Books-Fiction: 2010年6月アーカイブ
表紙の絵のごとく凄まじい小説。
「ここはかつてアメリカだった。渡し場があるのは横断に十カ月はかかる陸地、海から海まで広がる土地。それはかつて、地上で最も安全な場所だった。」
荒廃して死の地となったアメリカ。人々は海の向こうに脱出するために、ひたすら東の船着き場を目指して歩いていた。『怒りの葡萄』(ジョン・スタインベック)の未来SF版のような世界観だ。飢餓と暴力が蔓延して、生存さえ危い世界で、忌み嫌われる伝染病にかかったマーガレットは隔離小屋にひとり置き去りにされている。苦しい旅の途中で小屋に偶然立ち寄り、彼女と出会った若者フランクリン。数奇な運命の糸によって結びつけられて、2人は終末の世を生き抜いていく。
無政府状態と厳しい自然環境。あらゆるコミュニティが破壊されていく。盗賊につかまって奴隷として売り飛ばされるものもいる。脱出のための船はどこに着くのか。人々はいまや「アメリカから自由になる望み」を抱いて旅をしている。
荒れ果てたアメリカを彷徨うという点では、同時期に書かれたコーマック・マッカーシーの『ロード』を彷彿させる。『ロード』も『隔離小屋』も絶望的な状況ばかり描くが、『隔離小屋』のほうが、遠くに温かい光明が見えている気がする。ロードの親子2人はやがて死んでしまいそうだが、隔離小屋の男女2人はなんとか生き延びそうな気がするのだ。パンドラの箱をあけて底に希望があるかないか。これは読後感に大きな違いが生じる。
衝撃的なのがロードで、劇的なのが隔離小屋。
・ロード
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-831.html
・ブラッド・メリディアン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/02/post-1165.html同じくコーマック・マッカーシー。アメリカの開拓時代の荒野も似ている。
江戸時代。日本初の暦をつくることに情熱を燃やした初代幕府天文方で囲碁棋士 渋川春海の生涯を描いた大傑作。天文学、数学、囲碁。計算と証明で「明察」をとることが好きな理論家が、いくつもの挫折を乗り越えながら、正確な暦法の確立という現実世界の難問に挑む。栄光と挫折、友情、ライバルとの戦い、恋、政治的駆け引き、経営やマーケティングの話など、読みどころが無数にあるが、実話ベースの時代小説とは思えないほど完ぺきに構成されている。ノリは軽めの文体で読みやすい。この作品自体が小説として奇跡的「明察」。面白すぎて眠れなかった。
主人公だけでなく、保科正之、水戸光国、関孝和などの歴史上の有名人たちの人物の解釈もなるほどなあと思わせる。ある程度、この時代に予備知識をつけてから読んだ方が深く楽しめるかもしれない。受験生にもおすすめ、といえるか。
著者の冲方丁(うぶかた・とう)はライトノベル作家でゲーム・漫画原作者でもある。
ゲームでは、
カルドセプト サーガのシナリオ
セガガガのシナリオ
シェンムーのシナリオ
を担当している。ゲームを知る人ならわかると思うが、ちょっと伝説的なゲームばかりだ。小説家としての成功の勢いで、ゲームの方面でも歴史に残るような大作を期待したい。
次回作として、本作でも重要な役割を担った水戸黄門こと水戸光圀を主役にした時代小説『光圀』を書くそうだ。発表が待ちきれない。2010年吉川英治文学新人賞、本屋大賞受賞作。
・tow_ubukataのコピー - 公式ウェブサイト
http://www.kh.rim.or.jp/~tow/index.html
・ぶらりずむ黙契録 - 公式ブログ
http://towubukata.blogspot.com/index.html
第10回小学館文庫小説賞、2010年本屋大賞2位受賞。
信州の小さな病院で働く若い内科医 栗原一止は、医者不足の地方医療の現場で、慌ただしい毎日を送っている。患者の数が多すぎて、ゆっくりと考える暇がない。徹夜勤務の連続で1年前に結婚した可愛い妻とも、なかなか会うことができない。医局へ進んだ仲間たちと違って、出世の道が開かれているわけでもない。それなりに充実を感じてはいるけれども、自分の選択は本当に正しかったのだろうか、確信は持てない。そんな栗原医師のもとに、上司のはからいで、大学病院で最先端医療を学ぶ道への誘いがくる。
軽やかさの中に、重たいメッセージを入れ込んでいる。
心を打つのは、昔ながらの「医は仁術なり」っていうメッセージだけれども、それを真正面から直球で投げても、現代の読者には重たすぎて受け入れられない。夏目漱石マニアの古風な文体で喋るユーモラスな主人公に代弁させるという設定が成功している。
漱石の『坊っちゃん』のように特徴のある登場人物ばかりがでてくる。主人公が心の中で彼らに勝手にあだ名をつけるのも同じだ。現代のテレビドラマのごとく、わかりやすいキャラクター小説である。案の定、櫻井翔×宮崎あおいで2011年に映画化が発表された。
最近の小説で言えば『昨日の神様』のようなテーマを、『夜は短し歩けよ乙女』のようなタッチで書いたとても今っぽい作風。この二作品が好きな人に特におすすめ。
・夜は短し歩けよ乙女 森見 登美彦
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-956.html
・昨日の神様 西川美和
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/12/post-1133.html
両親に「可愛い、可愛い」と育てられたので、本当は自分がすごいブスだってことに、なかなか気がつかなかった女子きりこと、IQが700もあって日本語を理解できる(でも、きりことしか話さない)天才ネコのラムセス2世の物語。大人のためのファンタジー。
きりことラムセス2世のコミカルな対話はふわふわしていて軽快なのだけれど、扱っているテーマは結構重たくて、人間にとって大切なのは何?ということ。人間は見かけじゃないというけれども、見かけで判断されるのも事実。人生が充実している人はいい顔になるのも真実。
この本の面白さであり、救いは、きりこの容姿は、人間社会では評価されなくても、猫の基準ではとても魅力的という設定。異なる感性を持つ人から見たら美人というのは、多様な価値観が出会うインターネットでは、大いにありだろう。
異性の顔写真を10段階評価して、他の参加者の平均点を知って、へえええ、と自分の美人感を見直す美人評価サイト Hot or Notを眺めていると、グローバル社会では美人っていろいろだなと気がつかされる。
最近見つけたHot or Not WarというiPhoneアプリは、こうして付けられた美人度数を使って、カードゲームにしている。PCとユーザーに5人の美女(または美男)のカードが配られるので、一番美人度数が高そうなカードを選択する。PCが選んだカードよりも自分のカードが強ければ1ポイント獲得である。
・Hot or Not War
http://www.hotornot.com/iphone-war/
このゲームで、きりこの魅力を探そう(違うか)。