Books-Fiction: 2009年12月アーカイブ

太陽の庭

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・太陽の庭
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『花宵道中』の宮木あや子の新作。

日本の上流階級だけが謁見を許される"神"永代院由継の屋敷に暮らす女たちの物語。そこは外界と接触を絶った閉鎖的な封建社会。正妻と多数の妾が相互監視下に同居している。男児が誕生すると妬まれ人知れず闇に葬られる母子、飼殺しにされる妾の子供たち。屋敷の住人達は日本の戸籍を持たずそこで一生を過ごす。由継の寵愛を得るものだけが存在を許されている。

一子相伝の永代院は日本の天皇制を連想させる。現実の天皇制はだいぶオープンになっているから、もはやそれはどこにもない制度なのだが、著者の日本の宗教と社会の関係性の解釈にいろいろと含みが読み取れる。天皇制というロマンを書いている。

前半は制度と因習にがんじがらめにされた空間で、妾織枝の子の駒也と、正妻雅恵の娘の葵、その弟の和琴らが繰り広げる官能的で悲劇的な愛憎劇。同性愛と近親姦の濃密なにおい。後半は一転してマスコミのタブー永代院の実像を追いかける雑誌記者の外部視点で描かれる。インターネットの掲示板炎上など現代的な要素も織り込みつつ、内と外から永代院の神秘性が曝かれていく。

『花宵道中』『白蝶花』の閉鎖的世界観がここでもしっかりと構築されている(未読だが『雨の塔』の設定が似ているらしい)。R18文学としてのあからさまな性表現は低めになったが、相変わらず退廃的で妖しい官能美が読み所。

・白蝶花
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/05/post-996.html

・花宵道中
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/02/post-936.html

・ロスト・トレイン
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大変面白かった。

「日本のどこかにまだ誰にも知られていない、まぼろしの廃線跡がある。それを見つけて始発駅から終着駅までたどれば、ある奇跡が起こる。」。テツ(鉄道ファン)の間に広まる噂とそこから始まるスタンドバイミーのような冒険のストーリー。2008年『天使の歩廊―ある建築家をめぐる物語』で第20回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した中村 弦の受賞後第一作。

「わたしはどきどき思うのですが、人の一生というのは鉄道に乗るのと似ています。どこへでも自由い行けるかのように見えて、じつはそれほど自由があるわけではない。すすむべき線路は一本ではないけれど、あらかじめ親や学校や社会によって幾通りかのレールが敷かれていて、ほとんどの場合そのきめられたなかから選ぶしかない。とこどころ乗り換え駅があるけれど、よくよく注意しないと番線や列車をまちがえて、目指しているのとは全くちがう場所へ連れていかれてしまう。私は乗り換え駅に着くたびに、乗るべき列車を選びそこなっていたような気がしますよ」

と言う初老の平間さんと、廃線巡りで知り合った若いぼく。世代を超えて鉄道談義で親交を深める二人だが、突然の平間さんの失踪。ぼくは残されたわずかなてがかりを頼りに、旅行代理店の菜月さんと一緒に平間さんの行方を探す。

テツの蘊蓄とミステリーと恋愛と少しオカルト要素をからめて、鉄道ファンタジー小説という独特の新ジャンルを確立している。テツでない人にテツがわかりやすく教える場面が多いので、読者はテツでなくても大丈夫。

マニアックなテツの生態がネタにされているが、作品全体としてはさわやか青春小説。昨今の日本のファンタジー路線的には恒川光太郎の異界モノが好きな人に特におすすめ。

昨日の神様

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・昨日の神様
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傑作映画『ゆれる』の監督西川美和が、小説家モードで書いた短編小説5編。直木賞ノミネート作品。

主に僻地の医者を主人公にしている。人間の心の機微を描くのがうまい。日常の中にある無数の小さなドラマを浮かび上がらせる。内気な子供の心の動きみたいなものをよくとらえているなあと感心してしまう。

特に「1983年のほたる」。街まで往復何時間もかかってバスで塾通いをする田舎の少女とバスの運転手との微妙な関係の物語。運転手の方は好意的に話しかけているのに、少女は毛嫌いしている。そんな関係の二人が深夜のバスに乗っている時、村の住人を巻き込む交通事故が起きてしまう。それがきっかけでそれまで少女には見えていなかった隣人たちの人生を垣間見るという話。

・ディア・ドクター
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収録作品のうち一本「ディアドクター」はこの映画の原作でもある。父親が倒れてたことをきっかけに、病院の待合室で久々に再会した兄弟の心の葛藤を描く。本の数時間の話なのだけれど、兄と弟の人生模様がよく伝わってくる印象的な作品だった。映画はまだ観ていない。

・ゆれる

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久しぶりに故郷へ帰ったカメラマン(オダギリジョー)は、兄と一緒に幼ななじみの千恵子と峡谷へドライブする。兄と千恵子が二人で吊橋を渡ったときに千恵子が転落死してしまう。これは事故なのか殺人なのか?揺れる吊橋のようにゆれる関係者の心。手に汗握るサスペンスであり、心揺り動かされる人間ドラマ。西川美和監督のファンになった。

ヘヴン

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・ヘヴン
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第138回芥川賞の川上未映子が、壮絶ないじめを受ける少年と少女の心の葛藤を描いた衝撃的な作品。

「ねえ、でもね、これにはちゃんとした意味があるのよ。これを耐えたさきにはね、きっといつかこれを耐えなきゃたどりつけなかったような場所やできごとが待ってるのよ。そう思わない?」と少女は、同じようにいじめられている少年に言う。

なぜ人は誰かをいじめるのか? なぜ人をいじめてはいけないのか?

この作品は問いかける。

いじめにかかわる双方の張りつめた対話が続く。登場人物はいじめる側も、いじめられる側も雄弁に自分の立場を語る。現実にはこれだけ気持ちを整理して話せる少年少女はいないだろうが、その超現実的につきつめたやりとりが、いじめ問題の本質を白日のもと晒す。朝まで生テレビで一晩議論するより、この作品を読んだ方が、いじめとは何かがよくわかるはず。その根の深さにやりきれなくもなるのだが。

社会問題の提起という価値だけでなく、緊張感のあるドラマとしてもよく構成されている。いじめられっ子の二人が心を通わせる共感のひとときに感情移入をしていると、陰湿で過酷になる暴力が突然にそれを吹き飛ばしてしまう。読者は作中のいじめられっ子と同様に何をされるかわからぬ怖さに不安と緊張がやまないのだ。

いじめの怖さというのは、未知の恐怖が大きいと思う。相手が何を考えているのかわからない怖さであり、次に何をされるかわからない怖さである。それを逆手にとって恐怖を最大化するように、いじめっこはいじめを設計することを楽しむ。

「...君も、わたしも、なんでこんなふうに、...みんなからこんなふうにされているんだと思う?」

なんでそんなことをするのか。それが人間心理や社会の性質に自然に根ざすものなのだとすると、なかなか論理的な答えは返ってこないだろう。人間や社会はそういうものだから、いじめはあるというのが本当のところだろうか。

いじめの底知れなさをいやというほど見せつけられる衝撃作である。

学問

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・学問
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本当に素晴らしい。ストレートに心にじーんときてしまう感動小説である。山田詠美の大傑作。とりあえず今年これだけは読んでおけ的な、絶対いちおし作品。

東京から引っ越してきた仁美、包容力のあるリーダー格の心太、食べ物に目がない無量、眠ることが好きな千穂。仲良し少年少女4人組が海辺の平和な町で過ごした小学校から高校までの日々が語られる。

テーマは性と生だが、本質はまっすぐな青春小説だ。

やがて芽生える性の衝動。

「まったくセックスというやつは、どれほど多くの枝葉を携えているものなのでしょう。幸せに喜ばせ合う夜もあれば、怒りを噴出させる昼もある。神聖な儀式にも、しこしこの鍛錬にも配属される。まったく、油断も隙もありゃしない」

欲望にときには翻弄されながらも、しっかり自分を持って人を愛することを覚えていく少年少女の成長がまぶしい。欲望の奴隷ではなく、欲望の愛弟子になる。だからそれは学問。

「元、高校教師の香坂仁美(こうさか・ひとみ)さんが2月14日、心筋梗塞のため死去した。享年68。」

だが、"秘密基地"で過ごした幸せな少年少女時代はいつまでも続かない。各章は登場人物たちのそれぞれの訃報から過去を振り返る形で始まる。青春を謳歌する少年少女の物語に、やがて訪れる人生の終わりの予告が全体に濃い陰影を与えている。

山田詠美ってこういうのが書けるのかと大発見。文章は読みやすいが、行間を読ませて、感動を誘う深みがある。完璧な小説。

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