Books-Economy: 2011年8月アーカイブ

・次世代インターネットの経済学
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まっとうな経済学者が書く、うわつかない次世代インターネット経済学。

ベストセラーになった「フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略」などは「情報通信経済学の専門家の立場からは、荒唐無稽な主張である」とばっさり切って捨てる。デジタル経済ではデジタルのものは遅かれ早かれ無料になるというのが「フリーミアム」だが、著者曰く限界費用がゼロになるからといって価格がゼロになる必然性はなく、企業は差別化や独自ブランドによってベルトラン競走から逃れようとする。そもそも限界費用ゼロといっても商品が競争市場で勝てるだけの付加価値を生むには、相当に大きな固定費用が現実には必要なはずだと指摘する。

フリーミアムは経済の一面しかみていないのだ。現代のデジタル経済で重要なのは両面市場の経済学だという。「ネットワーク効果をレバレッジとして効かして、一方で無料で他方で有料で、二種類のユーザを共通のプラットフォームでつなぐようなビジネス・モデルを両面市場(Two-sided Market)という。Googleのビジネス・モデルは、両面市場の経済学として明解に説明できる。」。だから一方の価格の効果だけみていてはだめで、両側の分配比率に気をつける必要があるのだ、というわけ。

経済学者が、バズわーどに踊らされず、経済学的に確実にいえることは何かを冷静におさえながらデジタル経済を現実的に語る本だ。規模の経済やネットワーク効果という基本的な理論を、現在の市場にあてはめて解説してくれる。ロックインと経路依存性の話もITビジネスでよく発生する問題を理解するヒントになる。なぜ市場ではしばしば良貨を悪貨が駆逐してしまうのかのワケ。

「デジタル経済では、主流派経済学が想定してきたような予定調和型均衡は成立しない。正のフィードバックのために、複数均衡の中の最適均衡に収束する保証はなく、いち早くクリティカル・マスを獲得した非効率的な技術が普及し(過剰転移)、そのまま長期間ロックインする(過剰慣性)かもしれない。」

・過剰慣性
「非効率な旧ネットワーク技術が既に普及し、ユーザがロックインしてしまうために、効率的な新ネットワーク技術が阻害される。」
・過剰転移
「非効率な新ネットワーク技術が将来普及すると予想されるために、効率的な旧ネットワークを駆逐してしまう。」

要するに、ネットワーク製品やサービスは、良い物を作れば必ず売れるわけではない。現状の市場の状況をみて戦略を打ち出していく必要があるということだ。当たり前なのだが、市場でプレイヤーとして戦っていると忘れがちな事実をたくさん指摘して貰ったような気がする本だった。

・日本「再創造」 ― 「プラチナ社会」実現に向けて
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明解なヒントに満ちた本。

元東京大学総長で三菱総合研究所理事長の小宮山宏氏が提唱する「プラチナ社会」とは

エコで低炭素な社会を実現していく「グリーン・イノベーション」
活力ある高齢化社会を実現していく「シルバー・イノベーション」
ITを効果的に活用して人が成長する「ゴールデン・イノベーション」

という3つが有機的にむすびついた未来社会のイメージである。

市場競争で飽和した普及型需要から、これまでにない創造型需要で未来を切り開く国になるには、日本は課題先進国から課題解決先進国へと変身することだと説く。いま日本が直面している問題は近い将来にアジアや世界の国々にも生じる問題の先取りだからだ。

物事の本質をみる着眼点がユニークだ。

たとえば各国のインフラの整備度合いを、2010年までの一人当たりセメント投入量累計でみる。アメリカなら約16トン、フランス22トン、日本29トン。急速に追い上げる中国ではすでに14トンに達しており、直近では年に1.3トンのペースで増えている。2年後にはアメリカに追いつく。

「中国とアメリカの国土面積はほぼ同じで、人口は中国が4.5倍ある。2012年に人口当り投入量が同じということは、中国の国土にアメリカの4.5倍の密度でセメントが投入されることを意味する。高速道路や飛行場やビルなどのインフラ投入の総量が4.5倍になるわけだ。 したがって、今後もしばらく中国が年率10%もの高成長を続けるとすれば、道路や港湾、ビルなどのインフラは予想以上に早く建設され、早ければ二年、どんなに遅くとも10年以内で飽和状態に達するのは確実である。」

物質は飽和する。投入した物質の量をみて状態を測る。いわれてみればとてもシンプルで本質的な考え方だ。

物質は有限だが欲望は無限だ。人類の情報スピードが「神の見えざる手」を超えてしまい、市場は均衡せずに暴走するかもしれない。プラチナ社会を実現するための具体策として、

1 エネルギー効率を3倍にすること
2 物質循環システムを構築すること
3 非化石エネルギーの利用を二倍にすること

といった施策が掲げられている。効率が3倍になれば使用エネルギーが3倍に増えても問題がない。循環システムがあれば無駄がない。非化石エネルギーによってCO2排出量を抑えられる。

ではわたしたち具体的にはなにから手をつけたらいいか?

人々が最新のエコ家電に買い替えることで、日本の産業は復活し、海外に輸出する製品が磨かれ、効率社会も実現される。だから最新の家電の買い替えが、一般市民ができる第一歩としてよいらしい。買いますかね。

・国家は破綻する――金融危機の800年
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過去800年間の各国の記録を精査して国家の金融危機(ソブリン・リスク、デフォルト、銀行危機)を分析した研究書。

長い歴史のスパンで見ると国家はひんぱんに破綻している。公的対外債務のデフォルト、国内債務のデフォルト、そして銀行危機、インフレ、通貨暴落。この本にあるデータをみれば国家は破綻しないなどというのは幻想であることがわかる。世界の半分近い国がデフォルト中ということが歴史上何度も起きているのだ。デフォルト回数の記録保持者はスペインだが、世界のほぼすべての国が新興市場国だったころに一度は対外債務のデフォルトをしている。

国内債務のデフォルトよりも、公的対外債務のデフォルトが起きやすい。これは「国がデフォルトを起こす主な原因は、返済能力ではなく返済の意思である」という理由で説明できるそうだ。債権国が債務国を武力で脅して回収するという発想は費用便益分析的に考えて、現実的ではない。だから債務国にしてみれば、いろいろデメリットはあるものの、ある程度の体力を残した状態でデフォルトしてしまい、交渉で債務の一部不履行やリスケジューリングへと持ち込むことにも合理性がある。

統計的にみると国内債務の方がデフォルトの許容限界が高い。この場合、打ち出の小づちとして政府は、通貨発行ができるが制御不能のインフレをまねく可能性がある。事実上のデフォルトがインフレという形をとることもある。

「なぜ政府は、インフレで問題を解決できるときに、わざわざ国内債務の返済を拒否するのだろうか。言うまでもなく一つの答えは、インフレがとくに銀行システムと金融部門に歪みを生じさせるから、というものである。インフレという選択肢があっても、支払い拒絶の方がましであり、少なくともコストは小さいと政府が判断することもある。」

対外、国内どちらにせよ、国がデフォルトを起こす主な原因は、返済能力ではなく返済の意思であるということになる。むろん一人前の国家はデフォルトを選ばない。

「高所得の先進国の多くは1800年以来、対外債務のデフォルトを起こしていない。
現在の先進国は公的債務のひんぱんなデフォルトや年率20%以上の高インフレからは卒業したが、銀行危機から卒業したとは言い難い。」

後半では、先進国で発生しやすいのは銀行危機であり、いかにそれが一般的でよく起きるかを数字で示している。つまり、国家と言うのは先進国、高所得国になっても破綻するときには破綻するものなのである。構造改革も、技術革新も、よい政策も、健全なファンダメンタルズも、国家の破綻を完全に防ぐことはできない。しかし、専門家はしばしば「今回は違う」シンドロームに陥って、状況を見誤ってきたというのもこの本が明らかにする歴史の一面だ。

著者は公的対外債務危機、公的国内債務危機、銀行危機、通貨暴落、インフレ急騰の5種類の危機が、その年に起きているかどうかで国家の金融危機度を測る総合指数(BCDI指数)を開発した。1種類が起きると1、5種類ならば最も深刻な5になる。

2007年の米国のサブプライムショックとそれに続く「第二次大収縮」は、第二次世界大戦以降で最悪の深刻度を持つものであったということがわかる。国家はしばしば破綻するものだが、歴史的に見てもあれは相当やばかったのだよ、といいたいらしい。

そして今日は2011年の8月1日である。

米国はどうやら今回の債務危機を回避できるらしい。この本の過去のデータ的にも米国がこの状況でデフォルトする確率は低そうだし、「国がデフォルトを起こす主な原因は、返済能力ではなく返済の意思である」なのであるから、当然といえば当然か。