Books-Fiction: 2011年11月アーカイブ

澪つくし

| | トラックバック(0)

・澪つくし
51iEOAJf8UL.jpg

うまいなあ。駄作、普通作がない。傑作のみで構成された心霊恐怖短編集(8本収録)。日本的怪異をテーマにしたホラーが好きな人にはとてもお買い得な文庫本だと思う。

人の死をきっかけに見えないものが見えるようになってしまう人たちの話が多い。

一人称の緻密な心理描写にひきこまれていくと、中盤で実は現実に起きていることは違うとわかったり、見えないものが見える自分が正気なのか狂気なのかわからなくなったり。読者の感情移入先の状況が二転三転して、何が本当なのかわからなくなる。そんな巧妙なストーリーテリングが味わえる。短編とは思えないしっかりした物語感。

こういう心霊ホラーって一般的には、霊が出るか出ないかくらいが一番怖くて、出ちゃってからの展開はあんまり怖くないのが普通である。だから出るか出ないかで止めておくホラーって多いのだ。だが、この作家の場合、モロに出しちゃってからも、別の次元での怖さを醸し出していく。

私は家を捨てた女が子供の死をきっかけに里帰りする『彼岸橋』が好きだなあ。古い田舎の村の因習にとらわれて渡れない橋というモチーフが魅力的。それからヨット遊びに興じる都会のヤンエグたちが、海辺で障害を持つ青年と出会う『ジェリーフィッシュ』は、単なるホラーに終わらず現代人の深層心理を描いていていい。そして冒頭の『かっぱタクシー』は、どんでんがえしのどんでんがえしみたいな感じで完璧にヤラレマシタ、降参です。1998年第37回オール讀物推理小説新人賞をとったデビュー作『雨女』も収録されている。表題作の『澪つくし』はその続編。受け継ぐシャーマンの血のもたらす因果が悲しい。
冬だけどホラー。おすすめ。

ハーモニー

| | トラックバック(0)

・ハーモニー
21JMwi4R89L.jpg

いきなり冒頭が感情をコンピュータが読み取り可能にするための

<?Emotion-in-Text Markup Language:version = 1.2:encoding = EMO-590378?>
<!DOCTYPE etml PUBLIC :-//WENC//DTD ETML 1.2 transitional//EN>
<etml:lang = ja>
<body>

というマークアップ言語で始まって、わかるひとにだけわかればいいという著者 伊藤計劃の創作意図が伝わってくる。フィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞したグローバルでも通用した本物のハードSF。

21世紀後半、医療技術が究極の進化を遂げて、人は病気で死ななくなった。体内に健康状態をモニターするナノロボットWatchMeを注入して、異常があればメディケア機構がはたらいて分子レベルで治してしまう。老朽化した器官は人工臓器ととりかえてしまう。

かつて人類が"大災禍"を経験してからは、健康が人類共通の最高にして最大の価値となり、政府は解体され、WHOが発展した医療合意共同体"生府"機関が世界を統治するようになった。生命主義はあらゆる争いをなくし、人類にはじめて完璧な調和(ハーモニー)をもたらしていた。

完璧なユートピア社会は、ある意味では不自由な社会だ。たとえばこの世界では万人が体内から完全に監視されていてプライバシーといえるものがなくなっている。人類の健康が最大にして唯一の価値であり、その他の価値観は認められない。

そのユートピア的な世界にWatchMeを体内に入れる前の少女3人が登場する。あまりに完璧な世界に対して違和感を覚えた少女たちは抵抗を試みる。完全なハーモニーにおける不協和音としての、自由意志を持った人間の抵抗の物語である。

テクノロジー要素が強調されたハードSFなので、一般読者と言うよりも、SF好きに向けた本である。読み応えたっぷり。

第30回日本SF大賞受賞
「ベストSF2009」第1位
第40回星雲賞日本長編部門受賞

・虐殺器官
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/09/post-1520.html

・コンニャク屋漂流記
71esmayEh8L._AA300_.jpg

「これはコンニャク屋と呼ばれた漁師一族の漂流記である」

2001年『転がる香港に苔は生えない』で第32回大宅壮一ノンフィクション賞受賞した女性作家が先祖たちの軌跡をたどる。一族の古い墓に刻まれた見知らぬ名前を発見して、正体を調べていくうちに、五反田(東京)、御宿・岩和田(千葉)、加田(和歌山)を結ぶ400年のザ・ルーツの壮大な物語が浮かび上がってくる。

「私は町工場の娘であり、漁師の末裔である。祖父は外房の漁師の六男で、祖母はやはり外房の農家の侍女だった。祖父が東京に出て町工場を始めたため、いうなれば漁農工が三分の一ずつといったところだろう。在京漁師三世。あるいは漁師系東京人三世といった感じだろうか。体のどこかに漁師の血が流れていることは感じる。」

古いものが好きな著者は、生まれ育った五反田の町工場が消えていく様子を悲しく思う。祖母の他界を機に、祖父が晩年に書き遺していた手記をたよりにして、房総半島の漁師町 岩和田をたずねる。すべてが消えてしまう前に一族の歴史を書きのこすために。土地に残る伝承や記録から、徳川家康の時代の先祖の様子が垣間見える。そしてルーツはさらに奥へたどれることがわかる。房総には紀州と同じ地名がいくつもある。数百年前に紀州の多くの漁民が、房総へ移民した記録が残っているのだ。紀州の取材旅行でコンニャク屋400年の漂流記が完結する。

この著者、文章の端々に、物書きとしての自分が一族の物語を書き遺さなければいけないという強い使命感が感じられる。同じ物書き指向の私としてはすごく共感してしまうところがあった。私もいつかこういう一族にとっての記録係をしたいなあ、と思うのだ。

3年に渡って雑誌に連載された記録なので、10ページで一話進むスタイルだから長編でも読み進めやすいのもよかった。

読んでいて似ている本を2冊連想した。ルーツをたどる傑作ノンフィクションというと、中国残留孤児だった父の半生を追った『あの戦争から遠く離れて』(城戸久枝)が印象に残っているが、むしろ、フィクションだが新宿にある大衆中華食堂の三代に渡る家族の歴史を書いた『ツリーハウス』に、この本の内容は近い気がした。

・あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/12/post-683.html

・ツリーハウス
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/post-1498.html

なまづま

| | トラックバック(0)

・なまづま
516wMgi-HQL._SL500_AA300_.jpg

日本中に繁殖した激臭を放つ粘液状生物ヌメリヒトモドキ。下等生物のようにみえるが、人間の感情や記憶を学習する能力があることがわかってきた。適切に情報を与えると、ドロドロの生臭い粘液が、人間のようにふるまうことがあるのだ。国の秘密研究所に勤務する主人公は、自宅浴室に密かにヌメリヒトモドキを閉じ込めた。死んだ妻の髪を餌として与え、思い出の日記を読み聞かせる。何度かの"融合"を繰り返しながら、異形のヌメリヒトモドキは、最愛の妻のイメージに近づいていく。

生臭くてヌルヌルでドロドロで低レベルの知能。五感フル稼働で生理的嫌悪感を誘うヌメリヒトモドキの不気味な生態がユニークだ。極度に内向的な主人公の心理描写が、共同生活をすすめるにつれて、不穏にテンションを高めていき、どんなカタストロフに落ちていくのかと飽きさせない。

第18回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作である。同賞受賞系では『姉飼』『粘膜人間』と同じ系統だ。この作品もまたおぞましい。グロテスク。不気味。残忍。悪趣味。しかし読み始めたら止まらない暗~い魅力がある。著者は1987年生まれだそうだけれども、これからが楽しみな才能。

・姉飼
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/12/zoz.html
・粘膜人間
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-948.html

このアーカイブについて

このページには、2011年11月以降に書かれたブログ記事のうちBooks-Fictionカテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブはBooks-Fiction: 2011年10月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.1