Books-Fiction: 2011年5月アーカイブ

ストーリー・セラー
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プレゼントを摸した表紙装丁が目を引いて手に取った。

重いテーマを軽い文体で書く現代的なノリに、メタレベルの仕掛けでひねりを加えた娯楽性の高い恋愛小説。たった一人の愛読者のために命を削って作品を書く作家というモチーフが、Side:Aでは男性視点とSide:Bでは女性視点で、転調しながら繰り返される。ちょっと泣ける、重たくないのを読みたい人向け。

そしてこの小説は原稿を書く仕事をしている人に特におすすめ。

作家志望の女性は、誰にも見せたことがなかった自作小説を、会社の同僚男性に密かに読まれて、心をレイプされたかのようなショックを受ける。しかし作品に対して"作家殺し"な褒め言葉を言われると思わず頬が緩む。愛読者には冷たくできない。細かなところで、物書き特有の心理描写がとてもリアルに描かれていて、そういうのってあるあると共感する個所がたくさんあった。

Side:Aの完成度が高くて単体でも良い恋愛作品だ。Side:BはAの話をネタにして、不思議な展開に読者を引きこんでいく。この話どうなっちゃうんだろうと読ませる仕掛けが満載の実験的作品。

『イニシエーションラブ』とか好きな人にもいいかも。

・竜が最後に帰る場所
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やっぱり恒川光太郎はいいなあとしみじみ納得の奇想短編集。どの話も、考えたこともないユニークな異世界設定へずぶずぶと引きずり込まれる体験ができる。

『風を放つ』
アルバイト先の先輩の彼女と秘密の通話をはじめてしまったぼく。彼女はいう。「あたし、恨んだ相手を殺せるんだ」。

『迷走のオルネラ』
義父からの虐待によって歪められた少年の心が生み出す戦慄ダークファンタジー。

『夜行の冬』
冬の静かな夜に聞こえるシャランという鈴の音と雪を踏む音。「夜行」様が来る。
 
『鸚鵡幻想曲』
この世界の奇異な印象のものを解放して回っているという謎の男アサノには「擬装集合体」を見分ける力があるという。

『ゴロンド』
不思議な生物ゴロンドは、池の中の半透明の膜を破って、広い世界へと生まれ出た。

連続しない5つの話があるが、1話ずつだんだんと異世界度が上がっていく。冒頭の『風を放つ』は完全に現実世界の話とみなせるが、最後の『ゴロンド』は完全に異世界の話である。私は現実と異界の真ん中に位置する『夜行の冬』が一番しびれた。

・草祭
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/12/post-894.html

・秋の牢獄
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/07/post-776.html

・雷の季節の終わりに
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/11/post-489.html

・夜市
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004796.html

・ふがいない僕は空を見た
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不倫主婦の求めに応じてコスプレ・セックスに励む高校生斉藤卓巳の話で始まって、卓巳をおいかける女子高生の視点、不妊に悩む不倫主婦の視点、高校の先生の視点、アルバイト先の先輩の視点など、卓巳の周辺をめぐる話でぐるっと一周する構成。第一話の『ミクマリ』が第8回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞を受賞して、二話以降が続編へ発展していったという経緯を持つ連作短編集。

登場人物たちは変態性欲だったり、不妊症だったり、貧乏だったり、複雑な家庭事情を持っていたりで、それぞれの葛藤をかかえている。危ういバランスの上で平穏な日常生活が営まれている。そこへ卓巳と主婦の行為が暴露されて波紋が広がっていくことでドラマが生じる。

登場人物たちは心に闇の部分を持っているけれども、それぞれが精いっぱいに生きていて、共感できる部分が多い。きれいごとだけじゃないからリアリティがある。普通って何だろうか。メディアが正常と異常を分けているだけで、現実世界では、誰しも少し異常で歪んでいるのが普通なのじゃないか。

ちょっぴり、情けない、みっともない、ふがいないのが本当の人生。

業の深い人間のドラマが、自然分娩を勧める助産院の周辺で起きるという設定もまた、力強い生の肯定へとつながっていく。過激な展開が多い割に、まっとうに励まされたような温かい読後感。

蕨野行

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・蕨野行
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映画化もされた「姥捨て山」モノの傑作。「龍秘御天歌」の村田喜代子。

押伏村では60歳になった老人を蕨野という丘へ送る。粗末な小屋でひと冬を過ごせるかどうかを試す。ちょうど60を迎えるヌイは仲の良い嫁に、村の秘密の掟を教える。

「ヌイよい。 弱え年寄はワラビ野にては、命保たぬなり。かならず死に尽きて有るやちよ。このようにして六十の齢のジジババを、ふるいにかけて選るなり。命強く生きる年寄は残し、弱え年寄は早々に逝かせるべしよい。六十の関所と申すはこのことにて有るやち。 数年に一度くる凶作はどのようにしても免れずば、若え者、小児の糧をばワラビのジジババの命と替えて養わんか。昔からの押伏の知恵はこの法なり。されば他村に秘し、里の内の若え者等にも明かさずにきたるやち。」

ヌイよい。

お姑よい。

と互いへの呼びかけですべてのパラグラフが始まる。

現実には接することができない嫁と姑の、テレパシーのような魂の往復書簡のなかで明かされる9人の老人の生きざまと死にざま。社会の限界と可能性と両方を明らかにする寓話的な物語。

この作品は辺見庸が解説を書いているが、チェルノブイリの話がでてきて驚いた。

「それは、ウクライナはチェルノブイリ原発二、三十キロ圏の、立ち入り禁止区域となっている村でかつて出会った年寄りたちである。見渡す限り無人の雪道で、なにかの影のように蹌踉として歩いていた。それが『蕨野行』の風景に重なって見えるのだから妙なものだ。1986年の原発事故でいったんは住民の全員が疎開した。ところが、どこの疎開先も物価高で、一家の生活がままならない。老人は若者より放射能の影響が少ないと信じられている。で、子供や孫と離れて、千年は住めないといわれる立ち入り禁止区域に老人ばかりが続々戻ってきた。実質的な口減らしである。彼ら彼女らは、外国から食料援助が届いても食べずに、疎開先の孫らに送っていた。放射性物質が濃く漂う空の下で、細々と汚れた畑を耕し、緩慢な死を待つ。が、夜ともなると、自家製酒を飲み交わし、自棄ともまがう活気を呈するのである。」

姥捨て山は伝説だが、これは現実で恐ろしい。

・デンデラ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/10/post-1095.html
棄てられた老人集団が村を襲撃しようとするデンデラもよかったですが。

WORLD WAR Z

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・WORLD WAR Z
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これは抜群に面白いのでおすすめです。

死者がゾンビになって人間を襲う謎の疫病が、中国奥地で発生して世界中へ感染を広げた。ゾンビに襲われた人間もまたゾンビになっていく無限増殖に、人類はほとんど滅亡直前まで追い込まれた。しかし、残された人類は不屈の精神と決死の作戦の展開により形成は逆転する。長い戦いの末にゾンビとの戦いに遂に勝利して、再び文明社会を構築し始めた。人々はその戦いをWorld War Zと呼んだ。

World War Z後には戦争の正史として「国連戦後委員会報告書」がまとめられた。編纂委員の一人は最終版を読んで、事実とデータのみが残され、戦いに関わった人々の心の葛藤や感動エピソードなどの人間的要因がすっかり削られていることを残念に思った。彼はもうひとつの人間的な歴史書を書くために、世界各国の兵士、政治家、実業家、主婦、オタクなど幅広い人たちに、World War Z当時の個人的な体験談を聞きとった。この作品は報告書であり、100人を超える個人の回顧談が時系列で並べられている。およそ数ページの聞きとり取材記録で全体が構成されている。

ディティールの積み重ねが圧倒的リアリティを生み出している傑作といえる。

著者のマックス・ブルックという作家は、本作以前に「ゾンビサバイバルガイド」というゾンビが大量発生したらどうしたらいいかの詳細マニュアルを書いているゾンビオタクである。世界各国のあらゆる立場の人間が、ゾンビ出現に対してどのように対処するか、リアリティをもって記述できたのは、数千時間に及ぶであろう妄想の蓄積があったからに違いない。

ブラッド・ピットが映画化権を獲得して制作中であるとのこと。本書では100人のインタビューであり、100回くらい視点が変わるわけだが、映画ではどう構成されるのかが非常に気になるところ。

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