Books-Economy: 2007年1月アーカイブ
「はたらけど はたらけど 猶わが生活楽にならざり ぢつと手を見る」 石川啄木
フリーター、ニートが社会問題になって久しいが、職を得たら幸せなゴールとも言えない現実がアメリカにはあった。働いても働いても貧しい生活から脱出できないワーキングプアという階層が近年、大きな問題として浮上している。
著名な女性コラムニストである著者は、米国の低賃金労働を体験するために、身分を隠し僅かな生活資金だけを持って、長期潜入取材を敢行した。「頂点から20%の階層」から「底辺から20%の階層」へ。時給6〜7ドルの劣悪な長時間労働の環境で、食費や医療費も切り詰めながら、土日も働く日々を体験した。
低賃金労働とはいえ職を得るのに一苦労する。性格的問題がないことを証明するために馬鹿馬鹿しい数十の質問リストに答え、従順な従業員になることを経営者にアピールしなければならない。麻薬をやっていないことを示すために、担当者の目前での尿検査まである会社もある。
単調な労働に創意工夫は期待されない。一人がちょっと頑張ると「みんながそうしろって言われちゃうでしょ」と同僚から叱られる。できる従業員は酷使されるだけ。仕事ができたからといっても1年後に時給が1ドル上がるくらいの将来しか用意されていないのだから、専門の技能を伸ばすことなど考えられはしないのだ。
最低水準の生活を維持することに精一杯な状況では、よりよい職場へ転職することもできない。貯金が無いので職探しのために仕事を休めないからだ。人間関係も職場に閉じているので天職のための情報や人脈もない。
ウェイトレス、掃除夫、スーパーの店員として会社の奴隷のように、身を粉にして働いた著者だったが、どの職業でも生活の向上など実現できなかった。安売りで有名なウォルマート(大手スーパー)の労働者の給料では、ウォルマートのシャツが買えないのである。
米国でおとな一人とこども二人の家族の生活に必要な実質的な年収は3万ドルで、それは時給にすると14ドルだそうである(これには健康保険や電話料金などを含むが娯楽の費用は入らない)。しかし、米国の労働者の60%は時給14ドル以下で働いている。ブルーカラーの労働に対して企業は前述のように6,7ドルで雇用しているわけだから。
多くの先進国では企業が負担できない費用を政府が健康保険や各種の補助金、税金の控除でカバーしているから、国民の生活は成り立っている。自助努力が原則の米国ではそれが期待できない。自力で3万ドル全部を稼ぐしか生きる道は無いのだ。「通勤用の車まで持っている健康な独身者が、額に汗して働いているにもかかわらず、自分一人の生活を維持するのさえままならないというのは、どこかが間違っている」。
著者は、自らの取材体験やそれらの職場での同僚たちの実態をレポートし、貧困から這い上がれない低賃金労働者の不幸の原因も指摘した。彼らは技能がないから、やる気がないから、低賃金労働をしているわけではないのだ。そこから抜けられない社会構造があるのである。そして貧困の再生産構造は強化され、持つものと持たざるものの格差は年々大きくなっている。
低賃金労働の多くは、いわゆる3K労働であるが、これらは中流や上流の階層が快適を味わうためのサービスである。誰かが掃除をして、誰かがお茶を運び、誰かがマーケットの棚を整理しているから、快適な消費が促進されるのである。
「私たちが持つべき正しい感情は恥だ。今では私たち自身が、ほかの人の低賃金労働に「依存している」ことを恥じる心を持つべきなのだ。誰かが生活できないほどの低賃金で働いているとしたら、たとえば、あなたがもっと安くもっと便利に食べることができるためにその人が飢えているとしたら、その人はあなたのために大きな犠牲を払っていることになる」と著者は訴える。
日本でも格差社会の問題が取り上げられているが、こうした本で、アメリカの暗い現状を知っておくことは、課題の解決に役立つかもしれない。能力主義や資本の論理は経済を最適化するものであるが、バランスを考えない施策では、人間に最適化ができないということなのかなと思った。
ブランド文化論の専門家が書いたブランド入門。ルイ・ヴィトン、エルメス、シャネルについて創業から現在にいたる栄光の歴史を紐解くことで現代消費のキーワードのブランドを解題する。
ルイ・ヴィトン、エルメスをはじめ多くの高級ブランドは、起源においては顧客にフランス皇室を持つロイヤルブランドであった。ナポレオン三世の奢侈産業振興政策を背景に、ルイ・ヴィトンは貴族のドレスを鉄道輸送するための高級な木箱をつくった。それはひとつずつ手作りの特注品であり、貴族が召使いに持たせるものであった。顧客のオーラを受けてブランドは輝いた。
馬具商エルメスは自動車の時代、大量生産の時代になることを理解し、だからこそ逆にハンドクラフトを「少なく、高く、売る」、つまり「売らないことによって売る」の戦略が大切になると考えた。希少性の戦略の前提には大量の消費がある。安物、贋物が多く出まわれば、むしろ少数の本物の価値があがると考えて、過剰生産の陳腐化を避けてきた。ひたすらに永遠に変わらないものを追い求めた。
皇室のオーラと少量生産のロイヤル・ブランドの時代に革命を引き起こしたのがシャネルであった。シャネルは皇室のオーラをまったく必要としなかった。孤児であった創業者自身の成功と華やかな生活が、メディアで取り上げられ、彼女自身の姿や生き方のオーラがブランドパワーの根源となった。ココ・シャネルは晩年、ジャーナリストの取材に対して「彼女たちが私の真似をしたのは、私が素敵に見えたからよ。もし時代のなかで何かはやったものがあったとしたら、それはショートカットじゃないわ。流行したもの、それは私よ」と答えたという。
シャネルは本物主義さえ否定した。自分のデザインがそっくりコピーされることを許した。型紙を買っていった業者たちはシャネルの名前を使って自分達の服を世界中に大量に売った。デザインは機能性を重視し、流行(モード)をつくりだした。ロイヤルブランドの永遠に変わらないものの価値を否定した。
シャネルの偽者主義はイミテーション・ジュエリーを自らデザインし販売したことにも現れている。本物の宝石と偽者の宝石を混ぜて使い、ココ・シャネル自身が身に着けて見せた。だが価格は高額のままであった。これは本物の宝石だから高いのではなく、シャネルだから高いのだと言った。
そして王家の血筋よりも有名性がブランドパワーの根源となり、メディアが伝説を作り出す時代になった。モード(流行)とブランドは本来は対立するものであったが、現代はモードなブランドの時代である。ルイ・ヴィトンは「ファッショナブルであってもファッションブランドにはならない」と宣言している。貴族の贅沢がストリートに降りてきてバッグを働く女性に売っている。
女性向け高級ブランドについて名前は知っていても、それぞれがどういう位置づけや価格帯なのかは私はよく知らなかったのだが、この3社が高級御三家で、ルイ・ヴィトンとシャネルはまるで違うものだと基本がわかってまず勉強になった。
・ブランド王国スイスの秘密
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004359.html
経済学の教授が書いた値ごろ感、経済心理学入門。
値ごろ感の方程式が前半のテーマである。
それは、
値ごろ感= 価値 ÷ 費用
というもの。
価値がわかりやすい商品であれば、おまけと割引では基本的に割引の方が効用が高い。
おまけ付値ごろ感= 価値(500円+100円) ÷ 費用(500円) = 1.2
割引の値ごろ感 = 価値(500円) ÷ 費用(500円-100円) = 1.25
「つまり、同じ財源を使うとすれば、値ごろ感という視点からは、おまけよりも割引に使った方が有効であることが分かる。しかし、この簡単な値ごろ感の分数式からいくつかの重要な視点も導き出される。それは割引と同等の値ごろ感1.25を作り出すには、分子には500円×1.25=525の価値を作り出さねばならない。つまり、100円の割引に対して、125円のおまけでやっと釣り合うわけである。
この単純な事実から、おまけをつける場合は相当なものでなければ有効でないことが分かる。そもそも割引には価格という最も明確な費用を差し引いてくれるという実感もあるし、お金が戻ってくるようなものだから、ただでさえ好ましい側面がある。
」
無論、効用関数の計算だけではないと思う。手数料無料の戦略や、衝動買い、ついで買いのポイントなども解説されている。値決めについて考えたい人、売り手の思惑を見抜く賢い消費者になりたい人に基本的な知識を与えてくれる本である。
値ごろ感について最近考えることがあった。
先日、地元のデパートで物産展をやっていた。ミニたい焼きという実演ブースがあった。いろいろな餡子を入れたとても小さなたい焼きである。おいしそうなので買うことにしたのだが、閉店間際だったこともあり、値引きをしてくれた。定価は1個50円である。それを10個で500円のところが350円になった。3割引である。
お金を支払い商品を受け取ると店主が「ちょっとまって、おまけもあるよー」といって、いま買ったのと同じ分量10個をおまけで追加してくれた。本来20個1000円のところを350円で買ったことになる。65%オフである。
だが、私は90%オフ以上の物凄い値ごろ感を感じた。店主の値引き+予想外のおまけの二段階サービスが、65%オフをそれ以上の効果へ増大させたのである。投売りにしても、やり方はあるものなのだなと感心した。
正月にも値ごろ感事件はあった。家族で近所のミスタードナッツへ行ったのだが店頭で福袋を売っている。キャラクターの弁当箱や手帳などのグッズがいくつか入っているそうである。お客は満員なのに、この福袋はあまり売れていなかったし、グッズだけでは買う気がしなかったのだが、売り子がぼそっと大変な事実を述べた。「ドーナツ10個の引換券も入っています。すぐでも使えます」。
福袋コーナーにはドーナツ10個の引換券について表示が無かった。ドーナッツの平均単価は100円を超える。家族で10個は簡単に消費する。どう考えてもお得なのである。3人以上で来ている場合、事実上、タダでグッズ類が手に入るようなものなのである。満員のお客たちはこの事実を知ったら、ほとんどのテーブル席の客が買っただろう。10個くらい食べているんだから。
売り子はダメ押しに「この1000円にはポイントもつきますよ」。妻はミスタードーナッツのポイントカード利用者、貯めてグッズと引き換えるのを楽しみにしていたのである。買わないわけがない。
そしてドーナッツ10個を引換券で注文してグッズを楽しめた。たいへんな値ごろ感であった。わたしたちだけが知っていて得をしているという気分が効用関数をさらに引き上げていた。帰りにもう一袋買おうか?という案まで出ていた。
現代の流通システムには販売奨励金や補助金などのさまざまなインセンティブ制度が働いているから、あの手この手の割引やおまけが店頭で展開されているから、そういうものに対して消費者は麻痺しがちである。ミニたい焼きのように割引の後におまけを提示する戦術や、ドーナツのように、一見割高だけどよく聞いてみるとお得というサプライズ感の演出が有効なのではないだろうか。
「コーヒーカップと口の角度で、残量がわかる。残り少なくなればカップの角度が垂直に近くなる」
お客様のお代わりのタイミングを見計らうために帝国ホテルの従業員はそう教えられるそうである。バーテンダーはお客様がグラスを置く位置を記憶してお代わりの二杯目をその場所に置く。客室のゴミはお客様出発後1日おいてから捨てる、お客様専用金庫室には鏡を置く。電話オペレータはお客様が名乗ったら一瞬間をおいてから「○○様ですね」と確認する。
「サービスは声高にするものではない。控えめに。それが上品だと教えられてきました。「控えめ」でさりげないサービスを徹底すると上品になるということです。」
簡単な作業書以外にマニュアルは存在しないが、帝国ホテル行動基準というカードを全スタッフが携帯している。この本にはそのコピーが全文掲載されている。挨拶・清潔・身だしなみ・感謝・気配り・謙虚・知識・創意・挑戦の9項目。当たり前を積み重ねて上質なサービスを実現する。
社内には「さすが帝国ホテル推進運動」というサービス向上運動があるそうだ。社員以外のホテルハイヤー運転手、靴磨きスタッフ、氷彫刻師などの仕事も表彰されている。表彰理由になったお客様対応のエピソードが多数紹介されている。
ホテルマンの行動基準というとリッツカールトンのクレドも有名である。ザ・リッツカールトン東京は六本木の防衛庁跡地「東京ミッドタウン」に2007年3月開業予定である。7月にはザ・ペニンシュラ東京が帝国ホテルの近くで改行する。
・ザ・リッツ・カールトン東京[THE RITZ-CARLTON TOKYO]
http://www.ritzcarlton.co.jp/
・Tokyo Hotels: The Peninsula Tokyo
http://www.peninsula.com/tokyo_jp.html
・驚きより「顧客感動」〜帝国ホテル・小林社長の戦略
http://job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_06032419.cfm
外資系高級ホテルの進出で、帝国ホテルも厳しい競争環境におかれているはずだが、1880年創業で2005年に115周年を迎えた帝国ホテルは「アーケード」「バイキング」「ホテルウェディング」などをうみだした革新のパイオニアでもある。
「さすが帝国ホテル」で検索してみた。お客の感想がいっぱい出てきた。
・「さすが帝国ホテル」 の検索結果 約 1,350 件
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2005-14,GGLD:ja&q=%e3%81%95%e3%81%99%e3%81%8c%e5%b8%9d%e5%9b%bd%e3%83%9b%e3%83%86%e3%83%ab
「さすが○○」と言われるブランド力でどう外資ホテルを迎え撃つかが2007年の課題のようだ。
・ホテル戦争―「外資VS老舗」業界再編の勢力地図
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004068.html