Books-Fiction: 2009年7月アーカイブ

花まんま

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・花まんま
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第133回(2005年)直木賞受賞作の表題作を含む朱川 湊人の短編集。昭和30~40年代の大阪の町を舞台に、当時子供だった主人公の不思議体験を綴った郷愁幻想小説集。ファンタジー40%、ノスタルジー60%。

6編中好きなのはこの3編かな。

【花まんま】
ある日、妹が妙に大人びた口を聞くようになった。まるで誰かの生まれ変わりであるように、別の家や家族の記憶を語る。不可思議な記憶の正体をつきとめようとする兄妹の物語。

【トカビの夜】
本当は好きだったのに、仲間と調子を合わせて、いじめていた近所の朝鮮人の少年が死んだ。その夜から近辺の家に不思議な現象が起き始める。やはりあれは少年の幽霊なのだろうか。

【送りん婆】

臨終間近で苦しむ人たちを安らかな気持ちで送り出す呪文を知っているのが「送りん婆」。婆に跡継ぎとして指名されてしまった少女は、見習いとして臨終の現場を一緒に回ることになる。

独特の異世界を確立している。科学的に霊魂の存在があるとかないという議論は不毛だなと思う。愛憎、人情があるところで、人間が死ぬと、残された人たちの心に自然と霊が生まれてくる。

6編とも共通した世界観で描かれていて、どれも根底に暖かい感情があって、続けて読みやすい。昭和の空気がたっぷりだ。こういうのは平成生まれが読むとどう感じるのだろう。

薄暮

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・薄暮
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日経新聞夕刊文化面の連載作品の単行本化。

篠田節子の得意とする美術ミステリだが、「神鳥―イビス」など同系統の作品によく登場してきた超常現象やカルト教団といった要素が出てこない(新興宗教は少し出てくるが重要な役割ではない)。本作では正統派のミステリ長編として勝負している。オカルトなしでも、いや、なしのほうが読み応えがあって、面白かった。美術界主流から外れた雑誌の編集者が、埋もれた郷土画家を発掘したことに始まる一連の騒動と関係者の愛憎劇を描く。

亡き画家の作品の権利を受け継いだ糟糠の妻と、貧しかった画家を支え続けた地元の頒布会の人々、地域活性化のネタに使おうと考えた市役所の担当者、暗躍する美術ブローカー。メディアに取り上げられることで、それまで無価値だった絵画に高額の値がつく。画家に対する善意と支援の輪だったはずの人々の関係に、新たに生じた利益や名誉によって、ひびわれが生じてやがて大きく瓦解していく。

有名な芸術家の死後に妻が作品の権利を相続し管理するケースは現実にもあるわけだが、権利者は理由なしに無条件に著作物の利用を拒む強い権利を持つ。妻の意向次第で、広く人々に愛された作品を作品を闇に葬ることもできるという、著作権法の問題点が浮き彫りにされる作品でもあった。

篠田節子の作品は、しばしば登場する芸術家と地方の役人の描き方がリアルなのだが、「東京学芸大卒業後、八王子市役所に勤務」という経歴を読んで、なるほどなと思った。自身の体験からくるものなのか。

篠田節子の作品の過去の書評。

・夏の災厄
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/07/post-802.html

・レクイエム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/05/post-752.html

・カノン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-740.html

・弥勒
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005292.html

・ゴサインタン―神の座
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005260.html

・神鳥―イビス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005177.html

ふしあな

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・ふしあな
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「女とは 残酷でわがままでうそつきで... でも切ないくらい可愛いもの。」

そうか、こういう手があったか!。

全編が浮世絵タッチで描かれた時代劇漫画。江戸時代の恋物語が6編。

浮世絵にしてみましたという実験に終わらず、男女の情愛を描いたストーリーも味わい深くて、名作である。そもそも浮世絵は現代の漫画にあたる位置づけでもあったようだから、それを使って役者や遊女の風俗を描いた本作は、超正統派の和風漫画といえるのかもしれない。

現代のメジャーな漫画と大きく違うのは登場人物の顔と目が小さいことだろう。表情や瞳を描きこむことができない。だから微妙な感情表現を人物の姿勢やジェスチャーで表すことになる。そこで典型的な浮世絵の構図が使われるわけだ。慣れると案外、いいのだこれが。

次は全編カラーで出版して欲しいなあ。

この作品、浮世絵ということで男女のからみシーンは多いのだが、完全露出の春画は出てこないので、そういうのを期待してはダメである。山本周五郎の時代小説などが好きな人に特におすすめだ。ほろっとさせたり、ぐぐっときたりさせられる人情物語集である。

・本文化の模倣と創造―オリジナリティとは何か
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/05/post-756.html

・日本という方法―おもかげ・うつろいの文化
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/01/post-508.html

・模倣される日本―映画、アニメから料理、ファッションまで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003155.html

・共視論―母子像の心理学
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/10/post-295.html
浮世絵構図の研究

・ベガーズ・イン・スペイン
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プロバビリティ3部作で知られるSF作家ナンシー・クレスの中短編を7本収録。読み応えのある作品ばかりで満腹。

表題作の『ベガーズ・イン・スペイン』は21世紀初頭を舞台に、遺伝子改変技術によって睡眠を必要としない天才児たちの第一世代を描いた近未来SFだ。凡人の努力では到達できない資質を自然に身につけてしまう彼らは、一般人から妬まれ孤立する。

人生の3分の1を自由に使えるのだから、それだけでも無眠人は有利である。(そういえばドラえもんにもあったなそういう話が...。)。不眠不休の天才児達は少数であったが、成長するにつれ社会に大きな影響力を及ぼし始める。

「新しいテクノロジーは、解放的であると同時に危険でもある。しかし、長期的に見れば、社会的束縛は新しいテクノロジーに屈服するにちがいない。」というフリーマン・ダイソンの言葉(本書中の扉に引用されている)がある。自然を征服するつもりが技術に屈服するのが人間の運命なのかもしれない。

この作品はヒューゴー賞、ネビュラ賞ほかSF文学賞を総ナメにした。

『密告者』

社会的に共有された現実こそ真の現実であるという異星人たちのもうひとつのリアリティ「共有現実」というコンセプトに引き込まれた。バーチャルとリアルという軸ではなく、ソーシャルとパーソナルという軸に、真実をマッピングしたわけだが、その共有現実って結局、私たちの「常識」と同じものかもしれない。プロバビリティ三部作の原型になった作品。

『ダンシング・イン・エア』

遺伝子改良技術で華麗な演技を可能にするバレリーナ達の話。この世界で少女達は"能力強化"テクノロジーによって骨の形状を最適化し、一般人には不可能な舞踏を演じることができる。そんな時代にあっても敢えて能力強化を使わずオーガニックな芸術を指向するバレエ団の話。


このハードSF作品集は7本とも素晴らしかった。さすが早川。SFファンおすすめ。

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