Books-Fiction: 2006年6月アーカイブ

聖水

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・聖水
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2001年度芥川賞受賞作「聖水」、1995年度文學界新人賞「ジェロニモの十字架」を含む、4編の文庫本。アマゾンでオススメされ、今頃読んで感動する。青来有一、その後の作品も全部読もうと思った。

4編とも、信仰と救済がテーマとして共通している。著者は地元九州長崎の、隠れキリシタンや原爆、海(干潟)といった土地の記憶を物語に重ね合わせる。キリシタンは神、原爆は死者、海は彼岸という、異界との接点である。そうしたものと向き合った人間の変容を、情感豊かな文体で丁寧に描く。

信仰と救済がテーマといっても、曽野綾子、三浦綾子のような、キリスト教信者的な作風とはだいぶ異なっている(著者に信仰があるかは知らない)。信仰の意味を問うような厳しさではない。信じることで救われる人間を描くと同時に、信じるものを取り巻く危うさ、不気味さ、不思議も常に対置させている。

そういえば4編とも、出てくるのは正統なキリスト教や仏教ではなく、ある種、邪宗的な色合いの信仰だ。そうした登場人物は、少し狂っているともいえる。その狂気が、かけがえのない癒しを与える聖性に変わる瞬間が、「聖水」や「ジェロニモの十字架」の物語のクライマックスに据えられている。

狂ったもの、穢れたもの、祟るものの異界から、聖なるものが出てくる、再生する。日本の土俗宗教的、神道的な宗教意識を強く感じる。歴史的にも異界との接点であった長崎の海と土の匂いがする舞台設定、情景描写がその意識を自然に包み込んでリアリティを与えている。土の中から掘り起こされた十字架であり、歴史の古層から蘇ったオライショが生きている。

エロスの描き方もうまい。エロスとタナトスの媒介にマリア的な女性が効果的に登場する。初期設定の死や暴力だけではスタティックになりがちな物語が、その存在によって、主人公の男性を突き動かし、生と性と聖が3つつながっていく。死が再生に循環する深さを与えている。

・表現者の現場
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/hyogen/0508/hg_508_050801.htm

・書評:カテゴリ 神話・宗教
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/cat_booksreligion.html

・PILOTS初期画集成LEGEND ARCHIVES―COMICS
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私が大ファンの漫画家 星野之宣の初期作品の”画集”。幻の作品も収録。飽くまでファン向け。

初期作品のイラスト、原画をセレクトしている。なんと高校時代の作品もある。セリフ部分は手書きである。絵は今の方が上手くなっているが、作風という点では出発点において、既に星野ワールド。星野作品には、大きくSFモノと歴史モノがあると思うが、SFモノの収録数が多い。

解説を読者から見ると永遠のライバルのように思える諸星大二郎が書いている。「星野さんの本の解説を書かされることになってしまった。他人の作品の解説なんて柄じゃないし、どうなるか分かりゃしないと思ったものだが、引き受けてしまったので仕方がない。無茶苦茶な文章になっても勘弁してくれと、本人には言ってある。こういうことのコツはまず無責任になることだ。」。こんな出だして、デビュー以来の、星野氏との出会い、漫画家としての軌跡と二人の交差、手塚治との鼎談の思い出などを語っているが、いつのまにか諸星大二郎自身の自分語りになっていて、あまり褒めない。やっぱり、こういうのがライバル関係の心理なんだろうなと可笑しくなった。

ここ数年、星野之宣作品は復刻全集化?が進んでおり、入手が容易になった。人にすすめやすいのが良いのだが、復刻版には未収録作品が入っていたりするため、全部買いなおさねばならないのがファンとしては忙しい。

(さらに宗像教授異考録 2,3が近刊として発売予定。)

・2001+5~星野之宣スペース・ファンタジア作品集
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「SF・伝奇漫画の第一人者である作者による、単行本未収録作を中心に集めた傑作集。名作の誉れ高い『2001夜物語』の、幻の番外編「夜の大海の中で」を筆頭に、宇宙SF漫画の逸品を集めた、粒ぞろいの短編集。」

・妖女伝説―初期型LEGEND ARCHIVES―
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「刻と空間の彼方から、女たちの「言霊」が聞こえる-。「宗像教授シリーズ」「ヤマタイカ」、そして「ヤマトの火」の原点である歴史と伝奇ロマンに誘う星野之宣の初期名作。初版をベースに初出順に再構成のうえ、ここに蘇る! 」

・MIDWAY 宇宙編
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「人類は新たなる大地を求め、果て無き星空に飛び立つ!! しかし、その無限なる可能性の裏にある過酷な現実とは!? SF漫画の名手である著者自らが選んだ8作品を収録!! 「星野之宣 自選短編集 MIDWAY 宇宙編」待望の文庫化!! 各作品解説・あとがき/星野之宣 」

・私の好きな漫画家たち
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000741.html

これから読む人は「宗像教授シリーズ」「2001夜物語」あたりがおすすめ。

・詩のこころを読む
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アマゾンのカスタマーレビューで5つ星連発。私も5つ星をつけたい名著。

詩人 茨木のり子が、主に日本の詩の名作を取り上げ、評論する。

じわっとくる、ぐっとくる、日本語がある。

谷川俊太郎、吉野弘など国語の教科書にでていた記憶のある、有名な詩も含まれているのだが、この年になって読み返して、違う解釈で感動できる詩が多いなと感じた。「空にすはれし15の心」なんて15歳の時にはまったく違う印象だった。

普段、ビジネス文書や研究論文ばかりを相手にしていると、アタマにでなく、ココロに響くことばの使い方があることを忘れてしまいがちである。ときどき言語感覚をリフレッシュするのに詩はいいなと思う。

「思索の淵にて」のときにも思ったのだが、詩は連続して読まないのがいい読み方かもしれないと思う。前の作品の強烈な印象が残っていると、次の作品鑑賞の邪魔になるし、余韻が味わえない。この本の場合は、途中に長文の解説が入るので、感受性を休ませながら、読むことができるのが良かった。

・思索の淵にて―詩と哲学のデュオ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004562.html

詩といえば、こんな面白いコラムをみつけた。新宿駅で「私の志集」を売る女性は何者か?。女性に話しかけたことから始まるドラマをフリーライター氏が書いている。私もこの詩集を売る女性を見たことがあって気になっていた。

・オンライン古書店の誘惑
http://www.vinet.or.jp/~toro/genko/syowa2.html
第2回「私の志集」の巻。彼女が17年間街頭に立ち続けたのは...。

なんだか、この女性の人生自体が詩になりそうだ。

・戦争を演じた神々たち(全)
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破壊する創造者、堕落した王妃、不死の恐竜伯爵、男から女への進化、完全なる神話学的生態系、等々。生命をめぐるグロテスクで寓意に満ちたイメージが、幻視者、大原まり子のゴージャスかつシンプルな文体で、見えざる逆説と循環の物語として紡ぎあげられた。現代SF史上もっとも美しくもっとも禍々しい創造と破壊の神話群。第15回日本SF大賞受賞作とその続篇を、著者自ら再編成しておくる、華麗で残酷な幻惑の輪舞。

「地域情報化 認識と設計」の書評を書いたら、小橋さんからお礼のメールをもらった。彼もSF好きなので、末尾にこの小説を薦めるコメントがあった。即購入してみた。大正解。これは面白かった。表紙がライトノベル風なので、薦めてもらわなかったら出会えなかったであろう名作を発掘できた。

独特な宇宙観、世界観の中で荒唐無稽な神々が暴れる。死と再生、創造と破壊、循環する神話の時間、女性的なるものなど、どの作品も激烈なイメージに魅了される。ここではファンタジックなストーリーは強烈なイメージを創りだすための道具として機能している。そのイメージは私たちの中の原体験や宿業と呼応して、著者の異世界の奥へと引きずり込もうとする。まさに神話的な物語。

各作品は独立しているが、共通した設定もあって、続けて読むことで、いっそう引き込まれやすくなっている。このブログで紹介しているグレッグイーガン系とは違って、難解な宇宙論や量子論はでてこないので、ハードSFは苦手という人にも物語系としておすすめできる。

・思索の淵にて―詩と哲学のデュオ
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こんな日本語を書けるようになりたいと思う作家に詩人・茨木のり子がいる。

・茨木のり子 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%A8%E6%9C%A8%E3%81%AE%E3%82%8A%E5%AD%90
「茨木 のり子(いばらぎ のりこ、1926年6月12日 - 2006年2月19日 本名・三浦のり子)は、同人誌「櫂」を創刊し、戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人にして童話作家、エッセイスト、脚本家である。戦中・戦後の社会を感情的側面から清新的に描いた叙情詩を多数創作した。主な詩集に『鎮魂歌』、『自分の感受性くらい』、『見えない配達夫』などがある。」
  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


今年の2月に他界された。凛として、寄りかからない、自律した個の表現を貫いた人であった。この本は、在野の哲学者 長谷川宏が、茨木の詩集から30編を選び、各作品に対してエッセイを綴っている。

詩人の詩と哲学者のエッセイが交互にあらわれる。長谷川のエッセイは単なる詩の解説にとどまらず、長谷川自身の人生や現代社会に対する考察に広がっていく。混ざり合わない。表題どおり、個と個の思索の淵をのぞきこむといった感じである。

茨木のり子は序文にこう書いた。


思索という言葉からは、なにやら深遠なものを想像しがちだが、たとえば女の人が、食卓に頬杖をついて、ぼんやり考えごとをしているなかにも、思索は含まれると思うほうである。

落ちこぼれ、という詩は、こんなふうに始まり、こんなふうに終わる。


落ちこぼれ
  和菓子の名につけたいようなやさしさ

<中略>

落ちこぼれ
  結果ではなく

落ちこぼれ
  華々しい意志であれ

なにげなくはじまって、なにかになって終わる、そんな作品が多い。

選者の長谷川氏は私塾の経営者であるため、教育についての思索エッセイも多い。義務教育の教室に対する疑いを綴った下記の節はとても共感した。


一つには、同年齢の子を一箇所に集め、その前に一人のおとなが立って教える、という場のありかたを、わたし自身が窮屈だと感じているためだ。子どもたちがわれから進んでこんな集団やこんな場を作ることは、絶対にない。おとなにしても、社会の現実と子どもの将来を考えた上で、こういう形の教育が必要だし効率的だとして作り出された人為的空間が教室という場なのだ。そして、そうした空間を維持するには、なにより、おとなの管理が必要とされるのはいうまでもない。

現実、おとな、効率的、管理、そうした人為的窮屈から、華々しく落ちこぼれた、ふたつの意志による思索の結晶の一冊。詩、エッセイ、詩、エッセイという並び方がテンポよく読めるのも良かった。

・科学者が見つけた「人を惹きつける」文章方程式
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003722.html

異国の迷路

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・異国の迷路
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直木賞作家 坂東 眞砂子が無名時代に旅行雑誌「るるぶ」に連載した短編を集めて構成。異国をテーマにしたショートホラーが12編。舞台はニューヨーク、パリ、東南アジア、ヨーロッパなどで、各国の都市の持つ雰囲気が、それぞれの物語に色濃く反映されているのが見事。

どの話も異国に旅する男女が情念の迷宮にはまり抜けられなくなる。なにかにとらわれて戻れなくなる。怖いのは亡霊でも妖怪でもなく、それを生み出している人間のこころなのだ。10数ページの短い物語だが、読者は毎回、深い深い迷宮の奥へひきずりこまれていく。

小品集だが傑作だと思う。

私が坂東 眞砂子を知ったのは、『死国』(1999年、東宝)、『狗神(INUGAMI)』(2001年、東宝)の原作者として、であった。人間の情念の怖さ、悲しさが描かれていて好きな2作品。特に狗神はおすすめ。

・狗神 特別版
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・死国
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