Books-Culture: 2011年1月アーカイブ

・宦官―中国四千年を操った異形の集団
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中国人研究者による宦官の研究。

中国史において宦官は、しばしば皇帝を惑わし政治を混乱に陥らせる元凶として登場する。歴史家の司馬遷、航海王の鄭和、紙を発明した蔡倫など良い意味で活躍したものは稀である。性器を切除された男の奴隷である異形の存在である宦官の実態に迫る。

異民族の捕虜や重罪犯が無理やり去勢されて宦官になるケースが最も多かったらしい。その処罰は宮刑と呼ばれ、打ち首に次ぐ重罪に与えられる屈辱的な刑であった。不潔な処理によって死ぬ者多数であったが、手術を生き延びた者は、体力は女性を上回り、かつ、女と姦通する心配のない、都合のいい労働力となった。恐ろしい慣習だが、商王朝の甲骨文に既に記載が見つかっているくらい古くに起源があるそうだ。

本来は奴隷であっても、男子禁制の宮廷内に皇帝と一緒に住む宦官の中には、皇帝に寵愛されて特権を与えられる者もいた。全体の一割に満たない高級宦官となれば、権勢は大臣に匹敵した。そのため、一般人にも進んで去勢して、宮廷に入ってくる「自営」も現れたという。

著者によると多くの宦官は、わかりやすくいえば根性悪であったと断言されている。去勢のトラウマ、抑圧された性衝動、皇帝に生殺与奪の権利を握られた不安定な立場、家庭や子孫と無縁の寂しさなどが重なって、自己卑下、怨恨、猜疑心、貪欲という性格が宦官の基本をなしていた。

著者は中国史に登場する宦官を皇帝との関係で4つの型に分類している。

宮廷内の雑務処理にたずさわる奴僕型
信用できない官僚を監視する手先型
朝廷政務の権力を手にした参政型
皇帝を殺し、取って代わる元凶型

どのようにその役割が推移していったかのケース研究がある。

歴史的には何度も最高権力を握った元凶型宦官が現れている。漢王朝では宦官が政権を握った。宦官の横暴が最もひどかった時代のひとつ、唐代晩期には、十人の皇帝のうち8人は宦官によって擁立され、2人は宦官に殺されている。そして宦官の数が十万人を数えた明代では、司法権と秘密警察をつくって横暴を極めた。

宦官は子孫を残さないため、一代限りであるが、宦官になるものが後を絶たなかったために、中国四〇〇〇年の間続いてきた。この本には過酷な運命を背負わされた宦官の生々しい実態と歴史的エピソードが多数取り上げられている。歴史の研究書だが、怖気をふるう記述も多い。こんな残酷で奇妙な制度が清朝滅亡まで続いていたというのが驚きだ。

・科挙
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1029.html
科挙と宦官は中国文化の基本です?

・癒しとイヤラシ エロスの文化人類学
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「各々の時代や文化で、男らしさや女らしさについての支配的な考え方、性的指向についての理念が存在し、その中で生きている私たちは自分たちの性的実践を自然なものとみなし、支配的な理念にも従おうとします。性は私的なものとはいえ、自由に変えられるわけではないのです。」

この本のいうイヤラシとは性産業のつくりだすポルノグラフィー表現のことである。自他の融合がエロスであり、それを否定するのが反エロスという立場だとすると、現代のイヤラシには両方が含まれている。「快楽を与える者と与えられる者、すなわち能動と受動との関係が固定していて、与えられる側の能動性が発揮できないような状況が反エロスなのです」と著者は言う。

この本はイヤラシの中にエロスを探究しようとする試みである。戦後米兵を相手にしていた売春婦の時代から現代のAV女優まで、それらを扱った書物や映像作品を分析して、エロス・反エロスについての記述がどう変遷してきたか、を検証する。

イヤラシは基本的に男性の視点でつくられてきた。

1 男性の身勝手な排泄としての射精を前提とする「排泄-支配系言説」
2 相手の女性にどれだけの快楽を与えられるかという「快楽-支配系言説」

の2つの系統の言説があるとされる。

アダルトビデオなどはしばしば1の指向で撮られるが、女性にもてるためのマニュアル本は2を指向する。著者はこうしたイヤラシにおいては、女性には自立的な性の快楽の追求がなく、男性には受動的な性の可能性がとざされてしまっている(支配的言説からの解放を通じたエロスの充足の可能性を見る)と指摘する。

この本は有名な性風俗に関するルポタージュ書物、医学書、代々木忠監督のアダルトビデオ作品、シアトルにおける「女体盛り論争」、モダン・プリミティブなど、性に関する幅広い資料を分析している。学者が書いたにしては、きわどい単語が連発である。

現代においてメディアがその時代の男らしさ、女らしさを規定していることがよくわかる内容だった。私たちは学校で一応の性教育なるものを教わるけれども、その後の性の実践に置いて、それがどれほど役立っているかと言ったら、大変疑問である。多くはイヤラシ系メディアとその周辺の言説を頼りに、性関係へ踏み出しているのが現実だ。イヤラシを否定的にとらえるだけでなく、性という「異文化世界」への入り口として、改めて見直してみることができる面白い本だった。

・裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/08/post-1281.html

・裸体とはじらいの文化史―文明化の過程の神話
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/09/post-1064.html

・セクシィ・ギャルの大研究―女の読み方・読まれ方・読ませ方
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/02/post-1151.html

・セックスと科学のイケない関係
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/05/post-987.html

・性欲の文化史
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1020.html

・日本の女が好きである。
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/06/post-1010.html

・ナンパを科学する ヒトのふたつの性戦略
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/04/post-972.html

・ウーマンウォッチング
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-958.html

・愛の空間
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/oso.html

・性の用語集
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004793.html

・みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005182.html

・ヒトはなぜするのか WHY WE DO IT : Rethinking Sex and the Selfish Gene
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003360.html

・夜這いの民俗学・性愛編
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002358.html

・性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004747.html

・武士道とエロス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004599.html

・男女交際進化論「情交」か「肉交」か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004393.html


・権力の館を歩く
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現代の権力者の住まいを訪ね歩き、建築と政治の相関関係を暴くノンフィクション。

西園寺公望の坐漁荘、近衛文麿の荻外荘に始まり、吉田茂の目黒公邸と大磯御殿、鳩山一郎の音羽御殿、岸信介の御殿場邸、池田勇人の信濃町邸、佐藤栄作の鎌倉別邸、田中角栄の目白御殿、三木武夫の南平台邸、福田赳夫の野沢邸、大平正芳の瀬田邸、中曽根康弘の日の出山荘、竹下登の代沢邸、宮沢喜一の軽井沢別邸など大物首相たちの屋敷の場所と建築の様子が、往時の写真とともに明らかにされる。もちろんほとんどが大豪邸だ。

「より具体的かつ視覚的にいえば、建築がそこで営まれる政治を規定しているのではないか。外面的には建築が建つ"場"の状況によって、内面的には建築の中の"配室"の状況や、さらには部屋内の机や椅子の"配置"状況によって、政治決定のあり方が決まってくる。もちろんかつての経済決定論と同様、すべてが建築によってきまるとする建築決定論を主張するものではない。」

日本の針路を決める重大な意思決定が、これらの屋敷の中で行われた。来客との会談、パーティー、記者対応など私宅でありながら、実質公宅でもあるのが、政治家の屋敷なのだった。著者は権力者の館に「接客部門」「サービス部門」「住居部門」の3つの共通要素を見出し、それらがどのように配置されているかを分析している。

池田勇人は親近感で訪問客をおおまかに「茶の間組」「応接組」に分けて対応した。大平正芳は「書斎組」「居間組」「第一応接間組」「第二応接間組」の4つに目的と機能で細かく分けた。権力者の住まいには主人の性格がよくあらあれる。この部屋の振り分け次第では違った結論が出た意思決定もあるかもしれない。

西園寺公望の坐漁荘の二階は、障子を開け放つと絶景、広く海が見渡せる。しかし、下にたむろする新聞記者にはそこに誰がいるのか見えない。高い壁や樹木に囲まれた屋敷が多い。情報の非対称性と閉じつつ開くような構造が権力の館の特徴だと思った。

首相官邸や衆議院、最高裁判所、警視庁、日本銀行本店などの権力機構の館や、政党本部、砂防会館、宏池会事務所などの政党権力の館も分析の対象となっているが、やはり主人の思想が現れて面白いのは断然、第一部の権力者の館だった。

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