Books-Fiction: 2006年2月アーカイブ
「ソラリス」の著者スタニスワフ・レムの短編集。この作家とミラン・クンデラはノーベル文学賞をいつ受賞しておかしくないだろう。なかなか実現しないけれど。
未来に出版されるはずの、架空の書物4冊への序文集と、超越的知性を実現したコンピュータ ゴーレムによる2027年の人類への講義集の2パートからなる。
架空の書物とは、
「ネクロピア」
人間の肉体を透過することで、その存在の意味を浮かび上がらせるレントゲン写真集。
「エルンティク」
知性を持つバクテリアを培養した生物学者の研究記録。
「ビット文学の歴史」
コンピュータが生み出す文学のめくるめく世界。
「ヴェストランド・エクステロペディア」
未来予測コンピュータがアップデートし続ける百科事典。
の4冊。
どれも本文はなく、序文だけがある。
存在しない書物と架空の序文を掛け合わせることで、ありえたかもしれない世界観が立ち上がる。まさに掛け合わせると-1になる虚数のような不思議な存在の世界をのぞくことができる。
そして、圧巻の
「GOLEM 14」
は、人類の脳を圧倒的に凌駕する人工知能ゴーレムが、人類に向けて行った何回かの講義録。SF作品と言うより哲学だ。肉体を持たない超純粋知性が語る存在論、人間論、未来展望。その洞察力に圧倒される。眩暈がする。序文集と同様に、スタニスワフ・レムは博覧強記の衒学的文体で虚数的な存在様式の宇宙を存立させている。
この本は1973年に書かれたもの(和書は翻訳の難易度が高かったからか1998年までなかった)だが、今でもその魅力はまったく色あせていない。この30余年の技術や科学の進歩とのズレがほとんどないように思われる。それはレムが未来を予測していたということもあるのだろうけれど、本質を見抜き数十年後も変わらぬことに言及していたということでもあるだろう。
スタニスワフ・レムを読む。それは哲学書を何十冊読むより考えることが多い経験である気がする。