Books-Fiction: 2007年11月アーカイブ
「夭逝した明治の日本画家・河野珠枝の「朱鷺飛来図」。死の直前に描かれたこの幻想画の、妖しい魅力に魅せられた女性イラストレーターとバイオレンス作家の男女コンビ。画に隠された謎を探りだそうと珠枝の足跡を追って佐渡から奥多摩へ。そして、ふたりが山中で遭遇したのは時空を超えた異形の恐怖世界だった。異色のホラー長編小説。」
直木賞作家 篠田 節子の93年の作品。
登場人物のキャラクターが俗っぽいため、シリアスな民俗ホラーには向かないんじゃないかと思いきや、後半の臨場感は半端ではなくて、コミカル要素はほどよい中和剤として作用している。ホラーとして傑作である。
呪われた日本画をめぐる怪奇がテーマだ。強烈な映像を見ると焼き付いてしまい、しつこくイメージが記憶から立ちあがってくるという体験はだれしもあるのではないか。視覚を通して何かに取り憑かれる、見たものに捉われて狂っていく恐怖はそんな普通の体験の延長線上にあるように思えてリアリティを感じた。
ところで「神鳥」と書いて「イビス」と読ませる根拠を調べていたら、もともとはイビスは太陽神を導く朱鷺の頭をしたエジプトの神だということがわかった。朱鷺というと絶滅寸前の保護動物という印象があるが、実物の写真を見てみると、何を考えているのかわからない顔がかなり怖いことに気がついた。
Wikipediaより画像引用
カフカの「掟の門」は、ほんの数ページの作品なのに、強烈に印象に残り、何度も反芻しながら、意味を考えさせられる。読書会でも開いたら何時間でも討論できそうである。
「掟の門」。男がいる。彼は「掟の門」の前で、大男の番人に阻まれ入ることができずにいる。「いまはだめだ」と言われ続けて、男は長い年月、門番が入ることを許してくれるのを待ち続けた。そして年をとって命が尽きはてようとしている。
「「この永い年月のあいだ、どうして私以外の誰ひとり、中に入れてくれといって来なかったのです?」いのちの火が消えかけていた。うすれていく意識を呼びもどすかのように門番がどなった。「ほかの誰ひとり、ここには入れない。この門は、おまえひとりのためのものだった。さあ、もうおれは行く。ここを閉めるぞ」」
そこから人生の教訓のような普遍的なものを読み取ることができるし、カフカの時代の社会や政治背景と紐づけて何かを読むこともできる。フロイト流の精神分析論を展開することもできる。カフカは生前にほとんどの作品を公開することなく逝った作家なので、何が著者の意図だったのかは確定できない。この多義性と不確定性がカフカの不条理の面白さなのだなあと改めて思った。
この短編集の収録作品では「掟の門」「橋」がおそらく一般的な人気作品だと思うが、私が一番好きなのは「こま」だ。たった2ページ、1シーンだけの超短編だ。ある哲学者が子供たちの回すこまをじっとみている。回っているこまをつかもうとする。
「つまり彼は信じていたのだ。たとえば、回転しているこまのようなささやかなものを認識すれば、大いなるものを認識したのと同じである。彼は大問題とはかかわらなかった。不経済に思えたからである。ほんのちょっとしたささやかなものでも、それを確実に認識すれば、すべてを認識したにひとしい。」
ここを読んでいて、電車をひと駅乗り過ごしてしまった。
超短編が多いので、移動や休み時間に読みやすい。
「火夫」は珍しくドラマチックな展開をする。「万里の長城」は政治や経営の哲学考察として読める。
【収録作品】
掟の門
判決
田舎医者
雑種
流刑地にて
父の気がかり
狩人グラフス
火夫
夢
バケツの騎士
夜に
中年のひとり者ブルームフェルト
こま
橋
町の紋章
禿鷹
人魚の沈黙
プロメテウス
喩えについて
万里の長城