Books-Fiction: 2009年3月アーカイブ
独特の文体が可笑しい恋愛コメディ小説。
「
「それで、あの子とは何か進展あったの?」
「着実に外堀は埋めている」
「外堀埋めすぎだろ?いつまで埋める気だ。林檎の木を植えて、小屋でも建てて住むつもりか?」
「石橋を叩きすぎて打ち壊すぐらいの慎重さが必要だからな」
「違うね、君は、埋め立てた外堀で暢気に暮らしてるのが好きなのさ。本丸へ突入して、撃退されるのが怖いからね」
「本質を突くのはよせ」
」
一途な先輩が、テクテクと先を歩いていく後輩の乙女を追いかける。先輩は「ナカメ作戦(なるべく彼女の目にとまる作戦)」と称して、毎日のように彼女と「奇遇ですねえ」な出会いを演出するのだが、天然の乙女には一向に真意を気がついてもらえない。恋路を邪魔するアクシデントの連続に、奥手な先輩はますます「永久外堀埋め立て機関」と化す。先輩の視点と彼女の視点が交互に展開され、二人のすれちがいぶりが強調される。まったくの片思いというわけでもないのだけれど。
著者の森見 登美彦の出身、京都と京都大学が物語の舞台。「きつねのはなし」の民俗ファンタジーな世界観も適用されていて、半分妖怪みたいな登場人物達がドタバタを繰り広げる。それに、理系の二次元美少女指向が加わって独特の雰囲気を醸し出す。彼女の「おともだちパンチ」に萌える読者多数?。
世界観の完成度は非常に高い。山本周五郎賞受賞作。
・きつねのはなし
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/01/aie.html
荒木 経惟 +町田 康。1999年のコラボレーション作品。昨年に文庫化されて知ったが、これはサイズの大きな単行本の方で読むべき。町田の小説にアラーキーの写真で構成されている。半分写真集だから。
その創作経緯がユニーク。
「俺は過去の不始末のカタをつけるために南へ向かった...。大阪の街を彷徨う町田康を主演に荒木経惟が濃密な写真を撮り下ろし、その写真からインスパイアされた町田康がスリリングな小説を書き下ろした。イメージが膨らみ、物語が錯綜する。写真界、文学界の天才二人がディープにセッションした写真・小説の最高のコラボレーション。 」
おおざっぱな設定で写真を撮って、さらにその写真から、物語のディティールをふくらます。町田は内面のつぶやきを偏執的に綴っていくのが得意な(そればかりな)作家であるが、アラーキーのムードある(ヌードもある)写真と組み合わされることで、濃密な世界観が生み出されている。
写真から物語を創作するという方法は素人でも創発しやすそうだ。今ならFlickrみたいな写真共有サイト上で試されても面白いかもしれない。写真+テキストでインタラクティブなアドベンチャーゲームに仕上げることもできるだろう。
それにしても町田は結構な男前なのであった。いかにも物語を背負っていそうな雰囲気。なぜかアラーキー自身も一緒に写っていたりする(物語には出てこないのだが)。作者二人の遊び感覚も感じられるが、実験作品には終わらない小説部分の完成度の高さがある。この二人は写真→小説→写真のコラボを繰り返して映画でも撮ったら面白そうだ。
・東京人生SINCE1962
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/07/since1962.html
・宿屋めぐり
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-828.html
・告白
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/10/post-474.html
・フォトグラフール - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-745.html
・土間の四十八滝 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-733.html
「「弟を殺そう」―身長195cm、体重105kgという異形な巨体を持つ小学生の雷太。その暴力に脅える長兄の利一と次兄の祐太は、弟の殺害を計画した。だが圧倒的な体力差に為すすべもない二人は、父親までも蹂躙されるにいたり、村のはずれに棲むある男たちに依頼することにした。グロテスクな容貌を持つ彼らは何者なのか?そして待ち受ける凄絶な運命とは...。第15回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞した衝撃の問題作。
」
おぞましい。グロテスク。不気味。残忍。悪趣味。しかし読み始めたら止まらない暗い魅力がある。
河童が主要登場キャラとしてでてくるが、この妖怪の描き方が昔話や伝説に出てくる河童とかなりずれている。ぐにゃりとした体つきで低知能で兇暴な性格。怒りだしたら何をするかわからない。想定外の要素に満ちた河童。正体がわかっている恐怖よりも、得体の知れないもの、異形のもののほうが底なしに恐ろしい。明らかに人間ではないのに話が通じる(しかし感情や常識は共有していない)ところがこの河童の不気味な怖さの理由なのかもしれない。
"髑髏"という薬物を使って精神を破壊していく究極の拷問のくだりも強烈に記憶に残った。この作家は人間の嫌悪感のツボというものを知り尽くしているなあと感心する。心身共に切り刻むような内容だ。そして物語は昭和のムラ社会の閉塞世界に、エログロでえげつない登場人物ばかりがでてくる。嫌だなあと生理的に感じながらも、冒頭から転がり落ちるようなテンポとエスカレートする状況に怖いものみたさの心が惹きつけられてしまう。
とにかくホラー好きは読むべきだ。傑作と思う。特に「姉飼」や「独白するユニバーサル横メルカトル」が好きな人におすすめ。
・姉飼
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/12/zoz.html
・独白するユニバーサル横メルカトル
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/10/post-472.html
「友を助けるため、主君へ諌言をした近習の村上助之丞。蟄居を命ぜられ、ただ時の過ぎる日々を生きていたが、ある日、友の妹で妻にとも思っていた弥生が、頼れる者もない不幸な境遇にあると耳にし―「五年の梅」。表題作の他、病の夫を抱えた小間物屋の内儀、結婚を二度もしくじった末に小禄の下士に嫁いだ女など、人生に追われる市井の人々の転機を鮮やかに描く。生きる力が湧く全五篇。」
いかにも山本周五郎賞受賞作品らしい人情味あふれる時代小説短編集。5作品とも絶品。
小心な男が女を連れて逃げる「後瀬の花」と愛想を尽かして逃げた妻と残されたダメ人間の夫の「小田原鰹」が特に良かった。
5作品とも、自身の短慮によって窮地に追い込まれた人間、度重なる苦労に諦めが滲みはじめた人間、愛されたいと願いながら満たされなかった人間、そういう行き詰まった人たちが、生きる希望を再び見出す瞬間を描いている。
周五郎的時代小説は登場人物のひたむきな生き方が胸を打つわけだが、つまるところ次の3つの行動パターンがその性質を際だたせているのではないかと考える。
1 ひたすら待つ
メールも携帯電話がないから何年も待ち続ける。
2 ひたすら信じる
MixiやWebで検索したら相手の行動が丸わかりの現代と違って相手を信じる。
3 ひたすら演じる
所属できるコミュニティは一つ。男は男、女は女、家臣は家臣の役割に徹する
そこに単純ではない葛藤が生じる。苦しみ悩みながらも、やはり"ひたすら"の方向へ向かう人間の姿の切なさが感動を呼ぶ。考えてみればそれは連絡不足と情報不足によるメイクドラマなのだ。私達は便利と引き換えにドラマを失っているのかもしれないなあと、この一級の時代小説を読んで、しみじみ思う。相手の心の内がわからないからこそ"思いやり"なのであって、わかってしまったら思いやりにはならない。
今日は人間関係に疲れちゃったなという夜に、おすすめ。