Books-Fiction: 2008年3月アーカイブ

弥勒

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・弥勒
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新聞社で美術展企画を担当する永岡は、独自の仏教美術の魅力にひき寄せられて、ヒマラヤ地方にある小国パスキム王国に単身で潜入する。そのときかつて平和だった王国には、王の側近による政治革命と徹底的な宗教弾圧の嵐が吹き荒れていた。僧侶は皆殺しにされ美術品は破壊された。革命政府に従わぬ村人たちには拷問や制裁による死が待っていた。
永岡は言葉も通じぬままに革命軍に逮捕され、村人たちとともに過酷な強制労働を強いられる。パスキムは架空の国家だが政治状況はカンボジアのポルポト政権による大虐殺、中国の文化大革命がモチーフになっていてリアリティが感じられる。やがて人とふれあい、恐怖政治の生活の中に小さな救いを見出すことができた永岡だったが、疫病や飢饉が村を襲い状況を絶望的なものに変えていく。

弥勒菩薩は56億7000万年後に人間を救いに現れるという未来仏。永岡は美術品としての弥勒菩薩を求めてこの国に入ったのだったが、過酷な経験を経て本当の救いを祈るようになる。

「そこまで言って、笑いが浮かんできた。なんというわかりやすく、目先のことだけしか考えない祈りなのだろう。しかし本来、祈りというのはそうしたわかりやすく日常的なことではないのか。哲学と宇宙と精神だけを語ってすませられる宗教があるとするなら、それもまた衣食足りた者の学問であり遊びに過ぎない。切羽詰ったときにすがれ、救いを与えてくれるからこそ、神であり仏であって、それがなぜ悪いのか。」

篠田節子作品の中でもとりわけ内容の重たさウルトラヘビー級の長編小説。ゴサインタンが良かった人におすすめ。こちらの方が闇が深い感じである。

・ゴサインタン―神の座
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005260.html

・神鳥―イビス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005177.html

・物語の作り方―ガルシア=マルケスのシナリオ教室
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現代の世界文学を代表する偉大な作家の一人ガルシア・マルケス(とその仲間たち)が、面白い物語の作り方の秘密を明かす。その秘密とは、意外なことに、みんなで議論しながら共同作品としての物語をうみだしていくという斬新な方法であった。小説についても触れられているが、どちらかというと脚本家養成講座である。

ガルシア・マルケスは、プロのシナリオライターの友人たちとハバナに集結し、30分のテレビドラマをつくるシナリオ教室を開いた。誰か一人が原案をつくって披露する。他の参加者たちが、それに突っ込みを入れながら改善していく。真実味がない箇所や、面白みのない箇所に対して容赦なく他のメンバーから指摘が入る。みんなで修正する内容を発案、提案して物語をよりよいものに変えていく。この本にはその議論が二段組で400ページ分も収録されている。

ガルシア・マルケスは随所で議論をリードする。

「こういうストーリーは、現実というのはどの程度までたわめ、歪めることができるのか、本当らしく見える限界というのはどのあたりにあるのかといったことを知ることができるので私は大好きなんだ。本当らしさの限界というのは、われわれが考えているよりも広がりがあるものなんだ。」

このシナリオ教室では本当らしさを複数の創作者の視点でチェックして完成度を高めていく。具体的な議論ばかりなので、本気で物語を作りたいと思う人にとって参考になりそうである。

これがガルシア・マルケスの才能の秘密かと思う記述もみつけた。

「真の創造には危険がつきものだし、だからこそ不安を抱くんだ。本ができあがるだろう、そうすると、不出来なところを見落としているんじゃないかと不安になるものだから、わたしは決して読み返さないんだ。本の売れ行きや批評家の賛辞に目が入ると、みんな、つまり批評家や読者は何か勘違いをしている、実を言うと自分の本はクソみたいなものだということが明らかになるんじゃないかと不安で仕方がないんだ。それに、妙に謙遜して言うわけじゃないが、ノーベル文学賞の受賞を告げられた時、「へぇー、うまく引っかかったんだな、あのお話を信じたんだ」と真っ先に考えたんだ。」

これだけ大家になっても決して緊張感を失っていない。ガルシア・マルケスは頭の中でも、自分の作品を客観的に評価する批評家がいて、この本の内容のような脳内議論が行われているのだろうなと思った。

・2週間で小説を書く!
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004901.html

・人生の物語を書きたいあなたへ −回想記・エッセイのための創作教室
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001383.html

・小説の読み書き
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004878.html

・書きあぐねている人のための小説入門
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001082.html

ロボット

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・ロボット
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「ヘレナ、人間はいくらか気違いであるくらいでなければ。それが人間の一番いいところなのです。」

「ロボット」という言葉は、チェコスロバキアの劇作家カレル・チャペックの作品「R.U.R ロッスムのユニバーサルロボット」ではじめて使われた。発表は1920年のことだった。20世紀後半になると、ロボットという言葉は日常生活でも使われるようになり、モノとしてのロボットの実用化も進んだ。

チャペックが描いた最初のロボットは、きっとブリキのオモチャみたいなものだろうと想像していた。ところが、この作品に登場するロボットは、外観は本当に人間と見分けがつかないし、知性も人間同様に備わっている。機械というよりは人造人間といったほうが近い。

人間の労働を肩代わりするためのロボットの生産工場が作品の舞台である。人間に奉仕するはずのロボットたちが、やがて団結し主人である人間に反乱を起こす。工場設備をのっとり、自ら生産によって増殖するロボットの群れは、人間を次々に抹殺していく。ロボットという存在は、人間の脅威になりうるものとして描かれていた。

生き残った工場首脳部はロボットにみつからぬように逃げ込んだ部屋で議論する。われわれのせいなのだろうか?と。「あんたって人は結構なお方さ!生産の主人公が社長だなんて考えているのかね?そんなことなんて、生産をつかさどっているのは需要です。世界中が自分のロボットを欲しがったのです。われわれはただその需要の雪崩に乗せられていたのです。」

企業が倫理感を持たず市場の要求にこたえるだけの存在になると、技術が暴走して世界が破綻してしまうかもしれないという未来予想と警告の作品である。

ひかりごけ

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・ひかりごけ
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普通の人間が、米国の陪審員制度のように、裁判に参加する裁判員制度がもうすぐ開始される。一生のうちに裁判員に選ばれる確率はだいたい67人に1人だそうだ。これ、自分が当たる確率として結構高い数字に思わないだろうか?。

・裁判員制度
http://www.saibanin.courts.go.jp/

この裁判員制度の対象となる事件は軽い犯罪ではなくて、主に殺人罪などの重罪に限定されている。そうなると複雑な事情が絡んだ事件も多いだろう。量刑も死刑にするとか無期懲役にするとかいう深刻なレベルの判断になる。プロの裁判官と協力するとはいえ、果たして一般市民が有罪無罪と量刑を決めて納得のいく結果になるのであろうか?。67分の1と聞いて私は自分が選ばれた場合を真剣に考えてしまった。

裁判員制度を考える材料としてこの問題小説が再発見されていいと思う。

この本の「ひかりごけ」は人間が人間を裁くということの不条理を描いた、武田泰淳の傑作短編小説である。北の海で遭難し飢餓状態に置かれた男たちが、仲間の死体を食べて生き延びたという戦時中の「ひかりごけ」事件を題材に、半分小説で半分戯曲という形式で極限の人間ドラマを描いている。こういうのは裁けない、と思う。

・「ひかりごけ」事件―難破船長食人犯罪の真相
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これは現実のひかりごけ事件のドキュメンタリ。「1943年、陸軍所属の徴用船が厳冬の北海道・知床岬で難破。生き残った船長と乗組員の少年の二人は、氷雪に閉ざされた飢餓地獄を体験するが、やがて少年は力尽きて餓死。極限状況のなか、船長はついに少年の屍を解体して「食人」する。遭難から二カ月、一人生還した船長は、「奇跡の神兵」と歓呼されるが、事件が発覚すると、世界で初めて「食人」の罪で投獄された―。名作『ひかりごけ』の実在する主人公から、十五年の歳月をかけて著者が徹底取材した衝撃の真実、そして事件の背後に蠢く謎とは?太平洋戦争下で起きた食人事件の全容に迫る。 」

・ひかりごけ
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三國連太郎、笠智衆、奥田瑛二、田中邦衛という実にシブいキャストで映像化もされている。(これはまだ見ていないが)。

他に、流人の子孫たちの島で宿命の二人の男が出会う「流人島にて」、修業中の僧侶がとらわれた心の闇がテーマの「異形のもの」、街から漁村へ嫁いだ女がはじめて漁船に乗る話「海肌の匂い」の全4編が収録されている。どれも武田泰淳らしく突き詰めて考えさせる作風でズズンとくる。

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