Books-Fiction: 2009年9月アーカイブ
異才 長嶋有、第126回芥川賞受賞作「猛スピードで母は」と文学界新人賞受賞作「サイドカーに犬」の2作品を収録。どちらもかっこいい女がでてくる話。猛スピードでは再婚をほのめかす母であり、サイドカーでは母が出て行った家にやってきた父親の若い愛人である。
男に依存するのか、男を利用するのか。"いい女"というのは男から見た評価なわけだが、"かっこいい女"というのは年下の少年から見た評価である。本来は母親の再婚も、父親の愛人も自分の生活に関わる深刻な問題のはずなのだけれど、どこか距離がある。男を利用しながら颯爽と生きる女が少年の目にかっこよく見える。
両作品ともかっこいい女が、内面的に男に依存している部分も垣間見せるのが上手い。切ないのだ。男と女の関係は子供には意図的に隠されている。隠された立場からちらちら見える大人の事情という構図だからこそ、かっこよさと切なさの両方が成立したのだと思う。同じ物語を大人の当事者視点で書いたらぜんぜん違う話になっているだろう。
ところで「猛スピードで母は」「サイドカーに犬」はインパクトがある題名なわけだが、後に著者は題名を論ずる本も書いている。
・ぐっとくる題名
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004762.html
「やぶから棒ですまないが『ゲゲゲの鬼太郎』のゲゲゲとはなにかを、説明できる人はいるだろうか。」。
・長嶋有 公式サイト
http://www.n-yu.com/
「芥川賞作家・長嶋有の同名小説を竹内結子主演で映画化。80年代初頭を背景に、小学4年生の少女・薫と、自転車に乗って突然やって来た父親の愛人・ヨーコが過ごす刺激的なひと夏をノスタルジックに綴る。古田新太ほか個性派俳優の共演も見どころ。」
ぼっけえ、きょうてえは岡山地方の方言で「とても、怖い」の意。山本周五郎賞、日本ホラー小説大賞受賞作。短編が4つ。土俗の風習や言葉遣いが、得体の知れなさ、情念のこもり具合を強調していて、表題通り、とても、怖い。
『ぼっけえ、きょうてえ』
顔の片側がつり上がった醜い女郎が、一夜を過ごす客に語った、陰惨な身の上話。「確かに妾は目や鼻が、左のこめかみに向けて吊り上っとるよな。醜女とからかうお客だけじゃのうて、怯えるお客も結構おりますわ。目に見えん手が、こうして妾を左側から吊り上げとるみてえじゃとな。」
『密告函』
「岡山県下にては虎列刺病(コレラ)蔓延につき××役場裏に密告函なるものを設けたり。近隣に疑似患者及び隠蔽患者あらばその名を投函すべし。尚この密告函は錠前付にて投函せし者も匿名にてよしとすなり。伝染病予防の為これを大いに奨励せんと決したり。 昭和三十四年六月一日 和気××村役場」。その密告函担当の役人が味わう恐怖。
『あまぞわい』
嫁いだ漁村になじめない女が、身体の不自由な網元の息子と浮気する。あまぞわいで。「この島でええ死に方をせんかった者はあそこに居着くと伝えられとるけん。そいでも、祀りはせん。なんでて、ほれ、満潮にゃあ沈んでしまうんじゃろ。お供えしてもみな流されるんじゃけぇ、祀っても何にもならんがな。」
『依って件の如し』
件(くだん)は牛の妖怪のこと。「シズは牛とともに寝起きし、時には牛の餌とまったく同じ稗も食わされた。」。貧しい小作の家で家畜のように酷使される孤児の少女と兄。かつて兄弟の母親は、村中に忌み嫌われる死に方をしていた。
なお表題作は映画化されている。
「古今東西のホラー映画の巨匠監督13人が集結した「マスターズ・オブ・ホラー」BOXの人気作が単品で登場!巨匠・三池崇史が岩井志麻子のホラー小説を全編英語で映画化。アメリカ人の文筆家・クリスは小桃という女を探して浮島の遊郭を訪れる。彼がそこで出会った不思議な女郎は「小桃は自殺した」と言い、その経緯を語り始める。それは死と生、現実と妄想が交錯する長く恐ろしい夜の始まりだった...。 」
なんだか設定が変わっているような?。これから観る予定。
・瞽女の啼く家
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/09/post-1061.html
・べっぴんじごく
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-843.html
岩井 志麻子の怪奇ホラー。
「哀れな。お前はどんな因果を背負うて、暗闇に生まれてきたんじゃ。こねえに可愛い顔をして、こねえに清い心を持っているのに」
明治時代の岡山。三味線弾きや按摩を生業にしながら、村々をめぐる盲目の女旅芸人、瞽女たちが共同生活を営む屋敷があった。分限者の娘で親が建てた屋敷を取り仕切るすえ、霊感が強く異界の存在を感じ取ってしまうお芳、不美人できつい性格だが行く先に福をもたらすイク。3人の瞽女の立場を入れ替えながら、呪われた村に起きたおぞましい事件の顛末が語られる。
すえの夢に繰り返し現れるようになった「牛女」。生まれつきの全盲なのに目が見えていた古い記憶を持つお芳。すわの生家にみつかったという泥人形。ばらばらの不吉の予兆がやがて一本の線でつながっていき、村の因縁に生じた怪異の正体が曝かれていく。
「後ろになにかおると思わんか」。夜道を一列に歩く瞽女たちの背後に忍び寄る「良うないもの」が彼女たちの後ろから距離を縮めてくる。
土俗因習、エロで、えぐい表現が得意な岩井 志麻子の岡山モノの中でも、本作はかなり完成度の高い作品であると思う。設定上、視覚を封じて音や触覚、気配の描写が多くなったことで、目には見えない物の怪のイメージが鮮烈に立ち上がってくる。もう最後はぐちゃぐちゃのねちゃねちゃですけど。
・べっぴんじごく
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-843.html