Books-Fiction: 2010年11月アーカイブ

・花火―九つの冒涜的な物語

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サマセット・モーム賞を受賞し、ブッカー賞の審査員もつとめたイギリスの作家アンジェラ・カーターの短編集。アンジェラは1969年から数年間、日本に滞在した経験がある。この作品集には、現代的な日本、伝統的な日本、「ガイジン」から見たエキゾチックな日本のイメージが散りばめられている。9本あるがゴシックとポルノ風味の幻想文学が多い。

アンジェラは飽くまで「ガイジン」の立場で日本を異質なものとして見ている。作家の分身らしきイギリス人女性が主役の作品では、日本人男性と愛し合い交わるが、決して同化しようとはしない。ヨーロッパ的感性から見た日本文化論として読める部分もある。

「この国は偽善を最高の様式まで高めた。侍を見ても、殺人者だとは思わないし、芸者を娼婦だとは思わない。こうした侍や芸者の壮麗さはほとんど人間離れしている。彼らは偶像の世界にのみ生きていて、そこで儀式に参加している。その儀式は、生きることそれ自体を馬鹿げていると同時に心を動かす一連の荘重な身振りに変えてしまうのだ。」(日本の思い出)

日本に限らず異文化とは、異質なものの目からは「偽善の最高の様式」に見えるものなのではないだろうか。作品中には日本の周縁文化が多く取り上げられている。刺青、盆栽、ラブホテル、花火、文楽、浅間山荘事件。アンジェラというイギリスのゴシックオタクが、日本のゴシックに通じるものを感じて、物語が生まれていく。同時にそれは違和感の連続でもある。

「...この街の暮らしは外国人にとって、夢の謎の持つ透明さ、読み解くことができない透明さを持つように思われる。そして、それは自分で見ることのできないような夢である。よそから来た者、外国人は、自分を掌握していると思っている。だが、実際は、誰か他人の夢の中に投げ込まれているのだ。」(肉体と鏡)

「ガイジン」のガイジンによるガイジンのためのエキゾチックジャパンを、敢えて日本語に翻訳したときの違和感を楽しむ。刺激的で不思議な9編の短編集。

赤い人

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・赤い人
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最近はまっている作家 吉村昭。これも得意のドキュメンタリ小説。

明治14年、北海道の石狩川上流の未開の地に、重罪人や政治犯を収容する大規模な集治監(現在の刑務所)の設置を政府が決定した。そこは冬期は積雪で町との交通が閉ざされる極寒の地。建設には40名の屈強な囚人が選ばれて、到着まで何も知らされないまま、過酷な現場に投入された。

自らを監禁する牢屋の建設を命がけでやらされる囚人たち。人権を無視した厳しい労働と規則。満足な食料も衣服も与えられず、冬期になると極寒による凍傷で手足をなくすもの、栄養不足で死ぬものが続出する。当然のことながら、囚人たちは殺気立ち、看守を殺傷したり、脱獄を試みるものも現われる。

当時の囚人に人権などなかった。不可能な逃亡の末に捕まれば、厳しい制裁が加えられ、その後も鉄の重りを足につけられた。抵抗すればその場で切り刻まれて、晒しものにされた。実は看守たちも必死であった。凶暴な囚人に狙われている上に、少しでもミスがあれば厳罰が課されるルールで統制されていたのだ。

囚人と看守の感情的な対立の深さは社会的背景にもあった。政治犯の多くは明治維新で幕府側についた藩士たちだった。一方、若い看守たちは新政府に登用された勝ち組の藩の下士出身であった。隔離された閉鎖空間で、彼らの残酷な仕打ちと報復が繰り返された。

そして多くの犠牲者を出しながら囚人たちは集治監を建設する。この小説は、集治監の建設(1881)から、その廃止(1919)に至るまでの38年間までを、刑務官側と囚人側の代表的な人物たちのエピソードを軸に語る。

囚人たちは逃亡時に目立つように赤い服を着せられていた。だから「赤い人」。淡々とした記述で恐ろしい事実が書かれている囚人残酷物語と、外の世界では着々と近代化がすすめられていましたという歴史背景の説明が同時進行する。面白い。

・羆嵐
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/10/post-1313.html
・高熱隧道
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/12/post-678.html
吉村昭のドキュメンタリと言えばこれもすごい。

恥辱

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・恥辱
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南アフリカのノーベル賞作家J・M・クッツェーの代表作。2度目のブッカー賞受賞作品。

ノーベル賞が冠にあるからさぞ高尚な内容なんだろうなと思って読み始めると、いきなり娼婦と寝たり女子学生をナンパする話で始まって、ものすごく下世話な話題や不名誉な修羅場がその後も続いていく。

冒頭で52歳で大学教授の主人公は女子学生との不適切な関係を訴えられて査問委員会にかけられる。不器用な主人公は同僚らの温情にすがることもせず、不名誉な形で大学を追われ、農園で働く娘の元に身を寄せる。静かな暮らしをするはずが、貧しい農園での生活はさらなる恥辱に満ちた転落人生の始まりだった。

この本は人生のあらゆる局面でありえる恥辱(原題:Disgrace)に満ちている。

地位や名誉を剥奪される恥辱
性的スキャンダルにまみれる恥辱
黒人に屈服させられる白人の恥辱
娘に生き方を軽蔑される恥辱
大切なものを目の前で汚される恥辱
老いて醜くなるという恥辱
わけも知らず殺されていく動物の恥辱

などなど、よくもこれだけ、ひとつのストーリーにさまざまな恥辱を織り込めたものだなと感心する。客観的には完全に落ちていく人生なわけだけれども、不思議と主人公に暗い印象はないのがいい。自業自得の運命を淡々と受け入れていく。マゾヒスティックな感情があるわけではない。アパルトヘイト後の南アの白人の立場や、老いて衰えていく人間の諦念を、その態度は象徴しているのかもしれない。

人生における不名誉、屈辱、取り返しのつかない失敗に直面した時、人間はどうやりすごしていくかを考えさせられる、ルサンチマンな純文学。テーマの割に重たくはなくて、読みやすい、わかりやすい、おもしろい小説だ。

蜜姫村

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・蜜姫村
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民俗系ダークファンタジーの大傑作。

昆虫学者の夫のフィールドワークに伴い、山奥の村にやってきた女医は滞在が長くなるにつれ、一見のどかに見える村に違和感を覚える。無医村なのに村人たちがあまりに健康で病気の者がひとりもいないのだ。医師を誰も必要としていない状況を不満に思いながら暮らしていると突然、夫が行方不明になる事件が起きる。夫を探すべく村に残る決意をした彼女は、やがて村の恐ろしい秘密を知ることになる。

因習に縛れらた山奥の村の祟り。テーマは民俗ホラーの定番だが、蜜姫なんて伝承は存在していないだろう。作者の創作のはず。とても設定の独創性が高くて新鮮であると同時に完成度の高い神話的世界観にぐいぐいとひきこまれる。ミステリ、人間ドラマ、群像劇、迫力のホラー描写と読ませる要素を一杯抱えている。乾 ルカは本当に素晴らしい才能の作家だ。

漫画で言えば、諸星大二郎の妖怪ハンターシリーズとか、星野之宣の「宗像教授伝奇考」などが好きな人は間違いなくはまる。これを原作にしてマンガ化、映画化してくれないかなと期待。

今年読んだダークファンタジー小説では

・魚神 千早 茜
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/03/post-1181.html

月桃夜
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/04/post-1201.html

もよかった。今年はこの系統が豊作。

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