Books-Fiction: 2011年12月アーカイブ
「一介の武士にすぎなかった清盛が、いかにして太政大臣にまで昇りつめ、歴史を動かすに至ったのか。その人物像を具体的なイメージとして描きたいというのが、この作品を書こうと思い立った動機である。この作品は小説のようなスタイルとなっているけれども、なるべく史料に沿って歴史的な事実を再現し、政治的なメカニズムが読者に伝わるように配慮した。従って完全なフィクションではなく、評伝といっていいものになっている。」(文庫版あとがきより)
大河ドラマの予習はしたいがネタバレするから原作は読みたくない。別の小説で清盛について理解を深めたいという人におすすめ。芥川賞作家 三田 誠広が2000年に史料重視で書きあげた作品。権謀術数で入り乱れる多数の登場人物たち、めまぐるしく変転する政治状況を、長編歴史小説にまとめた。人物の内面を描くことは重視されていないが、かなり正確に人間関係や事実関係が反映されている。院政や摂関政治とはそもそも何かという知識も自然に頭に入るように書かれている。
清盛の時代、頂点であるはずの天皇は名ばかりで、天皇の母方の祖父の関白、天皇の実の父の上皇、武家の長である清盛らの駆け引きで政治は動かされている。彼らが頼りとする陰陽道の学者や寵愛を受ける女御たちも大きな影響力を持っていた。
日本という国は昔からひとりの独裁者というのを許さない国だったのだなと思った。アレキサンダーとかナポレオンとかチンギスハーンみたいな強すぎる独裁者は出てこない、調整能力と集団意思決定が好きな国なのだ。そんな複雑な人間関係の力学の中で、天皇の御落胤かもしれない自身の出自を巧妙に使ってセルフブランディングして、権力の階段を登りつめていったのが清盛であったようだ。
・平清盛 -栄華と退廃の平安を往く-
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/12/post-1565.html
・平家の群像 物語から史実へ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/10/post-1533.html
・「平家物語 あらすじで楽しむ源平の戦い」と「繪本 平家物語」
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-823.html
・安徳天皇漂海記
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/09/post-445.html
平家物語のバリエーション。
・琵琶法師―"異界"を語る人びと
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1034.html
・小説 ファイナルファンタジーXIII-2 Fragments Before
ファイナルファンタジーXIII-2のファンで小説が好き向け、相当に読者を選ぶ作品であるが、ゲームのノベライズ作品としては品質が結構高いので、期待して読む人は満足できる内容。
XIIIのときに出版された『エピソード0 -約束-』と同じで、XIII-2の本編ゲームシナリオが始まる直前のエピソードを描く。だからこれを読むことでゲームのネタバレはなくて、むしろ感情移入がしやすくなるように設計されている。
ファイナルファンタジーの物語は独自の世界観が構築されていてとても複雑である。XIIIは特に話がややこしかったが、XIII-2はさらにタイムトラベル要素が加わる。前作の終盤部の復習からはいるのにこの小説がいいと思う。相当、本編に対する伏線も隠されていそう(これを執筆時点で私はXIII-2は導入部分2時間程度やった段階なのでよくわからない。)
ヴァニラ、セラ、スノウ、ホープの父、ノエルの視点で語られる5本のエピソードが収録されている。ホープの父と臨時聖府代表のリグディの章は、ゲーム本編ではあまり扱われなさそうな政治ドラマが印象的だった。
この小説は、最後が
"To be continued
Final Fantasy XIII-2 Fragments After"
という記述で終わっているがAfterも出るのだろうか?
・小説 ファイナルファンタジーXIII エピソード0 -約束-
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/01/-xiii-0.html
・ファイナルファンタジーXIII-2 ワールドプレビュー
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/12/iii2.html
・ファイナルファンタジーXIII オリジナル・サウンドトラック(初回生産限定盤) [Limited Edition]
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/05/xiii-limited-edition.html
・ファイナルファンタジーXIII
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/01/2010xiii.html
京極夏彦のデビュー作。京極堂シリーズはここから始まった。
雑司ヶ谷の古い産院の娘が20か月も妊娠したままでいるという。そして夫は自宅の密室で謎の失踪を遂げている。事件の解決を依頼された主人公らが、病院に巣食う魑魅魍魎と対決する推理ミステリの傑作。
「仮想現実と現実の区別は自分では絶対につけられないんだよ、関口くん」
冒頭で主人公の関口と、その友人で古本屋を経営する陰陽師 京極堂の小難しい哲学問答が延々と100ページも続く。なかなか事件の話にならないのだが、この問答が心脳問題に深く踏み込んでいて、小説の一部だということを忘れて読みふけるほど読み応えがある。
「つまり人間の内に開かれた世界と、この外の世界だ。外の世界は自然界の物理法則に完全に従っている。内の世界はそれをまったく無視している。人間は生きて行くためにこの二つを巧く添い遂げさせなくちゃあならない。生きている限り、目や耳、手や足、その他身体中から外の情報は滅多矢鱈に入って来る。これを交通整理するのが脳の役割だ。脳は整理した情報を解り易く取り纏めて心の側に進呈する。一方、内の方でいろいろ起きていて、これはこれで処理しなくちゃならないのだが、どうにも理屈の通じない世界だから手に負えない。そこでこれも脳に委託して処理して貰う。脳の方は釈然としないが、何といっても心は主筋に当たる訳で、いうことを聞かぬ訳にいかない。この脳と心の交易の場がつまり意識だ。」
こういう議論が好きな人で、怪奇ミステリが好きな人にはたまらない600ページの超長編だ。最初の100ページ読んでみて好きなら最後まで読んで間違いない。逆にぴんとこない人はそこで止めるのが正解。
文士の関口、古本屋の京極堂、探偵の榎木津らが奇怪な事件の複雑な全容を解明していく。3人とも主役を張れるくらいキャラが立っていて、その後のシリーズ化は既定路線だったのかもしれないなあと思った第一作。
・化けものつづら―荒井良の妖怪張り子
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/09/post-630.html
京極夏彦の表紙と言えばこの作家。
すごい傑作が誕生する予感の第一巻。
『がきデカ』の山上たつひこが原作、近年は『アイ』や『かむろば村へ』で傑作を出している『ぼのぼの』のいがらしみきおが作画。ふたりのギャグ漫画巨匠が取り組んだ青年漫画。
かつては海上交易で栄えた魚深市。いまは住民の高齢化、企業の撤退、過疎化、人口流出が進み人口は13万人に減っている。
魚深市長は、凶悪事件の受刑者11人を市に受け入れることを決めた。公共事業が減る中で出所者の社会復帰にかかわる事業は成長を見込めると考えたのだ。受刑者の更生政策をすすめたいという国の思惑もあり、受け入れ自治体への特別交付金も見込める。市長の先祖は江戸時代に多くの囚人の更生の面倒を見たことで知られる地元名士でもあったこともあって更生促進に特別な使命感を持っている。
極秘の試行プロジェクトなので、受刑者を受け入れることは市民には一切知らせない。受刑者にも誰が他の受刑者なのかは教えない。市長は親しい友人の市民3人に世話役としての協力を依頼して、密かに受け入れを開始する。
市にやってくる受刑者たちは表面的には更生しているものの、強盗殺人、強姦魔、詐欺、恐喝傷害、覚醒剤、窃盗、誘拐、殺人死体遺棄など、ひとり残らず相当ヤバイ過去を持っている。情緒不安定が露見するものもいる。
受刑者たちは知ってか知らずか、町のあちこちでつながりはじめる。性質のよくない新聞記者も、市長まわりになにかあるなと嗅ぎつけてきた。愛を持って取り組んだプロジェクトであったが、しだいに不穏な空気が漂い始める。そしてもうすぐ運命の「のろろ祭り」の日が近づく。
ということで、まだ物語の本筋もみえないが、極めて面白そうな展開が期待できる予告編みたいな一巻であり、二巻は2012年の夏ごろとのこと。
・かむろば村へ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/09/post-1513.html
・【アイ】 第1集
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/i-1-1.html
人づきあいが苦手な校閲者の女性が主役の恋愛小説。
校閲というのは他人が書いた文章から間違いを発見する地味な仕事。校閲者は読むだけであり、自分の言葉で語ることは決してない役割。孤独な主人公の冬子は暇つぶしにカルチャーセンターへ出かけ、そこで初老の教師三束と出会い、自分の仕事をこう説明する。
「はい。つまり、...どんな場合であっても、その文章にのめりこんだり入りこんだりすることは、校閲者には禁じられているんです。」
「...なので、わたしたちは物語をどれだけ読まずに...、もちろん校閲ですから、あらすじや前後関係や時系列なんかは徹底して読まなくちゃいけないんですけど、とにかく、感情のようなものはいっさい動かさないようにして、...ただ、そこに隠れてある間違いを探すことだけに、集中しなくちゃいけないんです。」
冬子は三束が異性として気になるが、彼は教師らしく紳士的な態度を崩さない。指一本触れずにときどき会って喫茶店で上品な会話をするだけの二人。表面上は何も起きないが、抑制された感情の水面下で、少しずつ芽生えていくプラトニックな恋愛感情を、静かに淡々と描く。展開が速い恋愛小説が多い中で、とてもスローなのが逆に新鮮に感じる。
ただでさえ他人との距離の取り方がわからない主人公が、年の差のある異性との関係に、不器用にふるまう様子は、誰にもある初恋の頃を思い出させる。
不思議な文体で話題になった芥川賞受賞作『乳と卵』、壮絶ないじめを描いた『ヘヴン』、そして純粋な恋愛小説の『すべて真夜中の恋人たち』。川上 未映子の引き出しの多さにおどろき。
・乳と卵
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/12/post-1552.html
・ヘヴン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/12/post-1132.html
文字がない大人の絵本の大傑作『アライバル』のショーン・タン最新作。
今回は長文のテキストとイラストの短編集だ。
町のはずれに住んでいて人間が相談すると向かうべき道をおおざっぱに指し示してくれる水牛の話。異次元から来た影絵の小人のような姿をした交換留学生のホームステイの話。町をうろつく潜水服の男の話。みんなが書いて読まれずに終わった詩の言葉が集まって、雪だるまのようにふくらんでいく話。家の庭に突然巨大なジュゴンが寝転がっていた話。家の屋根裏が別世界の中庭とつながっている話。どこかで当たり前のように異世界とつながっている日常を描く幻想譚。
一番印象深かったのは『棒人間たち』。町のそこかしこにいるけれど大人は気にとめない謎の生物 棒人間。こどもたちは正体不明の存在が気になって、いたずらしたり壊したり。人はふと「何の理由があってここにいるのだろう?」と棒人間をみつめるが、実は棒人間たちだって人間に対して同じ問いかけをしたいのではないか?という考察で終わる。
ショーン・タンは中国系マレーシア人の父とアイルランド・イギリス系移民3世の母を持つ1974年生まれのオーストラリア人。前作『アライバル』と同様に異文化体験、多様性と包摂の本質を語っている作品が特に素晴らしいなと思う。
額に入れて飾りたい絵が素晴らしいが、岸本佐知子氏の翻訳による名文も光っている。
・アライバル
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/post-1499.html
余命幾ばくもない父だけが残った実家で、息子の亮介は誰が書いたのかわからない古いノートをみつける。「ユリゴコロ」と名づけられたノートには、一人称で猟奇殺人の記録がびっしりと綴られていた。なぜ父はこんなノートを隠し持っているのか。これは誰が書いたものなのか。ここに書かれているのは事実なのか。亮介は4冊にわたる内容を読み進めるうちに、忌まわしい家族の秘密を知ってしまう。
心の闇を抱えた子供時代から次第に邪悪な猟奇殺人鬼へと変化していく手記「ユリゴコロ」ノートが、読者を暗い闇に吸い込む。家族の狂気は自分にも宿る。倫理も法律も超越した絶対的な愛。亮介は裁けない罪があることを知る。この劇中劇だけでもかなりミステリとして高評価に値するが、さらに亮介の現実と内容がリンクしていき、後半で物語は予測不能な展開を見せる。
最初から最後まで不穏な緊張感が持続する。ミステリとしての驚かせる仕掛けも成功している。間延びすることなく一気に読めた。系統としては湊 かなえ『告白』みたいなかんじといえるか。映画化しても面白いかもしれない。
・猫鳴り
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/01/post-1373.html
こちらも沼田 まほかる。作品。
昔、小説の原作を読んだ時以上にマンガ版で興奮している自分に驚く。
木星の衛星・ガニメデで発見された謎の宇宙船を目指す第一線の科学者たち。長い旅程で地球に5万年前まで月がなかったというとてつもない仮説を検討する。そして太陽系にもうひとつの幻の第5惑星ミネルヴァの存在が浮かび上がる。第1巻、月面で見つかった深紅の宇宙服をまとった死体はミネルヴァに由来するものなのか。前半は科学者たちの議論が長く続くが、圧倒的な画力で飽きさせない。
ついにこの巻では、科学者チームがガニメデに到着して、100万年前に消えた宇宙人ガニメアンと遭遇する。そのガニメアンの造形が素晴らしい、素晴らしすぎる。西洋、東洋の古代神話の異形の神々や魑魅魍魎を描き続けてきた作家だけあって、いかにも人類の神話に巨人伝説として残っていそうな、深層意識を刺激するデザイン。星野之宣が描く理由が十分にあると思った。
原作小説。
・星を継ぐもの
この物語は雑誌ビックコミックで連載中だが、7月に第1巻、12月に第2巻が出た。次は春か。来年内には完結する、かなあ。楽しみ。第一巻を読んで傑作の予感がしたが、第二巻で傑作確定である。
星を継ぐもの
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/07/post-1470.html
2008年に新たな言語感覚で話題になった川上 未映子の芥川受賞作。今頃ですが文庫で。
東京に棲むひとりぐらしのわたしのところへ大阪から姉の巻子とその娘の緑子がたずねてくる。もうすぐ40歳の巻子は、ホステスをしながら母子家庭の生計をたてているが、この夏、豊胸手術がしたくて上京してきた。久々に会う緑子は言葉を話さず、親と筆談でコミュニケーションをしている。親子関係はうまくいっていないらしい。
「卵子というのは卵細胞って名前で呼ぶのがほんとうで、ならばなぜ子、という字がつくのか、っていうのは、精子、という言葉にあわせて子、をつけてるだけなのです。図書室には何回か行ったけど本を借りるためになんかややこしくってだいたい本が少ないしせまいし暗いし何の本を読んでるのんか、人がきたらのぞかられうしそういうのは厭なので、最近は帰りしにちゃんとした図書館に行くようにしてる。パソコンも好きにみれるし、それに学校はしんどい。あほらしい。いろんなことが。」
一文が数ページも続く文章。最初は読みにくいのでは?と思ったが、独特のリズムを持っていて、慣れてくるとユーモラスで親しみやすく感じた。標準語の"わたし"の地の文と巻子の関西弁の会話、言葉を話すことができない緑子の、幼くて少し情緒不安定な手紙の文体。標準語×関西弁×こどもの内面の不思議語のリミックス文体がこの作品の魅力。朗読作品にしても面白そう。
併録された『あなたたちの恋愛は瀕死』は都会で疲れた女と、ティッシュ配りの男の不可能な関係性を描く滑稽な短編。人間がいっぱいいるのに、関係性が希薄な都会の雑踏では、一方的な思い込みで、話したこともない相手に対して、恋愛感情とか敵対感情とかを持ってしまう。つながりまくりの時代には、逆につながらないことがドラマになる。