Books-Fiction: 2009年1月アーカイブ

聖家族

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・聖家族
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正月休みに、何かにとり憑かれたかのように読んだ長編。紛れもない大傑作である。2段組730ページの分厚い本だがこの体積の中には一つの宇宙が丸ごと取り込まれている。今、絶対的に圧倒的な作品を読みたければ、まずこれである。特別賞だ(何かの)。

日本の歴代の支配者達は古代から明治になるまで、鬼門の方位にある異民族を制圧する将の意味である「征夷大将軍」を名乗ってきた。その抑圧と抵抗の東北の歴史の中で、不思議な魂の交信能力を脈々と受け継いできた青森の名家 狗塚家の700年間にも及ぶ年代記だ。

現代の狗塚家に生まれた三兄弟、牛一郎、羊二郎、カナリア。牛一郎は行方不明。死刑囚として牢屋にいる羊二郎と、先祖や胎児と話す能力を持つカナリアの二人を中心に物語が語られる、超越的な語り手によって。この語り手は人間ではないだろう。それは東北の土地そのものといえる。土地に残された過去の記憶が、なにも知らずに今を生きる登場人物達の行動に、歴史的な意味、血統的な意味を与えていく。

「ベルカ、吠えないのか?」では犬の血統をたどることで現代史を立体的に再構築してみせた古川 日出男は、この作品では狗塚家の血統を縦横無尽にたどることで、異次元の東北を浮き上がらせる。現実という狭い視野の世界観を、血筋の過去と未来、そして"ウラ"や"シタ"に広がる異世界とつなげて、原稿用紙2000枚を使った妄想の大宇宙を創造した。

異なる時代を生きた数十人の登場人物のそれぞれの生き様が、異世界の超越ネットワークを通じて呼応して、大きなうねりを未来につくりだしていくという、作者の壮大な歴史のビジョンに圧倒される。私はこれを読みながら本当に熱を出してしまった。心身準備を整えてから挑戦しないと受け止めきれないくらい、作者の心的エネルギーが注ぎ込まれた魔性の作品である。

・ベルカ、吠えないのか?
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/01/post-341.html
古川 日出男のもうひとつの傑作。

東京奇譚集

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・東京奇譚集
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村上春樹の短編集。文庫版。さらっと読みやすい。

ゲイとストレートの不毛な恋。南の島で鮫に足を食われて死んだ息子を弔いに旅に出た母親。階段の途中で行方不明になった夫を捜す妻。運命の女だったかもしれない女。自分の名前を忘れてしまう女。都会生活者の喪失感をテーマにちょっと不思議な話が5編。

どの作品にも冒頭から喪失のメタファーが散りばめられている。文学部の学生が研究レポートを書きやすそうな記号だらけである。5作ともおおざっぱに「喪失を抱えた登場人物達が偶然によって出会いそして別れていくという話」だと要約できる。その偶然の要素によって物語が意外な方向に流れ進んでいく。つまり面白くなっていくのだ。

喪失感というつまらないものが偶然によって引き合い、面白いものになる。一作目『偶然の旅人』の登場人物のセリフに「偶然の一致というのは、ひょっとして実はとてもありふれた現象なんじゃないだろうか」というのがある。常に偶然に意味を見出すことができるならば、こんなことってあるんだ!の連続になり、人生は幸運な出会いや神様の加護でいっぱいになる。

この作品集は何かを失った人たちの話ばかりだが、偶然を経過して再生へと向かう明るさが根底にある。病院などの待合室で読むのにおすすめ。

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