く長編だが希望を失わずに読める文体に活きている。

曾根崎心中

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・曾根崎心中
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人形浄瑠璃や歌舞伎で有名な近松門左衛門『曽根崎心中』を角田光代が翻案、初の時代小説として発表した。素晴らしい出来。まずはこれを読んでから浄瑠璃や歌舞伎を見るといい。感情移入しやすくなる。

曽根崎心中は江戸時代の大阪で起きた事件がもとになっている。天満屋の遊女の初と、醤油屋の手代・徳兵衛が出会い、激しい恋に落ちる。徳兵衛は働いて、初を身請けしようとするが、悪い友人に騙されて、すべてを失ってしまう。絶望した二人はあの世で結ばれようと心中をする、という内容。

この小説は主役の初の主観視点で描かれている。背筋に電気が走るような二人の出会い。男に惚れるなど愚かしいと思っていた初が、すべてを投げ出してもいいと思う運命の恋に落ちていく、女心の変化。現代小説の手法で、300年前の作品を現代人の共感を呼ぶ作品として見事につくりかえてしまった。

ふたりが育む愛情や天満屋や女郎友達とのそれなりに温かい関係の明るい部分と、逃亡女郎の陰惨な折檻や、少女時代の厳しかった人間関係、剃刀を使った心中のシーンなど暗くてじめじめしたシーンのコントラストがすごく官能的。

冗長に思える部分がまったくなくて、とてもピュアに短く激しい悲恋を描いている。原作の翻案が大成功している。

・ツリーハウス
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/post-1498.html
角田光代の大傑作長編。

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