Books-Fiction: 2009年5月アーカイブ
白蝶花(はくちょうばな)は、白い蝶のような花をたくさんつけるが、風に吹かれて、すぐに枝から落ちてしまう。しかし次の日にはまた新しい花を咲かせる植物。
大正から昭和の激動の時代に生きた5人の女達の命懸けの恋愛を描いた官能ロマン。デビュー作「花宵道中」でR-18文学賞大賞を受賞した宮木あや子の受賞後第一作。花宵では遊郭という世界にとらわれた哀しい女達の一途な恋愛模様だったが、本作でも、因習や制度に縛られた女達の連続ドラマという点では共通している。
組長の性の玩具にされていた妾が、組員とできたのがばれて折檻される話。女学校に通う娘が親の借金のために資産家に売られていく話。知事の家の女中として奉公に入った田舎娘が知事の娘にねちねちといじめられる話。女達は運命を受け容れて愛さぬ男に身体を差し出すが、心は密かに愛する男に一途に捧げる。心だけは自由に生きようと抗う。
やがて時代は少しずつ女性の解放へと向かっていくが今度は戦争が男達を奪い去っていく。「もう一度抱いて。ずっと忘れられないように。私の身体に刻んで。」。だから女達は心から愛する男とつかの間の激しい愛を交わす。
「花宵道中」の官能表現の過激さは本作でも満開。というか、最初はそれ目当てで読みはじめるわけだが、過激でありながら文学性を失わない文体にこの作家の凄さを再認識させられる。
映画にならないかな、これ。
・花宵道中
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/02/post-936.html
これがデビュー作。
作者は違うが宿業の女達の年代記という点では下記2つもおすすめ。
・べっぴんぢごく
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-843.html
・赤朽葉家の伝説
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005047.html
『カタルーニャ文学』というから構えて読んだが、まずホラー小説として一級の面白さ。そして人間の相互理解という普遍的テーマについて深く考えさせる。今年読んだ小説でベスト3に入るなあ。100点。
解放運動の夢破れた主人公は絶海の孤島での気象観測の仕事に志願する。前任者と交代するべく島に上陸すると、灯台には何かに取り憑かれたような正体不明の男がいた。対話をひたすらに拒む男に主人公は当惑する。そして日が沈んだとき島は、人間ではない異形の何かの襲撃を受ける。死の危険を前にして、二人の生き残りをかけた戦いが始まる。
私たちヒトは五感で世界を認識しているがヒトにはない感覚を持つ動物も多い。コウモリは超音波を認識できるし、アゲハチョウは紫外線を認識できる。逆に感じることができないものもある。ハエは50センチ以上先は見えなかったり、ワニは動いているものしか認識していない。モンシロチョウは赤が見えない。イヌは色が分からないので、盲導犬は信号を認識することはできない。種が異なれば、感覚できるものとできないものがある。
そしてヒトも動物も生存に必要なものしか見ようとしない。ハエは50センチの視野で食べ物と光しか見ていないだろうから、ヒトが見る部屋の認識とはまるで別物の世界に住んでいる。種ごとに固有の"環世界"が構成されている。
異種間だけでなく同種間での世界観の違いだってかなり大きい。現代のネットワーク社会は異なる"環世界"を持つ人々を時期尚早に結びつけてしまった。宗教と価値観、経済格差、情報格差、言語や文化。世界が自然にひとつに融和するにはまだ何世紀もかかるはずだったところを、テクノロジーがいきなり全体をつないでしまったのだと思う。
人間だから話し合えばいつか理解できるという考え方は、もはや安易で危険でさえあるかもしれない。そもそも話し合いは何語でやるのか?。誰が参加するのか?。話し合いで有利に立てるのは、多数派であり強者であることに、弱者は気がついてしまう。わかりあえる日はこないが、共存する方法を探すということが大切なのではないか?。
などと、人間の相互理解とは何かを考えさせられるパニックホラー小説。
渋澤龍彦が書いた怪異短編集。表題作他全八編。どれも古典素材の見事な換骨奪胎。幻想ホラー作家としての澁澤龍彦の凄さを知った。
うつろ舟(うつぼ舟ともいう)という江戸時代の伝説がある。ある日、浜に不思議な形の舟が流れ着いて、中には妖しい異国の女性がいたが、役人達は面倒を嫌ってまた海に戻してしまったという話。『南総里見八犬伝』の滝沢馬琴がまとめた怪異物語集『兎園小説』に『虚舟の蛮女』として伝わり、後世に多くの物語の題材に取り上げられている。舟の異様な形態から当時のUFOの目撃談だったのではないかと考える人もいる。
渋澤龍彦の小説でも、舟には異国の女が乗っていて正体不明の箱を抱えていたという筋は伝承に近い形で採用しながらも、より大きな仏教的世界観の別の物語と共鳴させて発展させていく。説話のように道徳を説くでもなく、かといって娯楽作品というわけでもなく、ただただ不思議な怪異として終わらせる手際が見事。
諸星大二郎の漫画のファンに特におすすめ。なお「うつろ舟」は漫画妖怪ハンターシリーズでも取り上げられていた。
この巻の「うつぼ舟の女」がそれ。
1938年、川端康成は名人 本因坊秀哉の引退碁の観戦記を新聞に連載した。この歴史的名勝負は、リーグ戦を勝ち抜いてきた木谷實七段を相手に、持ち時間が40時間という異例の長さに設定され、史上初の「封じ手」を導入した大一番であった。6月に開始された対戦は1日数時間ずつ数日おきに打ち継がれ、会場となる旅館を移動しながら、12月に木谷の五目勝ちとなるまで続いた。この間、対戦から離れられない二人には死力を尽くすような緊張状態が続いた。碁の世界では、新しいやり方で、終身名人制において最後の世襲名人が敗れるという新旧世代交代の象徴となる出来事だったらしい。
この現実の取材経験を川端康成は小説「名人」として作品化した。重病に倒れながらも勝負に挑もうとする執念、飄々としていながらも自然とあらわれる名人の威風、そして囲碁の世界以外を知らない純粋さ。川端は名人を「一芸に執して、現実の多くを失った」人として描写した。文学者としての道を極めつつあった川端自身の人生と、重ね合わせていることは間違いないなさそうだ。道を極めることの厳しさ、尊さ、孤独、悲しさ、滑稽さを、円熟の筆致で描いている。
川端康成というと女性の描写が魅力の作品が多いが、「名人」は二人の対局者を中心に男性ばかりの世界が描かれる。新聞に連載した観戦記を作品化したというのも、川端康成の作品の中では異色の作品といえる。淡々としていながら緊張感が張り詰めた語り口が続く。この小説自体が対局の再現であるかのような凄みがある。
#なお、この作品は少しだけ囲碁のルールを知っていた方が楽しめる。
1000年後の日本を描いた未来SF小説。『黒い家』(第4回日本ホラー小説大賞大賞)の貴志祐介。第29回日本SF大賞受賞作品。
とにかく面白い。そして深く考えさせられる。同時代性と娯楽性を兼ね備えた大傑作。上下巻1000ページ超の長編だがSF小説ファンは躊躇せずに読んだ方が良い。(私は今年のGWまで挑戦を先延ばしにしてきたのをちょっと後悔)。
未来の人間は科学技術の文明を捨てて、代わりに強大な呪力(超能力)を手に入れていた。彼らは日本の各所に小規模な共同体を作って平和に暮らしている。学校で呪力を習得した大人達は、思念を送ることで物体を自由自在に遠隔操作することができる。達人になれば莫大なエネルギーを炸裂させて、大規模に地形を変えてしまうことさえ可能だった。
呪力を身につけるために学校に通う子供たちが物語の主人公。呪力は生活に役立つと同時に危険な能力だ。子供達は厳密な管理教育と通過儀式によって能力を習得すると同時に安全にその力を行使することを教えられる。仲間達と競い合ったり、助け合いながら能力を開花させていく子供達。学園生活を語る上巻はまるで和製ハリーポッターのよう。
そして主人公達はさまざまな体験を通して自分たちが生まれ育った平和な共同体の闇の部分、教育の内容の矛盾に気がつき始める。共同体を囲む結界の外側に出てはならない理由は?。外の世界に棲息する異様な動物たちは何者か。
一人の人間がコミュニティを壊滅させる力を潜在的に持っている社会。
これって現代社会の縮図なのだと思う。9.11テロを例に出すまでもなく現代人はその気になれば一人で大勢を殺すことができる。飛行機を乗っ取ってビルに激突させる、炭疽菌を送りつける、銃を乱射する。知識や設備があれば爆弾や強力な毒ガスで何万人、何十万人を殺傷することも考えらる。国防核兵器のスイッチを押す権限を持つ為政者であれば、一人で地球規模の破壊を行うこともできるかもしれない。
そして国際化した世界では国境という結界が無効になって、異なる価値観、世界観を持つ異種族、異教徒達と共生しなければいけなくなった。もはや個々の共同体内部の伝統ルールは通じないが、統一ルールを制定しようにも、コミュニケーションの言葉のレベルで議論は紛糾する。そして気がつけばパワーゲームの強者のルールが正当化されている。弱者の不満の圧力は一層高まり、一人のテロリストを産む下地が着々とできあがっていく。
異者との共存、異文化理解、科学と宗教など現代的で重いテーマを幾つも抱えつつも、ミステリあり冒険とパニックあり、恋愛ありと娯楽性もたっぷりに最後までぐいぐい引きつける大作。
・講談社オフィシャルサイト
http://shop.kodansha.jp/bc/books/topics/newworld/
ビジュアル資料あり。
・エア
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-842.html
同時代性という点ではこの小説もおすすめ。