Books-Economy: 2005年1月アーカイブ
この2年くらい、私の周囲の経営者、マネージャーが話題にする本。読んだのは1年前だが咀嚼できたのが最近なので、いまさらだが書評してみる。
基本的に名著であると思う。でも結論には少し言いたいことがある。
この本の主題のイノベーションのジレンマとは、優良企業はその優良さ故に失敗するという理論だ。
優良企業の特徴:
顧客の声に耳を傾ける
求められたものを提供する技術に積極的に投資する
利益率の向上を目指す
小さな市場より大きな市場を目標とする
優良企業はこうした特徴によって市場のリーダー、大企業になる。だが、やがて成功の要因だったこれらの特徴が”破壊的技術”の開発を妨げ、新興市場への参入に失敗し、最終的には市場を奪われる理由になる、という説である。
破壊的技術とは、既存の技術の連続的な性能向上である持続的技術と対比されるもので以下の原則がある。
破壊的技術の原則:
1 企業は顧客と投資家に資源を配分している
2 小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない
3 存在しないニーズは分析できない
4 組織の能力は無能力の決定的要因になる
5 技術の供給能力は市場の需要と等しいとは限らない
破壊的技術と持続的技術の関係を検証するため、この30年間のハードディスク市場が冒頭で分析されている。
当初は巨大なメインフレーム時代でハードディスクも大きな14インチドライブが使われていた。勝者の企業は14インチの性能改善に取り組んでいた。だが、一方で新興企業は当時は市場ニーズが不明だった8インチドライブ開発に取り組んでいた。やがてミニコン時代となり、小さなドライブのニーズが大きくなる。かつての勝者企業は慌てて小さなドライブの開発に取り組むが間に合わず、新興企業に市場の勝者の座を明け渡す。だが、その頃には新たな新興企業がニーズ不明の5.25インチのドライブを開発している。デスクトップパソコンの時代が到来し、またもや勝者と新興企業が立場を入れ替える。だが、その頃には後にノートPCで使えることが分かるさらに小さなドライブを開発する新興メーカーがいて...。
破壊的技術を生み出した新興企業が成長するのは、それを持続的技術として性能を向上させる組織力を持っているからである。企業の歴史の中で多くの時間は持続的技術によって成長する時間である。顧客の声を聴き、それに迅速且つ適切に応える。感度が高く、優秀で柔軟な組織が成功の鍵なのだ。
著者が言いたいのは、トマスクーンが科学の進歩に見た「パラダイム革新」と「通常科学」の関係とだいたい同じであると思う。当たり前の進歩を効率よく連続的に進める力がいつか仇になる。突発的で非連続な市場の特異点を切り抜けられい。予想して効率よく動く組織は、予想外の事態に対してとても脆いということになる。この本では、そのプロセスを優良企業の組織に内在する必然として多角的に検証している。その部分は、大変内容が濃く、ビジネスマン必読の一冊であると思う。
もちろん市場はカオスであり、特異点は、誰にもいつ発現するかは分からないが、必ずそれは現れるのもルールである。著者は既存の優良企業は、そうした仕組みの知識を持ち、それに備えることで、破壊的技術と持続的技術の両方を持つという解決が可能だと説く。100年以上市場のリーダーとして君臨し続けるような企業。ジェームズ・C. コリンズが「ビジョナリー・カンパニー」と呼び、トム・ピーターズが「エクセレント・カンパニー」と呼んだような超企業になるには、こうした木でなく森を見る目を持てということだろう。
この本を高く評価した前述の私の友人たちには共通の属性がある。大企業の社員(多くは幹部候補)か、または元社員だったというプロフィールである。逆にベンチャー企業の経営者仲間は有益な本だと評価しつつも、心からピンときている人が少なかったように思う。それは彼らが今の勝者に入れ替わろうと狙う新興企業の担い手だからだろう。
私もこれは名著であると思いつつ、最後の結論には少し違和感も持つ。大企業のイノベーションのジレンマを回復するために、それを気づいた個人が組織の内側から浸透させるコストは巨大なのではないだろうか。特に日本の伝統的企業にとっては努力の価値がどれほどあるのか、分からない。もしも、それだけの知見と行動力を持つビジネスマンならば、独立して新興企業として市場へ打って出たほうが、幸せなのではないか。イノベーションのジレンマの背後には、個人と組織のジレンマがもうひとつあるような気がしてならない。
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