Books-Economy: 2008年11月アーカイブ

・情報革命バブルの崩壊
41BL2uaLUHL__SL500_AA240_.jpg

ITバブルが崩壊どころか世界経済がやばいという昨今的状況ですが「本書のテーマは、これら金が余っていたころに作られた情報革命のルールが、これから金が干上がっていくとき、どう変わっていくのかを見定めることにある。」という切り口で、ネット論客として知られる切込隊長山本一郎氏が書いた新書。濃い週刊誌の巻頭特集記事×5本みたいでタイムリーに面白かった。買うなら今な本だ。

・ネット空間はいつから貧民の巣窟に成り下がってしまったのか?
・ネット無料文化は終わる
・ソフトバンクの崖っぷち経営

など刺激的な論調が満載なわけだが、私が共感した部分は本筋ではないような部分なのだけれども、2か所抜き出してみる。

まず一つ目は、新聞というメディアについて。そういえばちょうど朝日新聞が創業130年にして初の赤字決算というニュースが先日あった。そんな中で新聞各社の差別化について隊長はこう語る。

「新聞業界の目線からすると、概ね全国紙各紙の紙面構成は共通している以上、そこで特徴のある紙面を構成しようとすると、スクープか論調(思想)しかあえりえないことになる。ただ、そうそう日々スクープ記事など書けるはずもなく、定常的にその新聞のその新聞らしさを発揮するためには、編集方針として特定の主義主張に基づいた論調で記事を編集することで、他紙にはない紙面づくりができるとされる。しかしその新聞業界側が他紙との差別化として価値があると考えている「論調」は、読者からすれば興味がない。」

今年のはじめに私も同じことを思ったのだった。

・あらたにす
http://allatanys.jp/

あらたにすは、2008年1月に開始された日経・朝日・読売の合同ポータルサイトである。各社の記事が横並びで表示される。新聞社側としては読み比べてくださいの意味なのだろうが、私が最初にこのサイトを見て感じたことは、大新聞はどれも一緒だな、もはやひとつでいいんじゃないの、ということだった。以前から気がついてはいたけれど、社説と書評程度しか違わないことがこのサイトではっきりしてしまった。正直、読み比べる意味がわからない。

二つ目の共感点は、プロに求められる情報量とタコつぼ化に伴うディスコミュニケーションの話。

「仕事で、趣味で、実用以上の成果を出すためには情報が必要だが、成果を出すために必要な閾値というものは情報化社会のおかげで着実に上がっている。本来の情報化社会とは、その人に必要な情報を効率よく大量に消費させることが可能な社会であるはずが、その方面で使い物になる人材になるためには飽きるほど情報摂取をし、常にスキルアップを続けなければ、文字通り半可通という烙印を捺されてしまう存在に成り下がる社会であると言えよう。」

という部分と

「一方、情報化社会が進展すると、その人が生きるためのコア知識の閾値が増大した結果、一般的な情報、とりわけまったく興味分野などが異なる第三者と話し合うために必要な情報が充分仕入れられないことになる。これでは話が合うはずがない。対人スキルが乏しく人づきあいのできない日本人が増えたという事情もうなづける。」

という部分。

記憶の容量は変わっていないのに、記憶すべき専門知の情報量が増えたせいで、一般教養などの共有知の割合が減ってしまい、その結果、対人コミュニケーションが難しくなったというロジックは、面白い分析だと思った。

といいうわけで、以上であるが、もし切込隊長氏がこのブログを読んだら、「なぜ俺様がいっぱい書いたのになぜおまえはそんな非本筋の部分ばかり引用するのか」と思われるだろう。

インターネット業界で新しい価値を生み出す企業がまだまだ登場するとポジティブに考えている「情報革命はこれからだ」の私としては、ネット業界が危ないという論調はコメントが難しい。博打やバブルの追放は賛成だ。同じ状況認識であり御意なのだけれども、見方はネガ・ポジ反転しており、あんまりコメントしたくないのである。で、そういう都合の悪さがあるからこそ面白い本なのである。

・けなす技術
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003238.html

・グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略
519HCl7xD0L__SL500_AA240_.jpg

「グランズウェルとは社会動向であり、人々がテクノロジーを使って、自分が必要としているものを企業などの伝統的組織ではなく、お互いから調達するようになっていることを指す。」

グランズウェル(大きなうねり)という言葉が浸透しておらずわかりにくいのだが、クラウドソーシング、ソーシャルテクノロジーの本。参考になる企業の成功事例が多数取り上げられている。いままさに旬な本である。

著者の二人はフォレスターリサーチのアナリスト。企業は社内外のコミュニティの力を借りる新しい経営手法を導入すべきだという内容の研究だ。B2C中心のイノベーションだったWeb2.0と比べて、経営手法としてとらえるならばROIを意識せざるを得ない。ケースのうちいくつかにおいてはそうした数字も計算されている。

米国Salesforce社はIdeaExchangeというコミュニティを立ち上げ、自社のWebサービスの改善アイデアを募った。初年度5000件のアイデアが投稿された。同社は顧客コミュニティ主導で、それらのアイデアを整理し、議論し、投票して、実装されるべき機能を絞り込んでいった。結果として2006年には2回だった新機能リリースが2007年に3回になり、2008年には4回になったという。一回の改善点もそれ以前の3倍になったそうだ。

一方、米国DELLはユーザーコミュニティに新サービスのアイデアを求めた。7000件のアイデアが投稿され、50万件以上の投票が行われた。「ウィンドウズではなく、Linux搭載のPCがほしい」という要望にこたえて、DELLは異例のスピードで2ヶ月後にLinuxPCを製品ラインナップに追加した。

ほかにも社内Wikiを活用して生産性向上に成功したインテルの事例や、コンサルティングノウハウをWikiで一般に公開することで、コンサルティング契約数を伸ばすことができたべリングポイントの例、10代女性を商品開発パートナーにつけたP&Gの例など次から次へと有名企業の事例のオンパレードで、アメリカは進んでいるなあと感心させられる。著者の事例の収集がうますぎるのかもしれないが...。

そしてこれらの成功事例から5つの戦略ノウハウが抽出されている。

1 耳を傾ける(傾聴戦略)
2 話をする(会話戦略)
3 活気づける(活性化戦略)
4 支援する(支援戦略)
5 統合する(統合戦略)

企業を取り巻く人々を、コミュニティに対するコミット度合によって、創造者、批評者、収集者、加入者、観察者、不参加者という分類をしている。そのレベルを引き上げていくにはどうしたらよいのか、抽象論ではなく、現場の担当者の声が聞けてわかりやすい。
要は企業が消費者や従業員をさまざまな活動にWeb2.0的テクノロジーを使って引き込むための仕組み作り集である。

経営企画の担当者は必読。おすすめ。

・天才数学者はこう賭ける―誰も語らなかった株とギャンブルの話
51YMKKEGDSL__SL500_AA240_.jpg

先週、日本の高名な数学者 伊藤清氏が亡くなった。株価などのランダムな動きを方程式であらわすことを可能にした確率微分方程式の考案者であった。毎日新聞の訃報にはこんな記述もあった。

・訃報:京大名誉教授・伊藤清さん死去 確率微分方程式創案
http://mainichi.jp/select/person/news/20081115k0000m040099000c.html

「この方程式を土台にデリバティブの理論を確立した米国の経済学者2人が97年、ノーベル経済学賞を受賞。伊藤さんは金融工学の分野で世界的な尊敬を集め「ウォール街で最も有名な日本人」と評されるようになった」

この米国の経済学者2人とは、本書の登場人物であり、ブラック-ショールズ方程式の考案者マイロン・ショールズとロバート・マートンのことだ。金融商品の価格決定メカニズムをモデル化した彼らの理論は、後の金融工学の発展に大きな影響を及ぼした。

ところが...。この2人は学者であると同時に投資家でもあった。自分たちの発明した理論で1000億ドルの投資ファンドを運用していたのだが、ノーベル賞受賞の翌年の1998年、アジア通貨危機やロシア財政危機のあおりで、巨額の損失を出して倒産してしまう。「取引同士の相関が高くなったときのパニックの可能性を過小評価していた」と本書では分析されている。

現実の株式市場は世界の頭脳をもってしてもまだ予測不能だったのだ。相場の必勝法は不可能だからこそ、多くの才能をひきつけるテーマだった。この本はそうした投資とギャンブルへの数学的挑戦の歴史を描いている。

投資理論も完成させた「情報学の父」クロード・シャノン、ブラックジャック必勝法発見で知られるエドワード・ソープなど、20世紀の天才数学者たちは、大学の外で投資事業を行っていたことでも知られる。自分のお金を張ったのだから、天才たちが本気であったことは確かだろう。

「シャノンは、ランダムウォークから稼ぎを得る方法を説明した。聴衆に向かって、価格が無作為に上下していて、上昇傾向も下落傾向も見られない株を考えるように求めた。資金のうち半分を株勘定に、残り半分を「現金」勘定に置く。毎日、その株の価格は変化する。毎日正午に、ポートフォリオを「調整」する。つまり、ポートフォリオ全体(株勘定と現金勘定)が、今、どれだけの値段かを計算して、株と現金とが元の五分五分の割合を回復するように、資産を株から現金へ移したり、その逆をしたりする。」

本書に登場する多くの数学者たちはシャノンと同様に、短期間で個別銘柄の値動きを正確に予測できるとは考えていない。株価はランダムウォークであることを前提としている。投資する個別銘柄は猿が選んでも熟練アナリストが選んでも将来のある時点での勝率は変わらない。たくさんの銘柄に投資すれば、成績は市場の平均リターンに収束していく。では、どうすれば勝てるのか?

ソープは「問題は『市場は効率的かどうか』ではなく、『市場はどの程度、非効率的か〔投資家のつけこめる余地がある〕か』、『そこにどうやってつけこむか』ということだった。」と考えた。ソープは投資商品の中から値動きは小さくても「ほとんど確実な取引」をみつけるのがうまかったようだ。そこに思い切った大金を投じた。つけこむ余地の発見にソープの頭脳は役立ったらしい。

この本には、何十もの投資理論が紹介されているのだが、実際に大きな利益を出したのは、意外にも長期保有のファンダメンタル投資であるように読める。シャノンが大きく儲けたポートフォリオが公開されているのだが、ヒューレットパッカードとかモトローラなど、時代の潮流に乗った企業を30年保有して売却したという内容なのだ。

「シャノンは「会社の経営やその会社の製品に対する将来の需要を評価して、今後数年の儲けの伸び方について外挿できること」を強調した。「株価は長期的には利益成長率に沿う動きをします」。値動きの勢いや変動の程度はほとんど気にしなかった。「鍵を握るデータは、私の見るところでは、株価がこの何日、何ヶ月でどう動いたかではなく、この数年で利益がどう変化したかです」。」

20年、30年後という将来に成長する産業と、その中心的プレイヤーになる会社を見極めて、一度投資したら動かさない。これはウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロスなども似たような投資スタイルらしいから、今のところ判明しているベストな投資方法なのだろう。

株式投資の研究は「勝てば官軍」的なイメージが強いため、何が理論的に正しいのか、わかりにくい分野だ。世の中には科学的根拠を持たない怪しい投資本があふれている。そんな中で数学者たちの研究史という形で、厳密に情報を整理してくれる知的で面白い本だ。

・天才数学者、株にハマる 数字オンチのための投資の考え方
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/07/vewoaeneiissiilu.html

・アラブの大富豪
411dKSjn4lL__SL500_AA240_.jpg

元アラビア石油駐在員でJETROサウジアラビア事務所長などを歴任したアラビアの専門家が書いた「アラブの大富豪」の実態解明本。わかりやすく情報が整理されていて、大変面白かった。

・アラビア半島定点観測 - 半島各国の社会経済及び支配王家に関する動向分析
http://ocin-japan.blog.drecom.jp/
この本の著者のサイト。

まだ多くの日本人が率直に答えるなら「アラブの大富豪」という言葉で連想するのはピンクレディーだろう(30代以上限定)。ヒット曲「ウォンテッド」に"ある時謎の運転手 ある時アラブの大富豪、ある時ニヒルな渡り鳥"という歌詞があった。80年代にはダイアナ妃がアラブの大富豪と一緒に死んだ事件もあったが、日本人の大半にとってこの言葉は得体の知れない大金持ちという記号でしかなかった。

記号を具体的な顔として見せてくれるのがこの本だ。

中東には世界の石油と天然ガスの半分=1兆2000億バレルが眠っている。日本の年間石油消費量は約20億バレル。その価値は1バレル当たり100ドル、1ドル110円で計算すると1京3000兆円にもなる。この巨額のオイルマネーは欧米企業の買収や不動産投資に当てられているという。

「その使い方は各国それぞれに異なる。米国を牽制する手段に使おうとしているのがイランであり、サウジアラビアもそれに近い。これに対してカタルやクウェイトはそれを米国に差し出すことによって自国の安全保障を確保しようとしている。そしてドバイは、それを利用して世界経済そのものの中で羽ばたこうとしている。」

しかし、こうしたアラブ産油国のマネーの実態はまだベールに包まれている。アラブ経済の主要プレイヤーが存在するサウジやドバイ、ヨルダンの企業は、情報開示義務を持たない非公開の王族系同族会社ばかりだからだ。

サウジアラビアの創始者アブドルアジズは36人の子供を作った。その子供が254人に増え、現在は孫の代でその数は1000人を超えるそうだ。この王子達が国家と国営企業の運営者となっている。故に現代アラブの政商は為政者自身であり、王族の財布=国家の財布という実態が明かされる。

オイルマネーを理解するには、経済合理性よりも、歴史や文化の深い理解が必要のようだ。この本では前半にサウジ、ヨルダン、ドバイの歴史と王族達の親戚関係の情報整理がある。そして大富豪で権力者である華麗な王族リーダー達のプロフィールが顔写真も交えて紹介されている。アラブの大富豪を覆う秘密のベールが少し薄くなった気がする。

今後のアラブマネーの動向を考える上で参考になる入門書だと思った。

・住んでみたサウジアラビア アラビア人との愉快なふれ合い
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/07/post-109.html