Books-Economy: 2009年11月アーカイブ
ナッジ(NUDGE)の本だ。ナッジとは、何らかの選択において、特定の選択肢を選ばせようとする示唆のことである。たとえば、カフェテリアではラインの最初の方に選ばれた料理が自然と多く選ばれる。選挙では投票用紙の一番上に名前が載っている候補者は有利になることが知られている(3.5%増えるそうだ)。特に複雑でまれにしか直面しないような重大な選択(医療や投資、結婚など)において、ナッジはよく効く。
「われわれの言う「ナッジ」は選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素を意味する。純粋なナッジとみなすには、介入を低コストで容易にさけられなければならない。ナッジは命令ではない。果物を目の高さに置くことはナッジであり、ジャンクフードを禁止することはナッジではない。」
行動経済学が明らかにしたアンカリング、利用可能性、代表制などのヒューリスティクスや認知バイアスが解説される。そして、そうした知識の活用法として、社会の重要な場面の選択アーキテクチャーに、人々を好ましい方向に導くナッジを配置することを、著者は提案している。人々の自由選択に任せるリバタリアンと、政府が最良を提供するパターナリズムの中間に、自由選択とナッジによる「リバタリアン・パターナリズム」という方法を提案する。
選挙の前日に投票するつもりかどうかを質問すると、その人が投票に行く確率を25%も高める。今後6カ月以内に新車を買うつもりですか?と質問すると、対象の購入率が35%も高まった。次の週に高脂肪食品を食べるつもりかと聞かれた人々がそうした食品を食べる量は減る。多くの人々はデフォルト(初期設定)をカスタマイズしない。ちょっとした選択アーキテクチャーの工夫で人々は簡単に誘導されていく。
良い選択アーキテクチャーをつくる6原則として、
・インセンティブ
・マップングを理解する
・デフォルト
・フィードバックを与える
・エラーを予期する
・複雑な選択を体系化する
の6つがあげられている(英語で書くと頭文字がNUDGEになる)。
本書では貯蓄、社会保障、信用市場、環境政策、健康・医療、結婚などのテーマで、最良のナッジのあり方が議論されている。社会政策において、ナッジすべき良い方向とはどっちかというのは、一概に決められないのではないかという気もする。だとすると、ナッジという方法論は、為政者のコントロールの道具にもなるものだ。政治の参謀が持つべき策略の知識であるともいえる。それを見破るための市民の持つべき見識でもある。
著者が最後に結論したように、「一定の原則に基づいた選択の自由が尊重されると同時に、緩やかなナッジ」があるような穏健な状況がベストな社会なのだろう。
・人は勘定より感情で決める
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/11/post-1111.html
・アニマルスピリット
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1036.html
・ねじれ脳の行動経済学
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/04/post-980.html
・世界は感情で動く (行動経済学からみる脳のトラップ)
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-955.html
・予想どおりに不合理
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/12/post-891.html
・人は意外に合理的 新しい経済学で日常生活を読み解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/12/post-896.html
・オークションの人間行動学 最新理論からネットオークション必勝法まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-862.html
・ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/07/post-411.html
映画『おくりびと』をDVDで見た。感動。山崎努の名演が光る。
で、この『死体の経済学』は映画で予習してから読むとよくわかる本だ。葬儀業界に詳しいライターによる現代葬儀業界事情。
数年前に祖母が他界した際に、私ははじめて納棺師の仕事を見た。その15年くらい前の祖父の葬式では、そうした儀式はなかったはずで不思議に思っていたのだが、実際、この職業がスキマ産業として成り立ってきたのが10年ほど前からなのだという。葬儀の世界は意外にも"時代の流れ"で変化していくものであることがよくわかる本だ。
日本の葬儀費用は平均231万円だが我々はそれが高いのか安いのか判断ができない。棺桶やドライアイスや祭壇や会場費は、葬儀社のメニューにある金額を払うしかないが、本当の原価はいくらなのか。ちょっと驚いてしまう定価が、この本には書かれている。
「原価の数十倍を請求することが唯一許されたビジネス、それが葬儀なのだ。」
何もないことに意味を持たせるのが儀式であり、お金を払うからこそ意味が出てくるものともいえる。"知らない方がいい"という業者の声も引用されている。葬儀業界には「葬儀屋は月に1体死体がでれば食っていける。月に2体死体がでれば貯金ができる。月に3体死体がでれば家族揃って海外旅行ができる」という有名な格言があるそうだ。
近年は低価格帯の新規参入や、現代のニーズにこたえる新規サービスが次々に登場している。エンバーミング(遺体保存と死に化粧)業者、死臭消臭剤開発にかかわる人々、チェーン展開する遺品整理屋など、業界人へのインタビューと著者の考察がある。ぼろ儲けというわけにもいかなくなってきたのかもしれないが、高齢者の増加は確実で、今後も成長マーケットであることは間違いないだろう。
死体を扱う仕事というのは、必ず誰かがやらばければならないのだけれど、大多数の人はやりたくない仕事だ。この業界は遺族を満足させなければやっていけない。有望ビジネスという視点で参入するにせよ、結果として、遺族を慰めて幸せにする仕事が増え、それに従事してやりがいを感じる人が増えて、さらに関係者が儲かるビジネスが続くなら、いいことだなと思った。
・遺品整理屋は見た
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004753.html
今年は行動経済学の本が大流行した。人間の不合理性を明らかにするものが多くてどれも興味深い。しかし多くは学者が書いたものだから、読んだあと仕事にどう活かす?が問題だった。その点、この本は日産の現役マーケターが書いている。行動経済学の諸理論を、実際のビジネスシーンにどう応用するか、実践のヒントが多数示されている。学者の本とは一線を画する実用指向が特徴。
たとえばメールの書き方。同じ事実を伝えるにしても、
「調査で4人に3人が選ばなかったことがわかった」
「調査で4人に1人は選んだことがわかった」
前者だとネガティブな印象、後者だとポジティブな印象になる。物は言いようである。人間の心理バイアスをうまく利用して、交渉を有利に進めたり、対立をうまないですます方法が、数十個の理論に基づいて、提案されている。オークションで同じものをより高く売る説明文の書き方(しかも詐欺的でない)なんてノウハウまで。
諸理論というのは、データの一貫性幻想、コントロール幻想、平均回帰、少数の法則、プロスペクト理論、損失回避性、参照点依存性、感応度逓減性、反転効果、フレーミング効果、属性フレーミング、ゴールフレーミング、リスク選択フレーミング、メンタルアカウンティング、利用可能ヒューリスティック、代表制ヒューリスティック、連言錯誤、アンカリングなどなど。
「それはこういったほうがいいよ、こういう理論があるから」という風に実践で使えば、なんだか賢そうである。(深く突っ込まれたらキビシイが)。営業交渉、宣伝広報などの現場で働くビジネスパースンが、行動経済学から学べるヒントを、手っ取り早く把握したいという人によさそうだ。
かつて暗黒大陸と言われたアフリカが、「施しの対象」としてではなく「世界で最も重要な新興市場の一つ」として、世界経済に台頭する勢いを見せ始めている。アフリカはかつての中国やインドのような、未来の成長市場に変わるという確信で書かれたアフリカ経済の展望の書。
急成長する市場のミドル層「アフリカ2」、人口マジョリティを占める若年層の「チーター世代」、ナイジェリア映画「ノリウッド」の勃興、人間性の経済「ウブントゥ市場」など、アフリカ経済のキーワードを学べる。現地で持続可能な経済を作り出すには、内部に棲みこんだ視点が重要だ。アフリカの国々の個別で特殊な事情は、発展のメリットにもデメリットにもなる。
たとえばアフリカは、通信も金融もインフラが未整備な地域だが、世界でもっとも成長の早い携帯電話市場であるという。2005年にはサハラ以南の人口の60%が携帯電話の通信圏内に入った。2010年には85%まで増える見込み。アフリカ10カ国で携帯電話市場は年間85%以上の成長率を示している。携帯が固定電話やFAXよりも先に来てしまったのだ。
「アフリカなど多くの発展途上地域では、携帯電話こそが初めて手に入れる通信インフラであり、零細企業に事業基盤を与え、地法と世界をつなぎ、知識を広める道具となる。一言でで言えば、携帯電話は経済発展の根幹なのだ。」
アフリカでは全家庭の20%しか銀行口座を持っていない。送金費用は高く、為替レートが不安定だ。金融インフラが未成熟な中で、人々はプリペイド式の通話時間を通貨として流通させているという。携帯で通話時間を購入したり、別の携帯に電子的に送る仕組みを使って、取引を実現しているのだ。携帯があれば銀行店舗やATMがなくてもビジネスができてしまう。
ローカルな習慣に合わせる、利用することが、アフリカ進出の成功の鍵のように見える。モロッコではハヌートと呼ばれる小さな家族経営の雑貨屋が8万店舗あり、地域住民と付け払い制度で信用取引をしているため、外部から大手資本のチェーン店が参入することができなかった。そこへ頭のいい起業家が「ハヌーティ」と名づけた近代的なハヌートのブランドチェーンを組織し、銀行の近代的な金融サービスの窓口として展開して成功している。
韓国のLG電子は、イスラームの犠牲祭という祭日に的を絞ったプロモーションを行った。敬虔なイスラム教徒が子羊を屠る日である。この期間中にLGは年間販売台数の30%を販売した。ラマダンという断食週間にテレビの新番組が始まることに目を付けて薄型テレビを宣伝すると年間売上25%が集中した。里帰りにも着目して成果を上げたりもする。それまで有力ブランドだったソニーを押しのけて年50%近い成長率で拡大してきているという。
インフラの未整備、古い伝統の残存、混沌とした市場環境など、アフリカ経済の特殊な事情は、すべてをアイデアで解決しようとする起業家の魂をくすぐるものがある。アフリカは全人口の41%が15歳以下で(インド33%、ブラジル28%、中国20%)世界でもっとも若い地域だ。現在の人口9億人は次の世代で倍増する見込みである。爆発的成長の素因はそろっている。この混沌とした闇市経済から21世紀後半の大企業が生まれてくるのかもしれない、そんな予感をさせる未来志向の一冊。
「常識のある人は、自分を世間に合わせようとする。非常識な人は、世間を自分に合わせようとする。ゆえに非常識な人がいなければ、この世に進歩はありえない。」。BOP(経済ピラミッドの底辺)市場でビジネスを興すことで世界を変えようとたくらむクレイジーな社会起業家たちの現状をまとめた本。
BOP市場はアジアだけでも低所得人口が人口28億6千万人で総所得3兆4700億ドル、世界では40億人で5兆ドルといわれる巨大市場だ。しかし、その消費者たちは貧困や飢餓、戦争やテロ、格差や差別、組織の腐敗に苦しむ国の人々であり、先進国の常識的ビジネスモデルはそのままでは通用しない。社会や政治の変革を伴う、非常識なビジネスモデルが必要とされるのである。
市場経済型のアプローチを使って持続可能な発展を作り出す社会起業家たちが30人以上も、次々に登場する。グラミン銀行のムハンマド・ユヌスやノーベル平和賞のワンガリ・マータイなど著名人もいるが、この本ではじめて知ったクレイジーも多い。
性の話がタブーだったタイで、ミーチャイ・ウィラワイタヤは「コンドーム膨らませ大会」や「ミス・コンドーム美人コンテスト」を企画して「コンドーム王」の異名をとり、人々がコンドームのことを「ミーチャイ」と呼ぶまでにもなった。そして、この間にタイの出生率は彼の思わく通り驚異的ペースで低下した。天才である。この事例では、「深刻な問題を早期に発見することと、その明るい面を示すこと」が重要であると著者は総括している。それには型破りな発想が必要なのだ。
起業家オルランド・リンコン・ボニーヤはコロンビアの貧困地域の若者をIT起業家集団に変身させるイノベーションパーク「パケルソフト」を立ち上げた。「パルケソフトで行われているのはあくまで社会的活動で、たまたまその手段に科学技術を使っているだけです。」。社会的な影響力を持つ仕事に従事しながら、起業のチャンスが与えられる環境に多くの有能な若者が群れている。
持続可能なビジネスを強く意識しているのが最近の社会起業家の特徴のようだ。クリーンテクノロジー投資会社の幹部は「ひと昔前の環境起業家を動かしていたのは『地球を救え』の精神でした。それが悪いわけではありませんが、彼らは起業家ならではの規律や厳格さ、投資利益率に対する意識などに欠けている傾向がありました。」と違いを言っている。
ビジネスを意識する人間は自らの報酬だって意識すべきである。「「持つ者」と「持たざる者」の格差は毎日のようにニュースになるが、営利企業と社会的企業の給与格差がニュースで取り上げられることはほとんどない。誰もが「見て見ぬふり」をしているのだ。」と著者が書いているが、報酬は起業家自身の持続可能性の大きな問題でもあるだろう。
新世代の社会起業家によって、システムの転換が行われている重点分野としては、透明性、説明責任、認証、土地改革、排出権取引、価値の評価・測定の6つが挙げられている。営利のビジネスモデルはやりつくされた感があり、新たなビジネスモデルを考案するのは至難の業だが、社会起業、環境起業の領域はまだ手つかずの領域が多いのかもしれない。アイデアが数年間で大きく実るケースが多いように思えた。
・最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/08/10-10.html
・絶対貧困 世界最貧民の目線
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1037.html
・世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/11/post-1105.html
・いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/04/post-964.html
・未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/05/80.html
・誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-821.html
・ビジョナリーカンパニー【特別編】
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/06/post-403.html