Books-Culture: 2008年4月アーカイブ

・アウトサイダー・アート
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先日こんな映画を観てきた。

・映画『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』公式サイト
http://henry-darger.com/

1973年シカゴで貧しく孤独な雑役夫ヘンリー・ダーガーが81歳で死んだ。「ダーガー」という発音が正しいのかさえ実はよくわからない。「ダージャー」かもしれなかった。ダーガーには身寄りがなく、普通の人づきあいというものもほとんどなかったから、そんな基本的なことさえ謎なのだ。ダーガーは何十年間も、仕事から帰ると自分の部屋に閉じこもって何かに取り組んでいたのだが、何をしているのかは誰も知る由もなかった。

ダーガーが病院でなくなる死の直前に、彼の部屋で発見されたのは15000ページに及ぶ自作の小説と、3メートルもある巨大絵画300枚であった。おそらくひとりの人間が書いた
最長の作品のタイトルは「非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコーアンジェリニアン戦争の嵐の物語」。彼は誰に見せるつもりでもなく、睡眠時間さえ削りながら、ただ黙々とこの作品を作り続けていたのだ。

その内容は、子供たちが奴隷にされている世界で支配者に立ち向かう7人の少女軍団が活躍する壮大な妄想ファンタジーであった。そこには自身の不幸な幼少期が重ねあわされている。奴隷はかつてのダーガー自身であったことは間違いないようだ。

巨大絵画はその挿絵である。ダーガーの描く少女たちにはペニスがついている。映画の解説によると、ダーガーは現実の世界で異性と関係することがなかったため、性知識がなかったから、という説が有力らしい。81歳まで無垢に、童貞を守った男だったのだ。登場人物の多くは中性的というか無性的な印象が強い。

絵画は雑誌や書籍の挿絵や写真を切り抜いたり、トレースしたり、コピーしたり、いわゆるコラージュの技法でつくられている。ダーガーは社会と接点を持たなかったが、メディアに写ったイメージの切れ端を寄せ集めて、自身の世界に再構築していた。現実世界とのズレが強烈な印象を与える。

社会的に孤立したダーガーのような変わり者や、自身が作りだしたカルト宗教の信者、精神病の患者、囚人や交霊術師など、専門的な美術教育を受けていない人々が内的衝動のままに作り出すアートが、アウトサイダーアートである。

この「アウトサイダーアート」には30作家140点もの、<外>に位置する作品がカラーで収録されている。ダーガーはこの中ではまだ常識的な表現者であるように思える。明らかに境界を越えてあちらへイってしまった作品ばかりである。

恐怖、歓喜、抑圧、憑依、狂気など、それぞれの強い衝動に駆り立てられて作り出される異端の美術作品群。何かにとらわれていることが明らかな絵を見ていると、中から手がすっと伸びてきて、こちらまでとらわれそうになる怖さがある。

伝統的な美術館に飾られる絵とは決定的に違う。これまでにない価値を創造するという点では、芸術家はみんなアウトサイダーだと言えるかもしれない?。いやいや、このアウトサイドぶりは、そんな普通の同心円の外側じゃないのである。時空を破って歪んでみえるような<外>なのである。

・ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で
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愛の空間

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・愛の空間

・愛の空間

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大変面白い。日本独特の文化である「性行為専用空間」の歴史学。井上章一が10年がかりで書いた傑作。好事家もここまで極めると新学問の開祖といってもよさそう。

敗戦後の時期、皇居前広場は男女の屋外セックスの盛り場だったという衝撃の事実の解説から第一章が始まる。旅館やホテルが空襲で焼かれて性行為の屋内空間の確保が難しく、庶民にもお金がなかったために、当時の若い男女は夜になると皇居前広場で抱き合っていた。朝日新聞には「いっそ都がアベック専用の公園をつくって入場料をとれば、皇居前なども荒らされず、アベックも気がねなくてよかろう。」などという意見が記事になったそうである。

「待合」「蕎麦屋の二階」「円宿」「ラブホテル」など明治から現代までの性行為専用空間の変遷を、メディアの記録や文学の記述を丹念に追うことで検証していく。野山での開放的な交接スタイルから、閉じられた空間での愛の交歓へと移行していく。プロの売春婦たちと客の愛の空間と、素人の男女の愛の空間が互いに影響を及ぼし合いながら、途中に「家族風呂」「鏡張り」「SMルーム」「電動回転ベッド」のような隠微な技術や文化を発達させてきた。

そして西洋のお城風のゴージャスな外観やメルヘン調のラブホテルが登場する。メディアは盛んに新しいホテルの意匠を取りあげた。一方でシティホテルも男女が愛をかわす場として利用されるようになる。戦後の経済発展に伴い、日本人の性愛空間はどんどん進化していった。「性行為専用の空間をもち独特の趣向をこらすのは、日本のみに見られる現象である。われわれが屋内を好み、その意匠にこだわるのはなぜだろうか」。

答えを出すのは簡単ではない。遊郭以来のプロの娼婦たち、素人の男女、メディア、空間を提供する経営者たち、警察といった人々の相互作用を通史的にひも解いて、作者は「場所にこだわった性愛の歴史」を提示してみせる。実に濃厚濃密な内容。

・性の用語集
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004793.html

・みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005182.html

・ヒトはなぜするのか WHY WE DO IT : Rethinking Sex and the Selfish Gene
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003360.html

・夜這いの民俗学・性愛編
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002358.html

・性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004747.html

・武士道とエロス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004599.html

・男女交際進化論「情交」か「肉交」か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004393.html

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